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森の中

 森に入った瞬間、得も言われぬ感覚が俺の体を襲った。


「これは……」

「『聖域』に取り巻く魔力だね」


 フィクハがすかさず答える。俺は納得しつつ、改めてその空気を捕捉しにかかる。

 まるで肌に薄い膜でも張りついているような……それはどこか心の芯を安心させ、俺達を見守るかのような雰囲気があり――


 刹那、正面方向からくぐもった重い音が聞こえた。


「モンスターか悪魔の雄叫び、かな?」


 フィクハは呟きつつ目つきを険しくした。早速、お出ましになるようだ。


「敵は一切隠す気がないようですね」


 オルバンはそんな風に呟きながら、一度入口のある背後へ振り返った。


「私ならもう少し先へ進んだくらいで退路を断ち、囲むようにして戦闘を開始しますね」

「ですね……戦場はまだ先のようで」


 俺は応じながら剣を一瞬だけ強く握り、僅かに魔力を発露させる。

 そこでふと、疑問に思ったことを独り言のように呟いた。


「この魔力、空気中にこれだけある以上何か恩恵があるのかな?」

「無いでしょ、たぶん」


 フィクハは律義に答えた。


「この魔力を吸収して戦うなら別だけど」

「吸収か……できるのか、それ?」

「そういう技能を持っていないと難しいと思うけど……あ、今一つ可能性を思いついた」

「可能性?」

「敵がこの魔力を利用する可能性」


 言葉の直後、今度は正面から明瞭な咆哮が。


「レン君の話によると、敵は今回人造の悪魔を用いている。召還ではなく作っていることから、自分の魔力で悪魔を形作り、さらに外部の魔力を与える」

「悪魔を生みだし、魔力を与えて強化するわけですね」


 オルバンの意見。フィクハは「そういうこと」と答えた後、さらに続けて話をする。


「もう一度言っておくけど、私はあくまで援護で立ち回るから」

「で、俺は悪魔の迎撃だな」

「イザンが現れたら、私が戦います」


 ――再確認した時、ふと森の空気が変わった気がした。それまではただまとわりついていただけの魔力が、棘のように鋭くなる。


 俺はふいに、後方を振り返る。いつのまにか入口は見えなくなっており、木々しか見えない。

 出口となる場所が見えなくなったからなのか、本能的に「来る」と悟った。同時に視線を周囲に向けた時、


 僅かな気配を感じ取った。


「っ!?」


 慌てて剣を構え見回す。対する他の二人はわからないのかこちらの行動に訝しげな視線を向ける。


「レン君、どうしたの?」

「いや、今……」


 答えようとした瞬間、右から茂みをかき分ける音。それと同時に俺達全員が反応し、

 人型かつ筋骨隆々――そして牛の頭を持った悪魔が襲来した。


「っ!」


 フィクハとオルバンが戦闘態勢に入ると共に、俺は間近に迫ろうとする悪魔へ剣を振った。瞬間、剣先から冷気が溢れ、一直線上に氷が生み出される。

 それが悪魔に衝突すると、全身を駆け巡り氷漬けとなる。そして僅かに地鳴りのような音が聞こえ、悪魔は氷ごと光となって、消えた。


「今のは、氷の中で悪魔に刃を突き立てたんですね」


 攻撃の内容を理解できたらしく、オルバンが声を発する。


「さて、悪魔がやって来た……魂胆が、見えましたね」

「そうだね」


 フィクハが彼の言葉に同意し、代わりに告げる。


「さっき言った魔力強化……どうやら敵は森の魔力を悪魔に与えることで、気配を極限まで薄くしているみたいね。私も音が聞こえるまで気付かなかった」

「私も同じく……気付けたのは、レン殿だけのようで――」


 オルバンがそこまで言った時、今度は後方から気配。振り返ると多少距離はあったが悪魔がいつのまにか出現していた。


「俺も、ある程度近づかないと気付けないみたいだ」

「十分だよ。事前に察知できるのだから」


 フィクハが俺の呟きに応じ――悪魔が走る。俺は即座に剣先へ魔力を込め、地面を軽く薙いだ。

 瞬間、導火線のような氷が地面を伝い悪魔へ迫る。そして迫る相手に触れたかと思うと、爆発でもするかのように氷が弾け、その体を包み込んだ。


 後は先ほどと同じ結果を辿る……どうにか、暴走はせずに済んでいる。


「とりあえず、一撃で倒せるからいいけど――」

「よし。それじゃあレン君、しばし迫る悪魔を迎撃して」

「フィクハさん、何か手が?」

「ええ。本当は開けた場所に出た時にやろうかと思っていたけど、余裕はなさそうだし」


 俺にとっては何のことかわからない説明だったが……彼女は突然地面に剣を突き立て、口で何事か呟き始めた。詠唱らしい。

 その間にまたも気配。今度は進行方向。視線を転じると草むらに隠れている悪魔の姿。


「いましたね」


 オルバンもまた気付き――直後、悪魔がこちらへ駆けた。見つかったためなのか、突進を仕掛けるつもりのようだ。


「レン殿、私がやります。周囲の警戒を」


 端的にオルバンは言うと、悪魔の進路を阻むように俺達の前に立つ。悪魔が接近し腕を振りかざし、鋭い爪を放った。

 攻撃にオルバンは左腕で防御する。腕はあくまで衣服に包まれているだけなので、爪が入れば引き裂かれる――はずなのだが、悪魔の攻撃は彼の腕に触れて止まる。服すら、傷つかない。


 挙句の果てに、悪魔は突進したにも関わらず逆に押し返された。

 即座にオルバンは反撃。剣を横一文字に繰り出すと、悪魔は避けきれず腹部に一撃を受けた。


 直後、悪魔は声を上げようと大きく口を開け――それよりも早く縦の斬撃が入った。

 結果、消滅。どうやらオルバンにとっても敵ではないようだ。


「レン殿、気配は?」


 倒した直後オルバンは尋ねる。俺は辺りを見回し、さらに神経を研ぎ澄ませ、


「……とりあえず、気配はありません」

「そうですか。もし気付いたら言ってください」

「はい」


 彼の言葉に返事をした時、フィクハが剣をゆっくりと引き抜いた。


「見つけた。ここから左斜め前方向に悪魔を生みだした存在がいる」

「え、わかったのか?」


 驚いて俺が声を上げると、彼女は深く頷いた。


「私が使ったのは探知系の魔法。人間が悪魔を生み出す……正確に言うと、悪魔に似たような存在を作ると言った方がいいのだけれど、それには多量の魔力がいる。魔法陣なんかを使うのが一般的で、今回もご多分にもれずそのやり方ね。魔力が滞留しているし」

「その場所を捕捉する魔法だったわけか」

「そうだよ」


 俺の言葉にフィクハは同意を示し、進行方向に指をやる。


「行きましょ」


 彼女の言葉に従い、俺達は移動を再開。オルバンを先頭に、俺とフィクハは隣同士で歩む。


「レン君、悪魔の気配はある?」

「今のところは途絶えたけど」

「こちらが即応できるから一度様子見なのか、それとも悪魔が全てやられたため作っているのか……」

「作っている?」


 首を傾げ聞き返すと、フィクハは解説を加えた。


「魔法を使っている途中、目的地付近の魔力が増加した。だから悪魔を生成しているのは間違いない。で、ストックがあるならその間も断続的に悪魔を仕掛けるはずだよね? だから作り直している可能性も――」

「いや、様子見だったのかもしれない」


 彼女の言葉へ割り込むように俺は話す。真正面から、悪魔の気配を感じた。


「言ってる傍から……」


 嘆息しつつ、フィクハは剣を構える。合わせて俺も前を見据えた時、茂みの奥に悪魔の姿を認めた。


「待ち伏せていたみたいね」

「だな。気配がわからなければ危なかったかもしれない」

「レン殿の気配感知が鍵となりそうですね」


 俺達の会話にオルバンが続ける。こちらは小さく頷いた後、二人へ言った。


「察知したらすぐに呼び掛けるようにするから、適宜対応を」

「わかったよ」

「了解しました」


 二人の言葉の後、悪魔が吠え、走る。俺はそれを観察しながら、静かに戦闘態勢に入った。

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