英雄の弟子
――新たに登場した悪魔を何事も無く倒した後、俺達はフィクハの案内に従い森をひたすら進む。その間も警戒し続けているのだが、以降攻撃が止んでしまった。
「敵もいよいよ様子見モードかな?」
フィクハは進路をオルバンへ指示しながらふいに零した。
「逐次投入を避け、一気に数で押しつぶすという構えでしょうか」
オルバンがそう言うと、フィクハがまさしくという顔をした。
俺としても同意する……周囲からの刺々しい気配から、おそらく敵はどこからか監視しているのでは、という結論に至る。
「フィクハさん、取り巻く魔力がなんだか刺すような感じだから……敵は近くにいるのかもしれない」
「刺す?」
こちらの意見にフィクハは目をぱちくりとさせる。あれ、そう思っているのって俺だけか?
「オルバンさん。レン君の言うような気配、感じる?」
「私には見当つきませんが……レン殿、それはいつから?」
「森に入って少ししてからです」
答えると、オルバンは周囲を見回し始める。とはいえ木々に囲まれた状況で遠くを見渡すことなどできないのだが――
「……現状、悪魔は見えていませんがこちらの出方を窺っているのは確かなのでしょうね」
「俺の感じている気配は、悪魔の仕業だと?」
「私はそうだと思います」
彼は答えると、自身の見解を述べ始めた。
「レン殿には接近した悪魔を捕捉することができている。そして距離がある場合、殺気だった気配がほんの少し感じられる程度なのでしょう」
「ということは、この気配の源を探れば悪魔がいることになりますね」
「捕捉、できますか?」
「やってみます」
駄目でもともと。というわけで、魔力の探知を始める……のだが、やり方がイマイチわからない。耳を澄ませるように、体のどこかへ意識を傾ければいいのだろうか。
まあいいか。とりあえずやってみよう……俺は刺すような魔力に対し意識を集中させる。すると、
「……ん」
おぼろげにだが、魔力がわだかまっている部分があることに気付く。それは俺達に一定の距離を置きつつ、こちらが進む度に追随してくる。
それがきっと悪魔……どうやら敵を魔力の塊として知覚できたようだ。
「それっぽいのを見つけたけど」
「お、本当? 数やどこにいるのかわかる?」
フィクハに問われ、さらに意識を集中。位置的には俺達の後方と右側に一つずつ。そして進行方向に二つある。
そうした旨を伝えると、フィクハは怪しげな笑みを浮かべた。
「よーし。それなら反撃と移りましょうか」
「反撃……?」
「ここは私に任せなさい」
彼女は自信ありげに俺達へ告げると、歩きながら左手を胸に当て詠唱を始めた。
魔法を使って周囲にいる悪魔達を倒そうという腹積もりなのだろう。俺やオルバンは事の推移を見守るしかなく、黙って移動を続けるだけ。
やがて――ほんの僅かだが、フィクハの体に魔力が生じる。同時に魔力の塊が若干離れる。警戒しているようだ。
「悪魔はどうも、距離を置く気みたいです」
「フィクハさんの魔力に反応したのでしょう」
俺の言葉にオルバンは答え、視線を周囲に巡らせた。
「しかし敵は攻めてこない……魔力に反応し襲い掛かるよう命令されているなら今向かって来てもおかしくありませんが、それがないとすれば悪魔達は生みだした人に操作されている可能性がありますね」
彼が説明を加えたその時、フィクハの詠唱が終わる。その両腕には魔力が収束し、強力な魔法なのだろうと察することができた。
「さて、準備完了と……レン君、方向は変わっていない?」
「ああ。距離は多少あいたけど」
「方向さえ明確なら十分だよ」
そう答えると、フィクハは立ち止まる。俺達も合わせて足の動きを止めた瞬間、彼女は両手を大きく広げた。
「裁き解放せよ――悠久の番人!」
叫んだ直後、俺達を中心にして魔力が渦巻いた。それは風を生み周囲の木々をざわつかせ――なおかつ、大気が震えた。
「え……?」
周囲の反応に驚いていると、魔力が収束し長剣のような形状をした光がいくつも出現。俺達を囲む。
それらは切っ先が魔力の塊へ向けられ、今にも射出されそうな動きを見せた。
瞬間、魔力の塊が後退した。魔法に反応し逃げる気か――
直感した時、フィクハの魔法が放たれた。剣は四方――特に俺の指示した方向へ多く射出された。
光は木々を無視するかのように一直線に向かい――まず正面で魔法が炸裂した。視線を送ると遠くで光の柱が二つ上がっており、しかも断末魔みたいな音を喚き散らす。
次いで後方と右側。これもまた同じような反応を示し、光の柱が上がる。
「あの場所にもいましたね」
そしてオルバンが何事か気付き指で示す。方向は左斜め後ろ。そこにはかなり遠くで光の柱が上がっていた。
「魔力の塊である魔物のみを選別し、消滅させる魔法だよ」
フィクハが解説を行う。目を戻すと、誇らしげな顔をした彼女がいた。
「直撃すると魔力を分解する効果がある。肉体を持っていれば効果はゼロだけど、魔物は完全な魔力の塊だからね。これで潰せる」
「さっき使わなかったのは?」
「詠唱に時間が掛かって大きな隙ができるから。今みたいに距離があれば使える……今も悪魔はいる? 囲まれそうだったらもう一度使ってもいいけど」
言われ、俺は意識を集中させた。先ほどの攻撃的な気配は鳴りを潜め、今は森に入った直後の空気が存在している。
「うん、刺々しい気配はなくなった」
「なら近くにいた悪魔は大体倒したわけだね。よし、先へ進もう」
フィクハはオルバンと視線を交わし、彼を再び先頭にして歩き出す。
俺もまた硫黄を再開し――すぐに疑問が生じた。
「フィクハさん。敵のいる場所に行くのは理解できるけど、このまま行っても逃げられるんじゃ?」
「そうなったらそうなったで考えよう」
「……おい」
「逃げた場合は確かに面倒だけど、悪魔を生みだすことはできなくなるから放っておくのも一つの手だよ」
「悪魔を、生み出せなくなる?」
聞き返すと、フィクハは「ああ、ごめん」と謝った。
「えっと、さっき魔法陣を使って悪魔を生み出していると説明したけど、逆に言うとそれがないと作れないということ」
「相手が逃げ出した時点で、悪魔からの攻撃がなくなるのか」
「悪魔を作り出す人間が一人だったらそうだね」
フィクハは答えた後、剣を握り直した。
「ここからは敵の出方次第だね。悪魔を操作しているとしたら、こちらの動向は多少なりとも理解できているはず。相手がどう動くか見物だね」
「確かに……どうあれ、相手のいる場所へ向かうのを最優先か」
「そうだね」
フィクハから同意の言葉を聞いた直後――俺はイザンのことを思い出した。最初街で交戦してから、彼は一度として俺達の前に現れていない。今回の戦いにも参加しないのか、あるいは悪魔を生みだす魔法使いを守るといった使命を帯びているのか――
「もうすぐですね」
ふいにオルバンが口を開く。彼の言う通り、前方に森の出口らしき一角が。
「レン君、この距離から悪魔の気配は感じる?」
「いや、少なくとも現状は無い――」
首を振りつつ答える俺だったが、直後肌を誰かが撫でるような感覚を抱いた。
「今の……」
「私にもわかった。絶賛生成中ね」
こちらの言葉にフィクハは短く応じ、俺とオルバンに目配せした。
俺はその意図をすぐさま理解し――全員が走り出した。
同時に俺は周囲の気配を探り始める。もし何か異常があれば叫ぶ――そう心の中で断じている間に、
森を抜け、地面が見える広い一角が姿を現した。