集う精鋭
「フィクハさん、一ついい?」
「ええ、どうぞ」
「シュウさんの件については、基本的にフィクハさんが主導的な立場にあるし、俺もそれに従おうと思う」
「ええ」
「だから非難とかそういう意味合いではないんだけどさ……」
告げながら、俺は椅子に座るセシルをチラリと見る。
「あっさりと話すのは、どうなんだろうと思うわけだ」
――現在、ルーティを除いた面々は彼女に案内された宿の一室で話し合いを行っている。ちなみに二人部屋なのだが、昨日泊まった宿と比べ内装に金が掛かっているのが一目でわかった。
赤い絨毯に白い壁面は一瞬高級ホテルを連想させる――フィクハも同様の見解らしく、この宿場町の中では一番高いのでは、という見立てを行った。
そして横倒しになった馬車は兵士に任せることにして、今後どうするか話し合うことになった。位置としてはベッドにリミナ。その端の方に俺が腰を落ち着かせており、目の前にあるお茶なんかを飲むテーブル席にはフィクハとセシルが対面で座っている。
加えてオルバンは部屋の入口である扉を背にして立っており――その状況下で、フィクハは至極あっさりとセシルへシュウのことを話した。
「闘士だし、別にシュウさんと関係ないでしょ?」
「……フィクハに伝えなかったけど、シュウさんと親しい王様の依頼らしいよ?」
「ベルファトラスの王様のこと? この人が王様の意向に従うようなことすると思う?」
「それはないね」
「……セシル、そっちが言ってどうする」
ツッコミを入れつつ、俺は頭をかく。
「なんとなくはわかってたけど、忠誠心とかは一切ないのか」
「闘士の中にはそういう人もいるよ。ただ僕はそう思ってない」
答えつつ、セシルは話を戻すべくフィクハへ口を開く。
「事情はわかりました。英雄や魔王と関わりのある事件……英雄シュウと戦う覚悟はしておきます」
「ありがとう。こちらとしてもあなたのような戦力は必要不可欠だし、お願いするよ」
フィクハは言葉と共に頭を下げた。
「……それと、ルーティさん他、フィベウス王国側にこの事実は伝えない方向でお願い」
「理由は?」
「英雄シュウ自体に支持者がいるため、混乱を招く可能性があるから。いずれ話すつもりではいるけど、相手は王様とかになるだろうし……タイミングを見計らわないと」
「なるほど、確かに。こちらはそれで構いません」
セシルは納得の表情を浮かべ答えると、今度は俺に話し掛けた。
「レン、大体の事情はわかったよ。話を聞く限り気を払っているのは至極当然だよ」
「どうも」
「で、ここからの話だけど……立場上はフィクハさんと連携を取る必要がある。けれど英雄アレスに関する事情は僕も知っている。その辺のことはどうやらフィベウス王国にも伝わっているらしいけど……」
「アークシェイド征伐の時、グレンさんが話したんだと思う」
「そうなのか……で、やろうと思えばそっちにも協力できるけど、どうする?」
「詳しい依頼内容を知らないから、それを聞かないことには判断できない。ひとまず首都に着くまでは一緒に行動して、そこからどうするか考えよう」
「ちなみに私はリミナさんが回復するまで面倒見るつもりだよ」
これはフィクハの言。最後まで責任を持つ、と言いたいようだ。
「それに、今回の襲撃事件……解決する目処が立たない限り、首都を動かないつもり」
「いいのか? それで」
「今回の騒動はシュウさん絡みの可能性があるでしょ? 犯人を捕まえれば何かしら情報を得られる可能性があるし」
「ああ、確かに」
俺は納得し、リミナを見る。疲れていたせいか目を閉じ寝息を立てており、目覚める様子はない。
「俺もリミナを守る必要がある……騒動解決までは、首都待機だな」
「でしょうね。その間、よろしく」
「ああ」
フィクハの言葉に頷いて見せる。そこで、今度はセシルが口を開いた。
「狙われる理由とかはわかっているの? 英雄シュウがこんな騒動を起こすとは思えないけど」
「情報を手にした相手の独断行動じゃないかという見立てをしているよ。で、狙いとしてはこれじゃないかと推測した……間違っている可能性が高いけど」
言いながら俺は腰に差してあるリデスの剣を鞘ごと抜いて彼に見せる。すると、
「……え?」
セシルが息を呑んだ。一目見てどんな剣なのかわかったようだ。
「え? え? 何でその剣が?」
「ルールクさんの店に訪れたら、これを売ってくれた」
俺の言葉にセシルが呆然となり――少しして、おずおずと手を差し出した。
「ちょ、ちょっと触らせてもらっていい?」
「どうぞ」
大して感情もなく渡すと、セシルはおっかなびっくり柄を握って少しだけ抜いた。
「英雄リデスは傭兵や闘士から見たら神様みたいなものだからね」
彼の様子を見てフィクハが解説を加える。なるほど、この調子だと印籠代わりになりそうだな。
「セシル、この剣腰に差して闘技大会出たらどうなる?」
「話題沸騰じゃないかな」
「行かない理由が一つできたな……」
呟くと、セシルは剣を俺に返す。
「ありがとう。確かにそれが原因という可能性はある。それに独断というのなら、無茶な行動の一つもするだろうし、悪魔の襲撃も納得できる」
彼は告げた後、再度フィクハへ向き直った。
「この騒動を解決しなければいけないのは同意します」
「そうね。じゃあまとめるけど、襲撃事件を解決するまではこのメンバーで協力するということで」
「すごい面子となりましたね」
続いて入口方向からオルバンの声。俺達が一斉に注目すると、彼は苦笑した。
「リデスの剣を持つ有名な勇者に、闘技大会の覇者。さらに英雄シュウの弟子とは……これ以上にない精鋭です」
「そういうオルバンさんだって、騎士の中で結構有名じゃない」
フィクハに指摘され、彼は照れ笑いを浮かべた。
――確かに、思えば無茶苦茶な組み合わせだ。肩書きだけで言えば、魔王に立ち向かうとか、そういうレベルだ。
「こんな組み合わせは二度とないだろうね」
セシルが呟く。俺は内心同意しつつ、三人へ協力を願う意味で頭を下げようとした。
その時、ノックの音が部屋に舞い込む。俺が動きを止めた直後、オルバンが応じドアを開けると、ルーティが現れた。
「すいません、一つご報告が」
前置きをして、彼女は語り始めた。
「皆様が使われていた馬車ですが、襲撃のため車輪の一つが大きく歪み、使い物にならなくなっています。町の業者に当たってみましたが、同型の物はないとのことです」
「となると、ここで立ち往生ですか?」
俺が尋ねる。リミナのことがあるので馬だけで移動するのは辛いし、待機しか――
「私達が乗ってきた馬車をお使いください。こちらはどうにか対処できますから」
「すいません、わざわざ」
「いえ、元々は私どもの内部で生じた問題ですから」
ルーティはこちらに首を振りつつ、さらに続ける。
「警戒なさるのは当然でしょう。なので、どのように移動されるかはそちらのご都合で構いません」
「なら、私から一つ」
告げた彼女に対し、声を上げたのはフィクハ。
「馬車の周囲における護衛をお願いします」
「わかりました」
ルーティは了承し一礼。退出した。
「さて……敵はどう出るかな」
ルーティが去った扉を見やり、フィクハは呟いた。
「でもまあ、大丈夫かな。セシルさんも加わったことだし、フィベウスの騎士全員とやりあうくらいはできるでしょ」
「……言い過ぎだと思うけど」
俺が反応すると、フィクハは笑う。合わせてセシルも笑みを浮かべた。
そうした中、俺は一度部屋を見回す。一連の事件が解決を見るまで、この部屋にいる人々と共に行動することになる。
何とも心強いと思いながら、俺は改めて三人へ頭を下げた――




