勇者の裏話と騒動
俺達は昼前にリシュアを訪れ、お礼として魔石を渡した。村長は「せめて昼食でも」と告げ、お言葉に甘え頂くことにした。
「遺跡……ですか」
白い髭を蓄えた、何度見ても典型的だと思う村長が、ギアから旅の説明を聞いてそう言葉を漏らした。
「そういえば、噂には聞き及んでおります。何でも、大規模な遺跡とのことで」
「大規模、か」
俺が呟く。それに反応したのは向かい側、村長の隣に座るギアだった。
「他国の人間が出入りしている以上、当然だろうな」
「違う場合もあるのか?」
ギアに尋ねる。彼は当然だという風に頷いた。
「魔族が使用する拠点だからな。他にはモンスターすら存在しないものや、一部屋しかないものもある。大きさなんかは軍事拠点としての重要性で変わるが……今回は、当たりに入るものだな」
ダンジョンとしては、結構大掛かりなものかもしれない。俺は椀に入ったスープをスプーンで飲みながら、村長へ尋ねた。
「他にどういった噂がありますか?」
「何でも、勇者も参加するとの事です」
「勇者……というと、俺みたいな?」
訊くと、村長は目を細めた。
「種類は、大分違うはずです。おそらく国か、ギルドに認可された者でしょう」
――初日、隣に座るリミナが語ってくれたのを思い出す。
「国から称号として与えられた勇者ならば力量は十分でしょうが……はてさて、ギルドに認可された人物がどれほどの使い手か、不明ですな」
「悪い噂もあるくらいだからな」
口に運んだサラダを飲み込んだギアが、村長の後に続く。
「誰彼構わず勇者を名乗るのは問題だが……認可なんてされていると黒い部分だって多少はある」
「……大体、予想はつくな」
俺は嘆息しつつ、答えを提示した。
「どうせ勇者という称号を金か何かでもらって、好き放題しているって所だろ?」
「お、よくわかったな」
「簡単すぎるよ」
「そうだな……で、今回調査にそうした奴らが含まれているか。そこは注意するべきかもしれん」
「そうだね。ちなみにギア、アーガスト王国で勇者をやっている人というのは入っているかわかる?」
「仲間内の情報では無かったな。少なくとも『アーガスト王国内』の勇者は荷担していないだろうな」
「そこで他国の話になるわけか……他国の勇者が、調査に参加していると」
ギアは頷く。うーん、不安が募る。
「ですが、勇者様であればそう干渉してくることもありますまい」
俺の表情を察したか、村長が声を上げる。
「目立つような行動を控えているようですので、無茶をしない限りは心配ないでしょう」
「そうですか」
相槌を打って、はたと気付く。なんだか、ずいぶんと俺を理解している様子。
「あの、村長……ここに運び込まれる前の時点で、俺のこと知っていたんですか?」
「ええ。貨物警護……でしたか。あの時村の者が御者をしておりまして、話を聞きました。名前だけは有名で知っていましたので、自己紹介をされた時は驚きました」
「あ、言っていませんでしたね」
リミナが口を開く。ああ、この国でやったという仕事か。だからこそ、家を借りれたのだろう。
考えていると、村長がふいに尋ねた。
「しかし、勇者様はなぜこうも目立たないようにしているのですか? 功績から考えてもアーガスト王国から称号を賜ってもおかしくないはず」
「……それは」
口ごもる。その問いは、俺だって理解できていない。
「まあ、諸所理由がありまして」
回答に村長は「そうですか」と応じ、追及はしなかった。俺は村長が黙り込むのを確認すると、リミナとギアを一瞥した。
「方針としては、できるだけ下手に出て対処する。これでいい?」
「私は、構いません」
「俺も賛成だ。変に睨まれるのは勘弁願いたいからな」
結論は出た。厄介事に首を突っ込もうとする人もいないので、とりあえず大丈夫だろう。
そこへ、ギアの締めの言葉が来た。
「ま、結果を出して鼻を明かしてやればいいんだよ。そうなれば他の連中だって認めざるを得ないだろ」
村長は、律儀にも村の外まで見送りしてくれた。
「お気を付け下さい」
「ありがとうございます」
俺は礼を告げ、仲間と共に村を離れる。真正面には、平原に沿うような土で固められた街道。今回はきちんとした道を歩むらしい。
「なあ、レン」
道すがら、ギアは俺に問い掛ける。
「村長も言っていたが……名前だけは功績から知られている。けど、表には出ないようしていた。これは多分、目的に関係しているんだろうな」
「だろうね」
明確な答えはなかったが、そう応じた。
「今後の行動も、同じようにしていくつもりなんだろ?」
「ああ、そのつもりだよ」
「そうか……なんだかもったいないな」
ギアは少し口惜しそうに告げた。
「本人の姿が有名じゃないから、自慢しても嘘だろ、で片付けられるんだよな」
「……あんまり、変なことは言わないでくれよ」
俺は釘を刺しつつ、足を動かし続ける。
街道はややクネクネとさせながらも、しっかり目的地へ進路を向けている。どこまでも続く道を眺めていると――他の道と交差している場所があった。
今俺達が歩いている道には人通りがない。しかし、交差している付近には馬車や旅人の往来が少なからずある。
「進行方向に、一つだけ宿場町があるんだよ」
視線に気付いたギアが、俺に言った。
「リシュアの村へ行く人が少ないのは仕方ないとして……交差する道もそれぞれ宿場町に通じている。だから人が多い」
「へえ、そうなのか」
まじまじと見つめると、確かに俺達が通る以外の道には結構人がいる。そちらへ近づいていくと、馬車が発する車輪の音も聞こえ始める。
「宿場町はスルーするからな」
ギアが言う。俺は「わかった」と承諾し、無心のまま歩き続ける。
やがて交差する箇所を越え、人の往来が多くなる。陽気も穏やかなことから道行く人の表情は明るい。
このまま街を抜け、一気に目的地まで――そう考えていると正面に街が見えた。街道はそこへ到達しているので、あれが宿場町なのだろう。
「……ん?」
歩いていると、目に留まる箇所があった。街道の先、町の入口辺りで複数人が話し込んでいる。
「入れないのか?」
冗談めかしく言うと、隣を歩くリミナから返答が来た。
「……どうも、良い雰囲気ではないようです」
「ゴタゴタだな」
ギアが続ける。目を凝らすと、確かに複数人が対峙して、口論しているようにも見える。
「……あれ、どうする?」
俺は二人へ問い掛けた。このまま真っ直ぐ進めば当然あの場所に行く。けれど今から脇に逸れれば、何事もなく町を通過できるだろう。
先に反応したのは、リミナだった。
「遺跡に向かう方々なのかわかりませんが、厄介事は避けるべきでは?」
「だな」
ギアも同意する。ならばと俺は迂回するため指示を出そうとした。
しかし、町の前にいる人々に変化が起こる。片方が突然町へ入った。さらに風に乗って喚声めいた声が聞こえてくる。
「因縁つけられたみたいだな」
ギアが言う――直後、残った一行の一人が首をこちらにやった。そして、
「あ、指差された」
俺達に対し、何やら指を立てる男性が一人。彼は背後にいる仲間らしき人に何やら話して、唐突に腕を組み待ち構える様子を見せる。
「あれは、逃げると厄介そうだな」
俺はあきらめたように呟く。横を見ると憮然とした面持ちで頷くリミナと、ため息をつくギアがいた。
「とりあえず、話だけ聞こうか」
俺の提案に二人は黙って頷く。
そうして俺達は近づき、姿を確認し察する――人数は三人でおそらく、彼らは勇者なのだろうと。