森の中の刺客
その空間は円形となっておりその真ん中に黒いローブを着た男性が一人立っていた。続いて確認できたのは、彼の足元を中心にして半径三メートルくらいの魔法陣が光り輝いていること。
加えて、彼の背後には三体の悪魔。そして彼の左右に立つ二人の人物。一人は見覚えのある闘士イザン。そしてもう一人は、白い外套を着込んだ男性。
「早くもボスの登場ね」
フィクハが言う。それに反応したのは黒いローブの男性。
「私が生み出したこいつらを軽く倒せるからと、ずいぶん余裕だな。勇者フィクハ」
「へえ? 私のことは知っているんだ」
「調査済みだよ。想像以上にできることも理解している」
警戒を込めた声音が、こちらに響いてくる。
俺は見知らぬ男性二人を観察する。黒いローブの男性は顔だけ見ると三十代後半といったところだが、黒い髪が若干白髪混じりであることから、結構若作りしていると推測できた。他に特徴としては、空のような青い瞳。どこか精巧な人形を想起させ、無機質な印象を俺に与える。
もう一方の人物は自然体となり両の拳を外套から覗かせている。背丈が他の二人よりも高く、肩幅が広い。そして立つ程に短い茶髪と白い肌……さらに、角ばった顔に無精ひげ。特にひげが全てをぶち壊しており、ハンサムとは程遠い。
かつ、彼は武器は持っていない。素手なのか、どこかに隠し持っているのか。
「クルツ、お前は勇者レン殿をお相手しろ」
黒いローブの男性が指示を出す。言われたクルツ――白い外套の男性は、無言でコクリと頷いた。
「イザン殿は、騎士オルバンでよろしいか?」
「ああ」
悠然と答え剣を抜くイザン。指定されたオルバンは剣を構え、戦闘態勢に入る。
「で、私はあなたと悪魔達を相手にすればいいわけね」
嘆息するフィクハ。黒いローブの男性は斜に構え、
「ああ、そういうことになるな」
「はあ、まあ仕方ないか。レン君。さっさとあいつをやっつけて援護よろしく」
「……大丈夫なのか?」
「一応これでも勇者だし、どうにかするよ」
面倒そうに答えた彼女に――黒いローブの男性は無表情となり、後ろの悪魔が突撃の姿勢に入る。
「では――始めるか」
彼は淡々と告げ、戦闘が始まった。
相手の号令の後、先んじて仕掛けたのは俺だった。
「ふっ!」
僅かな呼吸と共に剣を縦に薙ぐ。切っ先が地面に触れ、直線状に氷柱の波が生じ、悪魔へ向かった。
「……ほう」
攻撃によって聞こえたのは、イザンの声。彼とクルツはこちらの攻撃を横に移動し避け、黒いローブの男性も回避に動く。けれど悪魔は今にも飛びかかろうとしていた体勢であったため、避けきれず一体が氷に呑みこまれた。
「ありがとう」
横からフィクハの礼が聞こえた。なおかつ続けざまに、
「目覚めよ――地の精霊!」
彼女が発し、魔法が発動した。直後悪魔の立っていた前面の地面が隆起し、鋭く尖った土の錐体が幾本も悪魔へ襲い掛かる。
残った悪魔二体は反応。一体は横、もう一体は後方へ足を向けよけたが、地の刃は後方に下がった悪魔に追いすがるよう迫り、その体を深く貫いた。
これで二体――同時に、フィクハが舌打ちした。
「魔法陣周辺の地面を抉れば陣が壊れると思ったんだけど、そう甘くはなかったか」
彼女の言葉を聞き地面に目を落とすと、確かに魔法陣の一部が隆起した地面によって消えていた。けれど残った魔法陣は輝き続けている。
「陣の魔力は土地と一体化しているからな。残念だった」
黒いローブの男性はフィクハへ告げると、手を合わせるよう交差させ、詠唱を始めた。
どうやら悪魔の生成に移った様子――フィクハは彼に駆けようとするが、今度こそ悪魔の反応が早かった。体勢を立て直した残りの悪魔が猛然とフィクハへ走る。
対する彼女は剣を構え、詠唱を始めた。悪魔の生成が早いか倒すのが早いか――考えた時、クルツが俺に接近した。
こちらは剣に魔力を込め迎え撃つ体勢を整える。直後クルツは俺に拳を差し向けた。
武器は使わない。やはり体術――理解すると共に後退した。拳は空を切り、ならばとクルツは回し蹴りを放った。
速い。一瞬彼の足がブレ、目で追い切れる速度を上回った。
「っ!」
すかさず剣で防御する。魔力をできるだけ落とし、足を両断なんてことにならないよう配慮。
剣と蹴りが交錯する。相手の足は剣を受けても傷一つない。そこで俺は膜状の結界が張られているのをしかと感じ取る。
「……そのリデスの剣を、お前は完璧に使いこなせていないらしいな」
そして、クルツの野太い声が俺に届く。
「加え、お前の剣に殺意は無い……その状況で、俺に勝てるとは思わんことだ」
――なるほど。胸中で言葉の意図を理解した。
推測だが、一連の事件における首謀者は俺達の詳細をシュウから聞いた。そこから俺の剣が極力悪魔やモンスターに向いており、人を斬るようなことをしないと断じ、加えて剣の扱いに苦慮していることも知った。
俺も屋敷に滞在していた間訓練を重ねたが、それでも扱いに慣れた程度で全開には程遠い。だから迂闊に力を開放し彼を倒してしまわないように戦っている。その事実を、情報と先ほどの攻防で彼は理解したのだ。
そして彼は体術……下手に力を加えれば結界を使っていてもリデスの剣は容易く相手を斬るだろう。それに対する躊躇いも上手く利用し、俺と戦おうとしているわけだ。
考える間に、一際大きな金属音が響いた。俺の正面方向でオルバンとイザンが剣を衝突させたのが原因だ。オルバンは先ほど悪魔にしてみせたように腕でガードするようなことはしていない。イザンの本気具合を見て、そのやり方は通用しないと悟ったのだろう。
そしてクルツは足を戻し、俺と距離を取る。そして腰を落とし静かに、こちらを見据え僅かに息を吐いた。
俺は一瞬だけフィクハの姿を確認する。悪魔を剣と光の魔法で打ち倒す姿があった。しかし、
「蠢け――深淵の亡者!」
視線を戻した瞬間黒いローブの男性から声が発せられ、彼の真正面に魔力が膨れる。視界の端では悪魔が一体出現しているのが見えた。
どうやら数で押す気のようだ――フィクハがそれに対抗できるのかわからない上、延々と悪魔を生みだされればこちらにやって来るかもしれない。すぐにでも彼を倒し援護に回る必要がある。
判断した瞬間クルツが動く。俺は迫る相手を見ながら、飛来した拳を剣で弾いた。
やはり傷一つつかない。リデスの剣であろうとも俺が力を加えないことには通用しないようだ。
となれば二者択一。目の前の人間を殺すつもりでいくか、俺が力を制御して倒すかのどちらか。
個人的な見解としては、目の前の相手にも事情を聞く必要があると思う。なので、できれば殺さずに倒したい――
なおもクルツの攻撃が続く。俺はすかさず拳を弾き、蹴りを避ける。
まずい……防戦一方だ。フィクハやオルバンの戦いは続いているが、フィクハの戦いはジリ貧になる可能性が高い。一刻も早く、目の前の相手を倒さないと。
拳が再度迫る。俺は防ごうと剣をかざし、
突如、クルツの放った拳から魔力が途絶えた。
「っ!?」
何事か――思った瞬間腕の力まで抜けそうになった。するとクルツは攻勢に転じる。拳が迫り、俺はどうにか後退して避けた。
続いて蹴りが来る。先ほどの行動が思い浮かび、今度は横に跳ぶように移動しよけた。
こいつ、わざと魔力を閉ざして意表を突いたのか……俺としては剣を退くしかなかった。力まで抜いてしまったので、拳が当たっていたなら剣を取り落としていたかもしれない。
命が惜しくないのか――そう考えた直後、目の前の相手は命を投げ出して戦っているのではと推測した。動揺を誘うため魔力を閉じるなど、普通はあり得ない。こちらが殺そうとする意志がなくとも、魔力をゼロにするなどリスクしかない。
つくづく厄介な相手……内心舌打ちしながら、俺はさらに来る攻撃を待ち構えた。