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英雄の助言

「突然の来訪申し訳ありませんね」

「いえ、お構いなく」


 ――自己紹介を済ませた後、案内された食事の席で俺の真正面に座るシュウは、料理を運ぶマーシャとそんな風に会話をした。


 結局、俺達はシュウを招き入れた。彼の言を全面的に信用したわけではないが……こちらとしても訊きたいことが山ほどあったためだ。

 場所はキッチンが併設されたリビング。屋敷然とした見た目にも関わらず家庭的な場所であり、食事もマーシャが調理している。


 席に着くテーブルは六人掛けで、シュウと俺はそれぞれ中央に座り相対している。そしてフィクハが俺の右隣に座り、ルーティが左隣に着席していた。

 なおかつ俺から見てシュウの左側にはセシルがいる。最後にオルバンはリミナの見張りで、マーシャ達は食事の用意に徹するつもりなのか、キッチンとテーブルを往復している。


「さて、そろそろ話をさせてもらうとしようか」


 目の前にローストチキンが出されたところで、シュウが話し始めた。


「と、その前に確認だが……この場における面々は、今回の事情をどれだけ把握している?」

「……と、いいますと?」


 ルーティが訊く。対するセシルとフィクハは質問の意味を理解したようで顔を険しくした。

 シュウは自分のことがどのくらい伝わっているのか知りたいのだろう――表情を見たためか、彼は理解したようだった。


「ふむ、騎士であるルーティさんは知らない様子だな。そしてセシル君が知っているのは以外だ」

「立ち位置的な問題ですね」


 セシルが警戒の色を強くしながら答えると、ルーティは首を傾げ、


「あの……何か?」


 俺達に言葉を向ける。けれど答えられない。いや、仮に話すとしてもシュウの目の前では――

 ふいに、シュウは次の行動に出る。懐から何かを取り出し、それをルーティへ見せつけた。


「……え?」


 途端に、ルーティが呻く。手に持っていたのは革の鞘に包まれた短剣。そして、その柄の部分には――


「何の、つもりだ?」


 俺はアークシェイドの刻印を見ながら、思わず尋ねた。自分が敵であると示す行為に、心の中では戸惑う。


「こちらは活動する準備が整った。だから混乱が起ころうとも構わない」


 俺の質問にシュウは、短剣を手で弄びながら言った。


「例えば君達が私のことを誰かに伝えた場合……大なり小なり混乱が訪れるだろう。英雄が起こした、またとないスキャンダルだからな。すぐさま大陸中に伝播し、批判や擁護が飛び交うはずだ」


 シュウはそこまで話すと手を止め、短剣をテーブルの上に置いた。


「不確定要素はあるけれど……それは私達の望むところとなった」


 ――不自由な二択だ。もし世間に話さないことを選べば、シュウ達の行動を止めるのは難しいだろう。しかし世間に広めたとしても、混乱を生み彼らはそれに乗じて事を成すかもしれない。

 どちらを選んでも俺達には不利益――彼はそう言いたいのだ。


 沈黙を守る俺達に、シュウはテーブルの上で手を組み、続ける。


「なおかつ、君達が色々と悩んでくれればそれだけ時間稼ぎとなる」

「……あな、たは」


 ルーティが、目を見張りながら発言。さらにテーブルに置かれた短剣に目を落とし、


「アークシェイド……なのですか?」

「正確に言うと、アークシェイドにいた人物の協力者だ。彼らの目的に賛同して共に行動している。これを見せたのは、私の立ち位置をわかりやすく伝える一番良い方法だと思ったからだ」


 答えながら、シュウは短剣を手に取り俺達に再度見せつけた。それは柄頭に青い水晶球がはめられたものであり、


「ふむ……」


 シュウは短剣を再度テーブルに置きながら俺達のことを観察する。何か探っているような雰囲気だが――


「セシル君ならと思ったが……さすがにマニアックすぎるか」


 わけのわからないことを呟く。俺は疑問を投げかけようとしたが……マーシャがやってきて、鯛の香草焼きをテーブルに置いた。

 彼女を見ると、にこやかな顔つきで再びキッチンへと戻って行く。会話は聞こえなかったようだ。


「まあいいか。本題に入ろう」


 シュウは呟きつつ傍らに置いてある小さなバスケットからパンを手に取り、ちぎった。


「先に言っておくが、私がアークシェイドの面々と加担する理由は、レン君に全て話してある。だからここで質問しても無駄だと言っておこう。で、本題は君達に謝罪と、助言だ」


 言って、シュウは笑みを浮かべながら小さく俺に頭を下げた。


「今回の騒動を招いてしまったことを、お詫びするよ……けどまあ、起こってしまったことは仕方ない。君達が乗り越えることを祈っているよ」


 ずいぶんと突き放した口上……ま、敵である以上当然かもしれないが。


「で、助言についてだが……これから『聖域』に入るのだろう? 君達も大方予想していると思うが、私が報告した相手の一派が待ち構えているはず……そして」


 シュウはどこか楽しそうに語る。なぜ、そんな顔をするのだろうか。


「実を言うと、私は一度『聖域』に入ったことがある。そして『聖域』の最奥でとあることをした……もし人工的な何かを見つけた時、それは私の手によるものだと思ってくれ」

「それが、アドバイスか?」

「ああ」


 俺の質問にシュウは返事をして、パンを口に放り込んだ。

 意味不明な上、表情からは俺達の反応を楽しむような節がある。助言を聞いても、結局何がしたいのかわからない。


「どうやって、入ったのですか?」


 ルーティが問う。ここに至り、警戒を露わにし始めた。


「その辺りは訊くまでもないと思うけれど?」


 シュウの返答はいささか抽象的。けれどルーティは理解したのか顔をさらに険しくする。


「……是非とも、報告させていただきます」

「やるなら気をつけた方がいいよ。どんな混乱を呼ぶかわからないからね」


 シュウは忠告しながらどこか飄々とした態度。それを見てさらにルーティの眉間に皺が寄り、


「レン君、いずれ君とは決着をつけるだろう」


 彼女を無視するかのように、シュウは俺へ発言した。


「どこかで巡りあい、戦う……私はそんな予感がする。同じ世界の出身者同士、長い付き合いといこうじゃないか」


 ――彼の言葉を聞いた瞬間、目の前の英雄が恐ろしく異質なものに見えた。

 あの『星渡り』についての言動まで……こいつは、一体何を考えている?


「同じ世界……?」


 言葉の意味がわからないためか、セシルは訝しげに問う。するとシュウは俺達を一瞥し、


「顔つきから、フィクハは知っているようだな……大方、元の世界に帰る手段でも相談したんだろう?」


 彼は肩をすくめそう告げた後、短剣をしまいフォークを手に取った。


「さて、夕食も冷めてしまう。食べることにしよう」


 不気味なまでに笑みを湛えつつ、彼はサラダにフォークを刺した。けれど俺達は反応できない。英雄を、ひたすら注視するだけ。


「ああ、そういえばもう一つだけ」


 フォークに刺したレタスを口に入れようとした寸前、シュウは声を上げた。


「レン君、実はこのような活動をし始めた時、あちらの世界にいるシュウが夢の中に現れた」


 そして、俺とフィクハにしか理解できない会話を始める。


「彼は私を説得しようとしたよ。けれど本質的に無理だと悟ると、夢にも現れなくなってしまったよ」

「……そう、か」


 世間話のつもりだろうか……笑いながら話す彼に、俺はどこまでも奇怪だと思った。

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