困惑の弟子
「見送り、悪いね」
食事を終えた後シュウは帰ることとなり、俺とフィクハが玄関まで見送りをする。
既に空は暗く、今はシュウが生み出した明かりによって相手の顔を確認できる状況だ。
俺はニコニコし続ける相手を見据えながら、先ほどまでの会話を思い出し頭の中で整理する。
まずラキ達は目的のため準備を済ませ活動開始。そして俺達がシュウを敵だと広めれば混乱を招く……そうなっても、シュウは構わないと言った。
さらに『聖域』に関する助言――彼が俺達が何をするか知っていたのは、事件を襲撃した内通者から色々と訊いたのだろう。
「何やら、悩んでいる様子だね」
ふいに、シュウが声を発した。対する俺は沈黙を守る。
「まあ、当然だろうね。君達の目から見れば私がこんなところまで来て、なおかつ情報をペラペラと喋ったのだから――」
「楽しんでいる、といったところではないですか?」
話を遮るように、フィクハが口を開く。シュウと出会って以後、初めての声。
「私はシュウさんの性格を知っているので、こちらの反応を見て楽しんでいるんですよね?」
「……わかっているじゃないか」
シュウは同意の言葉を投げると、大きく肩をすくめた。
「君達に情報を与えて、どういう反応をするか見るのが少しばかり楽しだったんだよ」
「悪趣味だな」
俺はそう評した。すると、シュウは声を上げて笑い、
「確かに。ここの王妃とタメを張るくらいだろう?」
そんな風に返答し、さらに続ける。
「ああ、それと一つ言い忘れていた……実を言うと私は君達が今から戦う相手と今日会った。そして君達の情報を得て、追跡の魔法でここを訪れたわけだ」
「なぜその相手に私達の情報を話さないのですか?」
「一種の試練だよ」
フィクハの問い彼は即答。答えに俺とフィクハは同時に眉をひそめた。
「ああ、君達にじゃない。君達を襲撃した相手に対してだ」
――事件の主犯者を見定めているということか。
「君達の言う犯人がなぜこうした事件を起こしたのか、私は把握している。それは私に対する忠誠心が少なからずあるからこそなのだが……正直、私達にとっては邪魔以外の何物でもなかった。準備のため密に連絡をとっていたため、場合によってはこちらの動向を君達か、フィベウス王国に知られてしまう可能性があった。忠誠心からとはいえ、私達に害意をもたらす行為をしでかした……そこから、逆に試練を与えることにしたわけだ」
シュウはそこまで述べると、頭をかく。
「目的を果たせる能力があるかどうかを見極め、もし無理なら切り捨てようという寸法だよ」
「そこから、あんたのことがバレるんじゃないのか?」
彼の解説に俺は提言してみる。すると、
「言っただろ? 構わないと」
「……なるほど。あんたにとってはそいつが使えるか否かの方が重要なのか」
結論付けると、シュウはわかっているじゃないかという風に何度も頷いた。
「忠誠心から指示もなく先走る存在は、無能な味方よりも厄介だ。君達がこの戦いでやられてくれればそれはそれで良しとするべきことだし、私達は静観することに決めた」
「頭の中でそう算段し、俺達の反応を見に顔を出したと?」
「そんなところだ」
シュウは俺の言葉を肯定すると、腕を軽く振った。
「さて、そろそろお暇させてもらうよ。君達の健闘を祈っている」
心にもないような声と共にシュウの足元に魔方陣が出現。そして光が彼を包み――姿が、消えた。
「……最後の最後まで、無茶苦茶な人だな」
「そうだね」
俺の呟きにフィクハは反応。さらに大きくため息をつき、
「けど……教えて受けていた時とほとんど変わっていない……やっぱり、自分の意志でやっていることなんだね」
認めたくはなかった――そんな心の声が聞こえてきそうだった。
「それじゃあ、戻ろう」
彼女は言って振り返る。俺は無言でそれに追随し、屋敷の中へ入る。
扉を抜けると、玄関先でセシルが腕を組んで仁王立ちしていた。
「どうだった?」
「……最後の最後まで雰囲気を変えないままだったよ」
「そっか。とりあえず作戦会議をしないとね」
「ああ……そういえば、一つ」
「ん、何?」
「出発はいつにする?」
俺の質問にセシルは視線を逸らし一瞬考え、
「できればすぐにでも決着をつけるべき……明日にでも出発した方がいいだろうね」
「そう、だな……けど、見張りは必要だ」
「誰が残るかは作戦会議で決めよう。で、さ」
と、セシルは俺に視線を合わせた。
「さっき英雄シュウが言っていた、同じ世界って?」
「……面倒だからパスしていいか?」
「気になるじゃないか」
俺に催促するように告げるセシル。
「何やら他に事情がある様子。ここまで来たんなら話してもいいじゃないか」
「……たぶんセシルには理解できない話だし」
「言ってみないとわからないじゃないか」
ああ言えばこう言う。俺はため息をつきながらセシルとなおも視線を合わせる。
「今回の件とは関係ないからパスで頼む。別に機会に話すから」
「……わかったよ」
限りない不満を抱えつつもセシルは同意し、俺達に提案する。
「で、作戦会議だけど……マーシャさんの護衛も必要だろう? 誰かついているべきだと思うけど」
「申し訳ないけどルーティさんに役を担ってもらおう。国にシュウさんのことを話すかは、いずれ決めるということで」
「もうバレちゃったし、報告しに行ってもいいんじゃないの?」
「……その敵が王様の可能性もゼロじゃないだろ。それに、そうした重要な情報が漏れて、こちらの居場所がバレる危険性もある」
「ああ、確かにそうだね」
納得しつつセシルは答えると、指を立てて話す。
「手っ取り早い解決方法としては『聖域』に入って現れた敵を倒し尋問する、かな」
「犯人を知っているのかどうかわからないけどね」
「糸口はつかめると思うよ。この辺りは出たとこ勝負だね」
セシルは告げると、俺達に背を向けた。
「それじゃあ、一足先に部屋に行っているよ。あ、オルバンさんやルーティさんに連絡はしておくから、ご心配なく」
「……ああ」
承諾の声を発した瞬間、セシルは歩き去った。
残った俺とフィクハはしばし無言で佇む。なんというか……行こうとか声を掛けるタイミングを失ってしまった。
「……ねえ」
そこで、先んじてフィクハが声を上げた。
「もし、シュウさん達の目的を潰すことができたら、シュウさんは帰ってくると思う?」
「……わからない」
俺は首を左右に振る。
「連れ戻そうとする、という考え自体甘いのかもね」
フィクハは嘆息し、天井を見上げた。
「もう一つ気になるのは、ミーシャ……彼女はどういうつもりでシュウさんに従っているのか」
「進んで協力するような人じゃないのか?」
「魔物に対して、少なからず憎しみがあったはずだから、シュウさんの行動を知り何かしら感じたとは思うよ」
フィクハは語ると、仕切り直しと言わんばかりに明るく笑った。
「さて、辛気臭いままだと運が向かないよ。話し合いをすることにしよう」
「ああ」
俺はすぐさま返事をして、歩き始めた。
部屋に入る寸前、一度だけフィクハの顔を確認する。空元気――現実をその眼で見て困惑しているのが、俺にはしかと理解できた。