謁見の後で
依頼内容について語った後、王は一連の騒動の問題解決に尽力することと、アークシェイドを追う協力の約束をし、そして――
「依頼を請ける場合の、条件についてだが」
話の締めくくりに、リミナのことを口に出した。
「事情は聞かせてもらっている。英雄シュウの弟子であるフィクハ殿でも解決できない難事……私達も協力させてもらう」
「では……」
「既にフィクハ殿へ素材を渡すよう取り計らっている。その後のことは、彼女の要望に従い動くつもりだ」
――告げられて、ひとまずはお開きとなった。
そこから俺達は移動。場所はリミナに用意された客室であり、一人部屋にしてはかなり広い場所だった。
そして部屋にはフィクハとルーティが待っていた。
「お疲れ」
フィクハは椅子に座り、テーブルに右手で頬杖をつきながら俺達に告げた。
「ひとまず、届いているよ」
と、彼女は左手に持った物を俺達に見せつける。それは親指大くらいの小瓶で、中には赤い液体が入っている。
「後はこれを使って薬を作るだけ」
「そうか……ちなみに、誰のものかって知っているのか?」
「私が訊きたいくらいなんだけど」
と、彼女はルーティへ視線を送る。
「知ってる?」
「いえ」
首を左右に振るルーティ。そういえば、王も誰とは言わなかったな。
「ま、いいか。内在する魔力は瓶越しに確認してもドラゴンだと断定できたし」
「どのくらいでできそうだ?」
フィクハの呟いている間に俺は質問。
「そして、どのくらいで回復する?」
「一概には言えないよ。薬自体はそれこそ今日中にはできる。でもリミナさんが回復するまでにどのくらいかかるかは、この瓶の中にある血の力によって決まる」
「場合によっては毒に効かない可能性もあるんだよな?」
「まあね。けど、感じられる魔力は結構大きいしいけると思う」
「そうか。それじゃあ、頼む――」
「一つ、よろしいでしょうか?」
オルバンが発言する。途端に、俺達の視線が彼に集まる。
「悪魔の襲撃以後、敵は沈黙を守っています。加えて私達は敵がこの城にいる可能性を危惧し、警戒しようという構えです」
「そうですね」
同意の声を上げたのは壁にもたれかかって腕を組むセシル。オルバンは彼に視線を送りつつ、さらに続けた。
「謁見の最中考えていたのですが……これから、レン殿は『聖域』と呼ばれる場所に向かうわけですよね?」
「そうなりますね」
「そこで気になる点があります。敵がリデスの剣を狙っているとすれば、その『聖域』の中で仕掛けるのでは?」
「言われてみれば、そうですね」
俺はオルバンの言葉を吟味してみる。確かに罠なんかを仕掛けるのに都合の良い場所かもしれない。
「ここで、イザンという人物を雇った意味もかなり強くなります」
無言の俺に対し、オルバンはなおも語る。
「闘技大会の準優勝者を雇い入れたことから、私達は相手が権力者だと推察しました。もしそうであれば『聖域』の中に入れる手段を講じているか、抜け道があるなど把握していてもおかしくない」
「やろうと思えば『勇者レン殿を援護する人物だ』とか言って押し通す可能性もありますね」
続いて答えたのはセシル。彼は壁から背を離し、腰に手を当て俺を見据えた。
「ただ、それやったら十中八九正体はバレるけど」
「違いないな……と、待てよ」
俺はふと、敵の動機について別の可能性に行き着く。
「その『聖域』に何かがあって、悟られたくないがために動いている、という可能性もあるな」
「ああ、確かにそうかも」
「そう定義すると、何かしら情報はありそうですね」
「おーい」
セシルやオルバンが賛同した時、フィクハがこちらに呼び掛けた。
「あのさ、『聖域』って?」
「え、ああ。ドラゴンにとって神聖な場所だよ」
「ああ、依頼の場所か……ん、ちょっと待って」
と、彼女は突然手で俺を制する。
「そこって話を聞くところによると、ドラゴンって入れないよね?」
「みたいだな」
「で、レン君。その『聖域』には誰と行くつもり?」
「誰って……そこまで考えてなかったな。まあ、襲撃事件と縁があるかどうかわからないけど、この面子で入るのもありか。あと、場合によっては回復したリミナと一緒に――」
そこまで言って、はたと気付いた。
「もしかしてリミナは、治療してドラゴンの血が入るから、無理なのか?」
「そうね。薬自体はドラゴンの魔力を取り込むということになる。それはドラゴンになるのとは少し違うけど、結界って魔力よね? ドラゴンの魔力を選別して弾くのだとしたら、入れない可能性が高い」
フィクハは語った後、ルーティへ目を移す。
「そういう人って、入れます?」
「無理ですね。実際私は人間とドラゴンの血が両方入っていますが、入れません」
「あー、そうなるとどうする? 俺一人で行くか?」
「いやいや、危険すぎだよ」
フィクハは手を振り俺に応じた。
「いくらなんでも一人はまずい。ここは、私達の誰かが同行ないと」
「ま、そういう結論になるだろうね。予想はしていたけど」
続いて言ったのはセシル。さらにこちらへつかつかと歩み寄りつつ、
「僕も関係がある以上、喜んで協力させてもらうよ」
「わかった。ありがとう」
「別に礼を言われることじゃないさ」
セシルは答えると、フィクハへ首を向ける。
「で、そっちはどうします?」
「森に入るかどうかは保留にさせて。気掛かりは、果たしてここにいていいのかどうか。例えば、毒を盛られる可能性だってあるし」
「え、毒?」
彼女の言葉に、俺は驚き聞き返す。
「考えすぎだと思うけど」
「でもさ、白昼堂々襲撃するような輩だよ? あり得なくはないんじゃない?」
指摘されると……確かにそんな手を使ってこないとも限らない――
そこへ、コンコンと軽いノックの音が聞こえた。
「あ、はい」
オルバンがすぐさま扉に駆け寄り、開ける。俺は誰なのかと少し興味を抱き、視線を送る。
「どうも」
そして声と共に姿を現した相手に、絶句した。
「は?」
近くにいたセシルも驚く。ただルーティはさして驚いていない。
「……誰?」
そして、フィクハは首を傾げた。俺は咄嗟に口を開こうとして、
「王妃です」
セシルの端的な呟きの方が早かった。
瞬間、フィクハの背筋がピンと伸びた。そう、相手は先ほどまで玉座にいた、王妃だ。
「客人を迎える時はいつも挨拶するようにしているのです」
と、なぜかニコニコとしながら語る王妃。その顔は、悪戯に成功した子供のようであり、
「客人を訪ねて驚かれる様を楽しまれるのです」
ルーティから説明が。彼女の様子から、この事態は予測していたようだ。
俺としてはずいぶんまあ良い趣味を持っている……としか言えない。当の王妃は作戦が成功したためか、なおも顔をほころばせ、
「ただし、今回は別の用もあるけれど」
告げながら俺へ歩み寄る。同時に顔を引き締め、話し始めた。
「こちらは報告を聞いて、この城の中にあなた達を襲撃した犯人がいる可能性を考慮した。できればきちんと歓待をしたいところだけど……不安なのはこちらも理解している」
言いながら、今度は優しく微笑んだ。
「別所に、安全な場所を用意してあるわ……ルーティ」
さらに王妃は名を告げ、彼女にメモを差し出す。
「彼らを、その場所まで案内してあげて」
「わかりました。移動は馬車で?」
「適当なものを見繕えばいいわ。後で私が言っておく。それと行動に移すなら早い方がいい」
「はい、わかりました」
ルーティはメモを恭しく受け取ると、俺達へ告げる。
「急で申し訳ありませんが、行きましょう」
「あ、ちょっと待ってください」
その中で俺は呼び止め、王妃に一つだけ尋ねた。
「あの……安全な場所とは?」
その問いに、彼女は笑みを湛えて答えた。
「改めて、お礼をしたいそうよ。避難を助言してくれた、あなたとリミナさんに」