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襲撃者の異変

 オルバンは敵が消え去った場所を注視し、その間にフィクハはクルツへ視線を送り、詠唱を始めた。


「紡げ――降魔の糸」


 声と共に、彼女の右手から一本の太い光の縄が生まれた。


「ひとまずこれで拘束しておきましょう」

「手伝うよ」


 俺はフィクハと共に倒れるクルツへと近寄る。彼女はまず腕を後ろ手にして手首を締める。ついでに新たな縄を生み出し、足首、体と順々に縄を結んでいく。


「手慣れているな」


 ずいぶんテキパキした様子だったので、雑談のつもりで言及。するとフィクハはピタリと腕を止め、俺に顔を向けニンマリと笑った。


「聞きたい?」

「いや、いい」


 すかさず首を振る。なんとなく、訊いてはいけないような気がした。

 その後フィクハはクルツを完全に拘束し、俺に広場の中央へ運ぶよう指示する。それに従い彼を担ぎ、どうにかこうにか広間の中央まで運んで下ろし、


「ねえ」


 フィクハに呼び掛けられた。


「私が最後に見た時、かなり苦戦していたみたいだけど……どうやって倒したの?」

「戦っている最中に、相手の魔力を捕捉しようとしたんだよ。そしたら勇者レンの経験が明確に出てきて、そのまま一気に」

「へえ、経験が……」


 興味ありげにフィクハは答え、俺のことをジロジロ見る。


「どんな風になったか少しばかり興味あるけど……後にしましょうか」

「興味って、具体的に何をするんだ?」

「色々とじっけ……じゃなかった。どう変化が起きたかを見たいというか」


 実験って言い掛けたぞ、コイツ。


 その辺のことを追及しようか一瞬迷って、やめた。代わりに地面に目を向け、


「で、この魔法陣はどうするんだ?」


 地面にある魔法陣について尋ねた。陣は戦闘で多少なりとも損傷していたが、未だ淡い輝きを発している。

 俺の質問にフィクハは無言で片膝立ちとなって地面に手を当て、詠唱を始めた。


 瞬間、俺は彼女の手から魔力を感じ取る。


「砕け――魔の地脈」


 言葉の後、フィクハの魔力が地面に流れた。すると魔法陣の光が弱まり始め、十秒経った時には完全に消滅した。


「これでよしと……他に魔法陣があるとすれば、悪魔の襲来は続くと思うけど――」


 呟いた後、彼女は立ち上がりクルツを見下ろした。


「さて、事情を聞くにしても話しはしないでしょうね。どうするかな」

「フィクハさん、心を読める魔法とかないの?」

「あったらいいんだけどね。そういう精神系の魔法は使えないのよ」


 彼女は答えて嘆息した時、オルバンが俺達の近くへ来た。


「気配は離れていきましたから、こちらに来ることは当分ないでしょう」


 言うと、彼はクルツへ目を落とす。


「で、拷問ですか」

「そういう言い方は……」


 俺は頬をかきつつコメントしたが、実際喋らせるとなると尋問ではなくそういうレベルにまで達してしまうのも事実だろう。


「懸念としては目覚めた瞬間舌を噛んで死ぬ可能性があります」

「……俺との戦いの時、命を捨てている感じであったし、その可能性も十分ありますね」


 オルバンに続いて俺が言う。そこでフィクハは眉根を寄せて、


「なら、彼を連れて帰る?」


 問うと、オルバンは腕を組み何事か考え始めた。


「敵はそこを狙ってくるでしょうね。場合によっては彼らがこの人を殺そうとするかもしれない……」


 オルバンはそこまで言うと、俺達へ提言した。


「ただ、悪魔などけしかけられても先ほどの戦いを勘案すればさしたる問題ではないでしょう。最大の脅威はイザンとなりますが……この男性を抱えて移動するくらいなら、どうとでもなるはずです」

「ということは、戻って城に?」


 俺が確認すると、オルバンは頷いた。


「城に内通者がいるので見つからないよう行動しつつ、ルーティさんを経由して王へ報告するのもアリですね。そこからは、国側の手腕を期待しましょう」


 そう言うと、彼はクルツの横で屈んだ。


「後は持ち物などを調べ、武器をはぎ取っておきましょう。フィクハさん。舌を噛まれないように口を塞ぐこととかできますか?」

「いいわよ。ちょっと待ってね」


 と、フィクハは詠唱を始めた。おそらく縄と同様魔法で何かを生み出すらしい。

 俺は彼女達の行動をひたすら見守りつつ、この人物をどう運ぶか考える。俺かオルバンが抱えて移動するのが一番楽なのだが、問題はどちらが運ぶか――


 そこまで考えた時だった。突如、クルツの目がかっと見開く。


「っ!?」


 所作に驚き思わず一歩後退。フィクハやオルバンもそれに気付き、クルツを見た。


「が、あ……!」


 クルツは拘束された体をガクガクと震わせ始めた。何が起こっているのか一切理解できないまま、俺は呆然と眺めるしかなく、


「そういうことか!」


 フィクハの叫びを聞いた。彼女はすぐさまクルツへ駆け寄り、手をかざし詠唱を始める。

 オルバンは彼を押さえ、フィクハに声を上げようとした。けれど、


 クルツの体が、急に動かなくなった。


「……これは」


 オルバンは呻くと同時に胸に手を当てる。そして今度は耳を胸に当て、


「……心臓は止まっていますね。どうやら、死亡したようです」

「情報を吐き出さないように処理した、というわけね」


 フィクハは詠唱を中断し、俺達へ告げた。


「たぶん、体のどこかに黒いローブの男性の魔法が掛けられていたはず。それはおそらく毒系の何かであり……私達に捕らわれた彼を、遠隔で処理した、というわけ」

「そんなこともできるのか」


 俺は呻きつつ、つばを飲み込む。

 証拠隠滅の方策を予め行っていたようだ……先ほどイザンが発した言葉は、この状況を頭に浮かべたからかもしれない。


 ともかく……確定的に言えるのは、相手にしてやられたということだ。


「念の為、持ち物などを精査します。少し待っていてください」


 オルバンが告げる。フィクハと俺はクルツから離れた。物言わぬ存在となってしまった彼に、俺は小さく息をつく。


「嫌な末路だな」

「まったくね」


 フィクハは腰に手を当て俺に同意する。


「今後死なせないように魔法のチェックをすることにする」

「わかったよ。で、これからどう動く?」

「この『聖域』を調査するにしても、彼らをどうこうしない限りはできないだろうね。となればやることは一つ。彼らをさっさと倒す」

「だよな、やっぱり」

「不安とかあるの?」


 濁した言い方の俺に、フィクハは問う。こちらはすぐさま首を振り、


「いや、長丁場になると思ってさ。気配を探る力が、戦いの間続くのか不安で」

「気配に溶け込んだ悪魔さえ生成されなければ、私達だって相手の動向はわかる。そう気を張ることはないし、どうにかなるよ」

「そうだと良いけど」


 応じながら、なんとなく魔力把握に意識を傾ける。先ほどと同様握ったままの剣先に収束している魔力量から、外部に発露している魔力をしかと感じ取り、なおかつ景色の流れが遅くなる。

 意識的にやるとなると不思議な感じだ……思いつつ、フィクハの姿を観察する。魔力は閉じているのかほとんど感じられない。


「どうしたの?」


 彼女から質問が来る。そこで俺は集中をやめ「テスト」と答えた。


「さっきの戦いで使っていた力を、再度行なえるかどうか」

「ふーん。それやると今までと違うの?」

「全力と手加減を完璧に制御できるようになった。ようやく、勇者レン本来の力を引き出せると思う」

「ほう、なるほど」


 フィクハの瞳がキラリと光る。う、先ほどの実験という言葉といい、何か考えている様子――


「終わりました」


 そこへ、助け舟とばかりにオルバンの声。


「何も持っていませんね。体術使いだったこともあり、意図的に何も持たせないようにしたのでしょう。外套も通常の物ですし、手掛かりはなさそうです」

「そう。なら――」


 フィクハは一瞬クルツの死体を見た後、


「彼の埋葬は後回しにして、残る二人を倒すことにしよう」


 言った直後、彼女はクルツの魔法を解除し――歩き出した。

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