首都を出立
会話の後、その晩は何事もなく眠った――イベント的なものはやはりない。いや、そういうのを期待しているわけではないけど。
翌日は夜明け前に起床し、準備を済ませたのは太陽が半分出た時。街は静まり返っており、鳥のさえずりくらいしか音の発するものがない。
「勇者様」
静寂しきった空間で、リミナが声を発する。
「昨夜のお話ですが……」
「うん、何?」
「あまり良い話ではないので、他言無用でお願いします」
「わかった」
即座に頷く。彼女の内心に触れる面もあるので、当然だ。
彼女の言葉により、俺は話を思い起こす。勇者レンはずいぶんな恩を売ったと思う。気まぐれと断じるのはいくらなんでも無茶だろう。
「あ、そういえばリミナ」
そこで一つ、昨夜の件で疑問が浮かぶ。
「俺って、屋敷を買える金をポンと出せる程、金持ちだったってことか?」
「素性をお話することもなかったので、詳しくは知りません。ただ私を助けたことに関する費用は、旅で手に入れたものでしょう。何でも、純度の高い魔石を換金したとのことなので」
「純度の高い、魔石?」
俺はリミナのザックに目をやった。そこには昨日店で購入した魔石が何個も入っているのだが――
「魔石というのは宝石同様、質や種類によって値段が大きく変わります。昨日買った魔石は安価な物の代表例。対する勇者様が売却した魔石は、ダンジョンで発見した宝物だと仰っていました」
「それが、屋敷を買えるほどの価値?」
「はい。ちなみに一つではなく、複数個でそうした値段になったようです。それがあれば強力な道具だって作れたはずなのですが」
リミナは申し訳なさそうに答える。彼女の表情を見て、俺は首を左右に振った。
「いや、今の俺でもそうしていたよ。だから気にしないでくれ」
「……ありがとうございます」
彼女は小さく頭を下げる。その間に街の門が見えてきた。
「着いたみたいだ……お、いた」
門の前にギアの姿を認めた。格好は鉄の胸当てと背中に剣。そして左肩に担ぐように荷物を抱え、右手で手を振っている。
俺はそれに振り返しながら近づき、先んじて挨拶の言葉を投げた。
「おはよう、ギア」
「おはようさん。準備はいいな?」
「もちろん」
受け答えをする俺に、ギアは満足したのかうんうんと頷いた。
「よっしゃ、では出発しよう。あ、もちろんリシュアという村に寄るからな」
「わかった。ありがとう」
俺達は門へ進む。朝でも兵士が立っており、こちらを見るとにっこりと微笑んだ。
彼らに見送られて外に出る。左手を見ると太陽が全身を見せていた。そこでふと――今から向かう進路が南西であるのを思い出す。
進む方角から考えて今は南に向いているだろう。となれば太陽は前の世界と同じく東から西に動いているようだ。異世界なのでその辺の成り立ちが変わってもおかしくないが……ここは同じらしい。とりあえず、記憶に留めておこう。
「リミナさん、リシュアまではどのくらいだ?」
考えていると、ギアがリミナに声を掛けた。
「昼前には到着しますよ」
「そうか……そこから俺の案内でいいか?」
「はい、大丈夫です」
リミナの承諾を受けると、ギアは俺へと視線を移した。
「じゃあ道すがら今回のダンジョンに関して説明するぞ」
「情報、集まったのか?」
「ああ」
ギアは口の端に笑みを浮かべながら話を始める。
「場所とかは事前資料で知っているからいいとして……中なんだが、どうやら魔法が幾重にも張られているらしく、侵入できない場所があったらしい。それを破るのに学者が四苦八苦しているらしいが、行ってきた奴らの口からは徐々に進んでいるようだ。これは少し前の情報である以上、今は結構進展しているかもしれない」
「魔法か……それ、俺達で破れるのか?」
「どうだろうな。学者から事情を聞いて対応を決める……いや、待て。リミナさんって、そうした魔法持っていなかったか?」
「結界を解除する魔法はありますが、通用するかわかりませんよ?」
「ならそれを試して、無理だったら学者と協力する。こんなところだろう」
ギアの説明に、俺は気に掛かった。学者、という言葉がえらく出ている。
「ギア、学者というのは……?」
「ん? ああ、アーガスト学院の研究者達だ。魔法に関する研究をしている人間だが、一般的に学者と呼ばれている」
大学の研究員とかをイメージすれば良いだろうか……なるほど、遺跡が見つかればそうした人々が調査するわけだ。
「基本遺跡は魔族が残したものが大半だから、学者だけで調査することは少ない。正規の騎士なんかも出るが……学院は国と距離を置きたいらしく、よほどのことが無い限りは、こうして俺達に話が回ってくる」
「事情が色々あるんだな」
「そうだな。ま、俺達にとっては仕事が来るためありがたいわけだ……おまけに、得た宝物なんかも一部手に入る。それが報酬代わりみたいなものだからな。あ、もちろん別に依頼料はもらうぞ?」
「そうか。で、依頼料は?」
「前金は無し。働きによって支払われる。こういう仕事は大抵そうだ」
歩合制らしい。まあ、当然か。
「わかった。ありがとうギア」
「よせよ。一緒に仕事をする上で当然だ」
ギアは手をパタパタと振りつつ答える。その態度からきっと面倒見の良い人物なのだろうと思った。
「で、だ。仲間から聞いた話によると、他の国からも傭兵なんかが集まっているらしい」
さらにギアは続ける。その段になって、彼は幾分声量を下げた。
「外部の人間が出入りしているようだ」
「外部って、誰だ?」
「他国の人間だよ。話を聞きつけ無理矢理調査に参加したのかもしれない」
そう言うと、ギアは多少顔をしかめる。
「どういう連中なのか詳しく聞かなかったが、予想はできる。クルシェイド王国の学者だろうな」
聞き慣れない国名が出てきた。俺が訊こうとすると、答えはリミナからやってくる。
「アーガスト王国から西にある、隣国です」
「隣国……か。ギア、調査は普段複数国が協力するのか?」
「普通はしないから、強引に押し入ったんだろうな。無理矢理と言ったのは、調査団の空気はなんだか重かったと聞いたためだ」
――どうも、きな臭い話だ。単純なダンジョン攻略というわけには、いかない様子。
しかし、ギアは俺に付け加えるように話す。
「ま、その辺気にする必要はないぜ。俺達だって学者とは無縁の人間だから、干渉してくることもないだろ。好きにやらせておけばいい」
「学者の調査だから、何かしら制限されるような気もするけど……さらに言えば、学者達の間で色々あるなら、妨害工作とか……」
「モンスターがいる以上、最前線に学者が出張ってくることはないと思うぞ」
「そうなのか。じゃあ大丈夫かな」
少々不安を覚えたが、ここで気にしていても仕方ない。俺は話を切った。
そこからは仕事の話と異なる世間話が始まる。もっぱらギアが請けた仕事なんかの話題に終始し、和やかな空気が俺達を包む。
太陽は朝の心地よい日差しを降り注ぐ。天気は晴れ。この上ない旅日和だった。