縁あるドラゴン
――俺達は王妃と別れた後、ルーティの案内で馬車に乗り、城を出た。一応監視の目がないかを確認しつつ、目的地へと向かう。
移動の最中、リミナはまたも眠った。どうやら今日は特別体調が悪いらしい。
「ねえ、今から行く相手とは知り合いみたいだけど?」
道中フィクハが尋ねてくる。俺はそれに小さく頷き、
「以前引き受けた、仕事で関わったドラゴンだよ」
そう話し、俺は自分が行った最初の仕事を噛み砕いて話した。
王妃の言っていた相手とは、あの避難をお願いしたドラゴンの親子であった。避難してきた彼女達と親交を持ち、俺やリミナのことについても多少ながら聞いたという。
もしかすると王達が気を遣ってくれるのは、あの親子が話したからなのかもしれない。
「ふーん、そう。仕事の依頼で」
一連の説明を聞くと、フィクハは納得したように呟いた。
「なるほど……安全そうだね。監視の目もないようだし、何事もなく『聖域』に行けるかも」
「そうだな。けど、『聖域』で戦うことになるような気がする」
「そうかもしれないね。ただ街中での安全は確保されたと言っていい」
「確かに」
仮に王妃が敵だとすれば。今から行く場所にだって危険かもしれないが……考えすぎかもしれない。ま、その時はその時で考えることにしよう。
会話から程なくして馬車が止まる。御者台にいるルーティの「到着しました」という声を聞き、天幕を開け外を見る。目の前には二階建ての屋敷があった。
屋敷、とは言ってもせいぜい元いた世界の一般的な住宅を倍にしたくらい。十分大きいかもしれないが、王族の関係者としてはこじんまりしているようにも思える。
「リミナさんはどうする? 誰かが抱える?」
馬車の外に出ようとした折、フィクハから質問が来る。そこでリミナがゆっくりと目を開けた。顔つきから、辛そうに見える。
「俺がおぶっていくよ」
進んで言うと、リミナが反応。力なく首を振り、
「いえ、歩きます……」
「そんな苦しそうな顔を浮かべている人に無理はさせられない」
決然と返し、フィクハもまた頷いた。途端にリミナは躊躇したのだが……やがて、小さく「お願いします」と告げた。
ということで、リミナをおんぶして歩き始める。頭の後ろで何度も「すいません」と聞こえ、俺は思わず苦笑した。
リミナは食が細くなっているせいか、かなり軽い。もし毒が治ってもしばらくは戦えないな……と思いつつ、俺はルーティを先導に従い敷地に足を踏み入れ、玄関に辿り着いた。
彼女はまずドアノッカーを叩く。少しして中から靴音が聞こえ、
「はい」
ガチャリと音を立て、現れたのは赤髪の少女……って、
「ああ、どうも」
白いローブを着た、エルネだった。
「……こんにちは」
彼女は定型句の挨拶をした後、いきなり扉を閉めた。続いて靴音が聞こえ始める。母親を呼びに行ったのだろう。
「娘さん?」
フィクハが俺に訊く。それに頷きつつ待っていると、今度は足音が二つ近づいてくる。
再度扉が開き、今度は母親であるマーシャが現れた。こちらも白いローブを来て、親子共々似たような格好。
「レンさん、リミナさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです……って、二ヶ月程度しか経っていませんけどね」
俺の指摘に彼女は笑う。けれど同時にリミナを見て、不安げな表情を見せた。
「体調は、優れないようですね」
「はい……事情は聞いていますか?」
「多少なりとも。屋敷については、ご自由にお使いください」
「はい……けど場合によっては、危険な目に遭うかもしれません」
「大丈夫です」
微笑んで答えるマーシャ。瞳が、以前の恩返しだと語っている気がした。
俺としてはあの仕事の礼と等価なのか疑問に思ったのだが――
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
礼を示し、俺は中に入った。
案内されたのは二階にある客室用の三人部屋。男女共に三人ずつということで、部屋を宛がわれた。
俺は女性側の部屋に入り、リミナを寝かせる。部屋の中に留まっているのはフィクハだけで、他の面々は別所だ。
「で、薬はここで作れるのか?」
リミナを寝かせた後、俺はフィクハに尋ねる。
「道具とか一切ないけど……」
その言葉に彼女は、懐から何かを取り出すことで応じる。目を向けると、
「ストレージカード?」
「ちゃんと準備はしているよ。というか、城にだって必要な道具があるかわからないしね」
そうか、カードに収納して道具を携帯していれば、どここだっていいのか。俺は腑に落ちた面持ちでリミナの眠るベッドの端に腰かけ、小さく息をついた。
「ともあれ、後は作るだけか」
「そうね。一晩だけ待ってもらえない? それで完成するはずだから」
「そのくらいは待つさ。で、とりあえず襲撃がなさそうな状況にはなったから、ここで休息するのもありかな」
呟きつつ、俺は天井を見上げた。思えばずいぶん変わって縁で、ここにいるような気がした。
「ん、ちょっと感傷的?」
こちらの動作を見てなのか、フィクハが尋ねる。対する俺は首を左右に振り、
「いや、最初の仕事がこんな形で返って来るとは……って思っただけさ」
「最初、か。この世界に来て最初の仕事だったの?」
「ああ。右も左もわからない状況で、最初ドラゴンを討伐しに行くのかと思ったよ」
「内心では冷や汗ダラダラだった?」
「ああ。避難を告げに行くという事実を知った時は、心底安堵した」
言うと、フィクハは笑った。俺も釣られて笑いそうになり、
「……勇者様」
リミナの声が。首を向けると、体を傾け俺を見る姿。
「そういえば、詳細をギリギリまで訊きませんでしたね」
「俺が怖くなったから、というのが理由だよ」
「つまり、最後の最後まで冷や汗だったわけね」
フィクハがなおも告げると、俺はとうとう笑い声を上げてしまった。
「そうだな。その通り」
「ふうん……ちなみに、二つ目の仕事は何だったの?」
「遺跡調査。勇者レンと顔見知りの人に誘われてさ。結果的に、そこでシュウさんと行動するラキと出会うことになったわけだけど」
「なるほど。色々あったわけね」
「その一言で片づけられるとなんか嫌だな……」
零しつつ、ふとこれまでに関わった事件を思い出す。
振り返ってみると、最初の仕事が何年も前の出来事のような気がして、フィクハの言う通り感傷的になりそうだった。
「ま、色々あってレン君は今ここにいる……アークシェイド討伐以後良い話がないけれど、これから好転していくことを祈りましょう」
「そうだな」
心の底から同意し、俺は立ち上がろうとした。その時、
「レン、フィクハさん、いる?」
ノックの音と共にセシルの声が。俺が呼び掛けに応じると、扉が開き彼が姿を現す。
「ちょっと問題が」
「問題?」
聞き返した時、彼の後ろにルーティとマーシャが立っているのが見えた。
その中で口を開いたのはマーシャ。
「先ほど郵便受けを確認したら、朝には無かった手紙が」
「手紙?」
俺は聞き返しつつ嫌な予感がして歩み寄る。そこでマーシャは手紙を差し出した。
「ただ、内容が意味不明なんです。宛名もありませんでしたし」
なおも続く彼女の言葉に俺は眉をひそめつつ、手紙を受け取る。二つ折りにされた、一枚の手紙。
「悪戯かもしれないけど、気味が悪いんだよね。タイミングも良いし」
セシルが語るのを聞きつつ、俺は手紙の内容を確認し――
一つ呻いて、硬直した。
「レン?」
態度にセシルが尋ねる。けれど答えられずじっと文面を確認する。
――マーシャやセシルがわからないのは当たり前だった。そして宛名がなくても、差出人がわかった。
その手紙は、はっきりと日本語で書かれている。間違いなく、シュウからの手紙だった。