覚醒の剣
クルツの拳が連続で来る。それを避け続けた結果、立ち位置が反転した。
彼の顔には笑みが浮かんでいる。計画通り――そういう意図を、はっきりと感じた。
命を賭して時間稼ぎをする……そんな風に、彼は指示を受けているのかもしれない。
俺は背後からオルバン達が戦う金属音を耳にしつつ、剣に力を込めた。まずは制御できる範囲で魔力を加え、刃をなまくらにする。
反撃に移る。足を前に出し、勢いよく横一文字に剣を放った。
対するクルツは……嘲笑に近い笑みを浮かべた後、腕で防御した。やはり傷は付いていない。駄目だ、結界を用いる以上このやり方では倒せない。
クルツは剣を押し返すと間合いを詰めようとする。俺は魔力の収束具合を調整しながら、後退。
苦しいと、心底思った。戦闘の場でいきなり制御しろと言われても無理だ。敵が攻め立ててくる中で、攻撃を捌きながらこの剣の制御するのは――
今度はクルツから足刀が。俺を剣の腹で受け、反動で僅かに距離を取る。
同時に、魔力も込める。先ほどよりも強い、と思われるくらいの分量で剣を振りかざす。
剣戟が、真正面からクルツへ入る。結果――腕を交差させて防いだクルツに、傷を負わせることはできなかった。
「駄目か……!」
焦燥感だけが募る。クルツはなおも笑みを湛えながら、拳を俺へと見舞う。
相手の作戦通りにさせるわけにはいかない。けれど――
「くそっ!」
悪態をつきながら俺は相手を弾き飛ばすつもりで斬撃を放った。それは功を奏しガードしたクルトを、衝撃により大きく後退させる。
だが彼はすぐさま体勢を整え俺へ向かおうとする。根本的な解決には至らない。せめて、相手がもちうる魔力量くらいわかればどうにかなるかもしれない――魔力量?
ふと、俺は先ほど悪魔を捕捉した時のことを思い出す。解決できるかどうかわからなかったが、せめてもの抵抗とばかりに相手の魔力に意識を集中させた。
クルツが近づき……彼の行動と共に知覚したのは、全身に満遍なく魔力が流れているという事実。ただあくまで表層部分の話なので、相手の行動を把握する参考程度にしかならない。けれど、意識を傾けたことである変化が訪れた。
以前、セシルと打ち合った時のような感覚――時間が圧縮され、景色がスローモーションへと変化していく。そういえばあの時も魔力を解放したため起きた。魔力探知をきっかけにして、どうやらあの感覚を自発的に行うことができたらしい。
さらにはたと気付く。感覚が鋭敏化しているため、自分自身に流れる魔力までも精密に把握できた。内部のどこに魔力が集まっているか。そして刀身にどれだけ魔力が注ぎ込まれているかなど、先ほどまでわからなかった事実が今、明確になった。
これなら――断じ、思考したのはほんの一時。けれど、今の俺には十分だった。短い時間でクルツが生み出している魔力の多寡と、俺自身が発する魔力の量を把握。なおかつ頭の中でリデスの剣の威力を考慮し、どうすればいいかの算段ができた。
俺は剣に魔力を込める。まずは、分析が正しいかどうかを判断する必要がある。
思ったと同時に前進。するとクルツは笑みを消し、警戒の色を示した。こちらの確固たる動きに訝しんだ様子だ。
俺はそれに構わず剣を繰り出す。横からの一撃。クルツは先ほどと同様腕を用いてそれを防ぎ、
刃が、ほんの僅か衣服に食い込んだ。
「何……?」
クルツはその変化を察し、即座に剣を弾く。剣が入った箇所からは僅かに鮮血が生じ、彼の目を険しくさせた。
対する俺は、剣を握り直し相手を見据えた。先ほどの感触は俺の想定通り。いける、と頭が声を発し、戦法がいくつも頭の中に浮かんだ。それは、俺が想像さえしなかった技法。間違いなく、勇者レンの経験と記憶だった。
なら――今度は力を込める魔力の質を変える。先ほどまでの俺ならば決してできなかった。けれど勇者レンの経験と鋭くなった感覚が一つとなり、ひどく自然に行動できた。
クルツはこちらの所作に、瞠目した。戦い始めた時とは異なる洗練された動作に、まさか、という顔を見せた。
「……貴様」
呻いた刹那、俺は仕掛け――クルツへ猛然と剣を振り下ろした。
彼は回避に移ろうとした。けれど俺の剣が到達する方が先だと悟ったか、再度両腕を交差させ、防御の構えを取った。
双方が衝突した――瞬間、俺は自身の剣が相手の結界を突き破ったことを理解した。さらに剣に含まれた魔力が弾け、衝撃波となってクルツの体を襲うのも、はっきりわかった。
「がっ――!」
彼は僅かに声を漏らし足が地面から離れ、防御した体勢のまま地面に倒れた。そのまま身じろぎ一つしなくなる。
――その攻撃は魔力で結界を突き破った後、全身に衝撃波を浴びせるという技。クルツの魔力量を把握して結界を破壊。その後衝撃波を放つという二段構えの攻撃だった。
先ほどまでの俺なら、こんな技法はできなかった。けれど俺の体にある経験や記憶全てが噛み合い、呼び水となってその技を使用した。
俺は確信する――今、勇者レンとしての経験が完全に表に出た。
認識と共にクルツが気絶しているのを見て、振り返る。他の面々の戦闘は続いていた。オルバンとイザンは相変わらず剣を衝突させている。フィクハは、悪魔二体を相手に苦戦していた。
俺は迷わずフィクハの援護を選択する。剣先に魔力を加え、それをしかと収束。一瞬魔力の流れを止め、
すくい上げるように剣を振った。
刃の軌跡が弧の字となって剣先から離れ、黄金色の斬撃が悪魔へ放たれた。雷撃――今まで使っていた雷の矢とは違う。より攻撃的なもの。
弧はフィクハと戦っていた悪魔の一体に触れた。刹那触れた先から雷光が生じさせつつ、悪魔を綺麗に両断する。
黒いローブの男性は目を剥き、俺を見た。こちらはそれに構わずもう一体へ狙いを定め雷撃を放つ。
今度も悪魔は避けることができず、一体目と同じ末路を辿った。
「馬鹿な……!」
男性が、呻く。その間にフィクハは駆け、男性目掛け剣を放った。
すぐさま彼は回避に移る……が、対応が遅かった。剣戟を腹部に受け、悲鳴と共に地面に尻餅をついた。
「……ちっ」
そこで、イザンの声。見るとオルバンとの戦いを中断し、男性の後ろへ移動する光景が。
「形勢逆転、というわけか」
「そもそも、そっちが優勢だったわけじゃないよ」
フィクハはイザンを見返すとはっきり言った。
「で、降参する?」
彼女が問うと、イザンの瞳が少しだけ揺らいだ。どうやら俺の背後に倒れているクルツを見たようだが――
「……悪く思うなよ」
イザンは言うと、すぐさま男性を抱え退避した。森の奥へ逃げる彼を見ながら、俺はフィクハへ問う。
「追うか?」
「森の中だと罠を張っているかもしれない。油断は禁物だよ」
返答した後、彼女は俺の後方に視線を向けた。
「こっちは収穫あったしね……さて」
舌なめずりさえしそうな気配を漂わせ、フィクハは言った。
「情報を持っているどうか不明だけど、彼から色々と訊き出しましょう。ま、期待薄だとは思うけどね――」