来訪者
『夕食を一人分多く用意しておいてほしい』
シュウの手紙にはそう書かれていた。その文面をじっと見つめながら、頭の中に疑問がいくつも生じる。
まずシュウはなぜこの場所に手紙を出せたのか――いや、俺達の動向を監視していたに違いないと悟る。とすれば、今もどこかで見ているのかもしれない。
さらに疑問なのは、この手紙を出した意図。夕食という言葉を引き合いに出しているということは、食事を共にするということか。この屋敷に真正面から乗り込んで何をするのか――
「おーい」
セシルが俺を呼び掛ける。はっとなり、慌てて彼に顔を向ける。
「あ、何?」
「何じゃないよ。それ、何かわかるの?」
尋ねられ、言葉を失う。本来は頷く場面なのだが……なぜそれがわかるのか説明しないといけないだろう。
「レン君」
考えていると、今度はフィクハが俺に声を掛けた。
「それ、読めるの?」
「え、あ……」
「いいから。読めるの?」
「……ああ」
再三の質問に、俺は彼女へ頷いて見せる。
「で、何て書いてある?」
「夕食を一人分多く用意してくれと」
「なるほど。わかった。えっと、マーシャさん。シュウさんがここに来るらしいですけど」
「英雄シュウが? わかりました。用意致します」
そう言って彼女は微笑み、
「では、早速準備を始めましょう」
「あ、手伝いますよ」
歩き去るマーシャに対し、ルーティが追っかける。去り際、彼女は一瞬こちらに首を向けたが、黙ったままマーシャと共に視界から外れた。
「……ふむ、変だな」
ルーティ達が去った後、ふいにセシルが零す。
「それが英雄シュウのものだとすれば、なぜここが?」
「どこからか見ているとしか思えないな」
俺は部屋の窓に目を向けながら返答する。覗いている可能性も否定できない――
「で、レンがそれを解読できたのは何で?」
彼はさらに追及する。それを話す場合俺が勇者レンでないことを説明しないといけない。
まあリミナなんかに話してしまったし、さして問題が発生するわけではないので喋ってもいいのだが……面倒だ。
「えっと、色々事情があるんだよ」
「ずいぶんざっくりとした言い方だね」
「ややこしいんだよ。だからとりあえずこの話はパスで」
「……わかったよ」
不服そうな面持ちでセシルは同意。そして俺達に背を向ける。
「僕はオルバンさんに事情を伝えてくるよ」
最後にそう言い残し、彼もまた部屋を後にした。
「……わからないことだらけだなぁ」
今度はフィクハが俺に言う。さらに手紙を見据え、
「手紙の内容を理解できるのはレン君だけなのはシュウさんも理解しているはず。で、それをわざと伝え夕食の用意をさせようとか……何か策があるのかな?」
「攻撃を仕掛けるなら、こちらに伝えない方がいいよな」
「そうね……とすると、わからないなぁ」
フィクハは嘆息しつつ答えると、気を取り直しピッと右の人差し指を立てた。
「で、レン君。もう一つ問題がある。ルーティさんにはシュウさんが敵であることは伝えてないでしょ? シュウさんが来る以上、話しておくべきかな?」
「……相手の出方を窺えばいいんじゃないかな。他の面々は把握しているから、不穏な空気になれば彼女だって敵だとわかるだろ」
「……そうね。わかった」
告げた直後、彼女は唐突に両手で頬を叩いた。気合を入れ直す意味合いだろう。
「大丈夫か?」
そんな様子を見て、俺は尋ねる。
「平気平気」
フィクハは笑いながら応じて見せる……当然ながら、彼女が一番シュウと関係が深い。眼前で向き合った時冷静になれるかどうか――
「さて、オルバンさん達と話し合わないとね」
彼女は一方的に告げ、部屋を出ようと歩き始めた。俺はそうした彼女の後姿を見て、やはり無理をしているのではと感じた。
それから簡単な話し合いの結果、出迎えは俺とフィクハでやることになった。セシルとオルバンは屋敷の警戒。そしてルーティはマーシャさん達の手伝い兼護衛だ。
時刻は夕方。赤い空の下俺とフィクハは玄関前で彼が来るのを待つ。
「何が目的なんだろうな」
ふいに、俺は呟く。答えが出るはずもないのだが、言わずにはいられない。
「こちらの様子を探りに来るといったところかな」
横にいるフィクハは反応。とはいえ確証なき考察であるため、横顔は疑問を浮かべたものだ。
「昔から、あの人の行動は読めなかったんだよね。気付いたら町まで出かけていた時もあるし、ふらっと言われもしないのに魔物の討伐に行くこともあったし」
「変わり者だったんだな」
「そうだね。けど、アークシェイドに加担するなんてことはしない人だと思っていたよ」
どこか悲しむようにフィクハは言う。俺はそれに無言だった。何て声を掛けていいかわからなかったから――
「レン君」
思考している間に彼女の声が聞こえた。反応する前に、目の前の景色が変化する。突如真正面にある石畳の地面に魔法陣が姿を現し、光が陣全体を包み、一瞬だけ縦に伸びた。
そしてそれが消えた時、黒いローブを着たシュウが立っていた。
「どうも、レン君」
「……てっきり歩いてくるのかと思っていたから、少し驚きましたよ」
思わぬ登場に俺は内心びっくりしつつも軽口を叩く。同時に右手で剣の柄を握り、戦闘態勢に――
「待った。下手に抜くと、城下の兵がやって来てしまうよ」
俺の動きにシュウは手で制しつつ忠告した。
「今回、戦う気は一切ない。これについては信用してもらうしかないが……もし雌雄を決するというのなら、受けて立ってもいい」
「……えらく、強気じゃないか」
攻撃的な口調で俺は言い返す。対するシュウは我が子を見守るような優しい顔つきとなった。
「私は別にどちらでも構わないよ。もし奥にいる騎士や闘士の面々を呼ぶなら、待っているよ」
「全部お見通しというわけか……言っておくけど、あんたがどんな風に弁明しようとも、こちらとしては素直に頷くようなことはできない」
「だろうね。何が訊きたい?」
俺達が問うことを予測したのか、シュウは先んじて訊く。そうした言動に俺は多少の苛立ちを抱きながら、質問する。
「訊きたいことは二つだ。なぜ俺達がここにいるとわかったのか。そして、何をしにここに来たのか」
「一つ目の質問は、君の従士であるリミナさんが関係している」
「……リミナ?」
「あの毒は私が自作したものだ。で、開発した魔法を使えば居所が追跡できるようになっている。ただそれだけさ」
――彼の説明は、盲点だった。とはいえ言われればその可能性だって考えられた。
「で、二つ目の質問だが、謝罪と助言のために来た」
「……何?」
「追跡の魔法を使い君達の後を追うと、襲われていたという事実を知った。実を言うと、君達が遭遇した事件は、私がとある相手に君達のことを報告してしまったのが原因だ。その辺の謝罪と、後は詫びの意味を込めて色々とアドバイスをしようかと。それは食事の時にしようじゃないか」
「胃がもたれそうだな」
皮肉を込めて告げると、シュウはにっこりと笑った。
穏やかな顔だと、傍からは見えただろう。けれど俺は、悪魔に膝を屈させるような圧力を感じた。もし追い返そうとしたら彼はこちらに攻撃を――嫌な想像が頭を掠める。
そこでふと、横にいるフィクハの顔を窺う。彼女は師であるシュウを見据え、ただただ無言で佇み、視線を送り続けていた。