街中の衝突
俺はまず、道の中央にいる悪魔を倒すべく剣を強く握りしめた。同時に他に悪魔がいないか確認。視界の端にもう一体いるのを目に留めた。
そちらに注意を払いつつ、俺は悪魔へ斬り込もうと間合いを詰め――
「ふっ!」
突如、横からセシルが出て悪魔へ一閃した。攻撃しようと思っていた俺は気勢が削がれ、足にブレーキを掛ける。
セシルの剣戟は悪魔へしかと刻みこまれ、後退させた。倒すには至らなかったが動きを大きく鈍らせ、追撃を加える隙が生じる。
彼はそれを見逃さずきっちり剣を叩き込み、倒した。光となって消えていく様を見て、次に俺へ首を向けた。
「馬車の確認を!」
「わかった!」
返事をしながら横倒しになっている馬車に近寄る。馬は動けないせいかその場に座り込み、車輪が道路を離れむなしく動きを止めている。
俺は御者台から天幕の中を確認する。そこには天幕を踏みしだきながら剣を構えるフィクハがいた。
「あ、レン君」
「どうも」
続いてオルバンの声。そしてリミナは胸に手を当て座り込んでいた。
「悪魔、倒したの?」
「え? ああ、まあ……」
問うフィクハの声が存外明るかったので、逆に戸惑いながら返答。
「そっちは大丈夫だったのか?」
「うん、悪魔によって馬車をひっくりかえされたけど、怪我も無く――」
説明を加えようとした時、悪魔の絶叫が耳に入った。セシルが倒しているらしい。
「ん? 他に誰かいるの……? あ、会いに行った騎士さんか」
「いや、シュウさんの援護をするべく別口で依頼された闘士」
「……闘士?」
やや不審げにフィクハは聞き返す。その反応は予想通り。
「ああ、セシルという――」
「は!?」
俺の言葉にフィクハは驚く。さすがに知っていたか。
「セシルさんが……来ているんですか?」
今度はリミナがこちらと目線を合わせながら問う。俺は小さく頷き、
「騎士のルーティさんが避難誘導を行い、セシルが率先して悪魔を倒してくれているようだけど」
「……そう、わかった」
フィクハは答え、僅かに思案した後、
「こっちはしばらくこのまま様子を見るよ。レン君はどうする?」
「なら、悪魔を倒すことに専念する。リミナを頼む」
「了解」
声を聞いた瞬間、移動を開始。周囲に悪魔がいないかを確認し――
セシルが中央付近でさらに悪魔を撃破していた。
「セシル」
俺は声を掛けつつ彼に近寄る。すると、
「耐久力の高い、物理攻撃一辺倒の悪魔だね。それほど強くない」
さっぱりした言い方で彼は呟いた。
「で、仲間は無事だった?」
「ああ。ひとまず潜んでいる悪魔を倒さないと――」
告げた瞬間、新たな気配。視線を巡らせると大通りを挟む建物の屋上に一体いた。
「数は、結構多いかもしれないね」
セシルがそう評し剣を構えた――直後、周囲の建物からさらに悪魔が出現する。
「……おい」
思わず呻いた。数は全部で六体。姿は牛頭から翼まで同一であり、例外なく俺達を見下ろしている。
「レン、一斉に来そうな気配だから、飛び込んできた瞬間に回避して、一網打尽にしよう。そっちの技ならできるよね」
「……やりたいのは山々だけど、街中だし派手な攻撃はできない」
「む、そうか。なら――」
セシルがさらに案を出そうとした時、全ての悪魔が同時に跳んだ。やや距離があった悪魔は翼で滑空すらしながら、俺たち目掛け飛び込んでくる。
「回避!」
セシルは叫ぶと共に足を右に移す。俺は反対の左に跳び、立っていた場所に悪魔が飛来した。
着地した悪魔は僅かに体を硬直させる。その間に俺はすぐさま体勢を立て直し、反撃に移った。
「ふっ!」
魔力を込め、一番近くにいた悪魔を斬る。刃が入ったのは肩口で一瞬の抵抗はあったのだが……縦に体を両断し、光となる。セシルは耐久力があると言っていたが、リデスの剣の前には無意味のようだ。
「はあっ!」
続いて反対側からセシルの声。悪魔に阻まれて見えないのだが、光が空中を舞ったため一体倒したのがわかった。
残るは四体。その内の二体が俺を向き、威嚇のためか雄叫びを発した。
全身が振動するような重い音。街の人々なら足がすくんで動けなくなると思われる声だが、俺には通用しない。
先手必勝とばかりに剣に魔力を込め接近。右側の悪魔を狙って一閃する。悪魔達は俺の動きに反応したのだが、こちらの剣戟が早かった。
悪魔に刃が食い込み、振り抜いた瞬間断末魔の悲鳴が上がる。それで片方は消滅したが、もう一方の悪魔が間合いを詰め、鋭い爪を振りかざそうとする。
対する俺はバックステップで距離を取りつつ、剣を構え直す。
そして反撃――しようとした矢先、右方向から光の塊が到来し、悪魔の横腹に突き刺さった。それにより悪魔はのけぞり、大きな隙が生まれる。
俺は一足飛びで距離を詰め、悪魔へすくい上げるような斬撃を放った。
結果、剣は悪魔に直撃し見事消滅。さらに真正面にいた残りの二体はセシルが倒し、街は静かになった。
「大丈夫ですか!?」
そこへ、右からルーティの声。見ると、兵士数人を伴い近づく姿。
「怪我は?」
「ありません……先ほどの援護は、ルーティさんが?」
「そうです。危ないと思い加勢したのですが……必要、なかったようですね」
「いえ、助かりました」
答えつつ、今度はセシルに目を移す。彼は悪魔が現れた建物の屋上を見回した後、こちらへ向き直り、
「信用してもらえる?」
そんなに疑われるのが嫌なのだろうか、この人。
「……狂言という可能性も」
なんとなく意地悪な返答をしてみた。するとセシルはがっくりと肩を落とす。
「勘弁してよ……」
「何でそんな固執するんだ?」
「……色々、あってね」
なんだか暗い目をしながら答える彼。うーん、どうやら彼にとって「信用されない」という事実は非常に辛いらしい。
けど、俺としてはリミナのこともあるし……そこへ、
「終わったみたいね」
背後からフィクハの声。振り返るとリミナを支えながら歩く彼女と、後方にはオルバン。
「馬車を走らせていたら突然襲撃されて」
「……全員、無事でよかった」
俺は安堵の声を漏らしながら、手でセシルを示す。
「で、彼がさっき言った――」
「闘技場で見たことがあるから大丈夫。初めまして、フィクハといいます」
笑みすら伴いつつ彼女は言う。セシルは小さく頭を下げた後、
「後ろの方は?」
「初めまして、オルバンと申します」
――自己紹介の瞬間、セシルの瞳が大きく見開かれ、なおかつ光が宿る。
「おい、セシル」
俺はすかさず横槍を入れる。名前を知っていてナナジアの騎士だと理解した様子。で、眼光の理由が丸わかりだった。
「あ、すいません」
セシルはすかさず謝る。けれどオルバンは一瞬のやり取りで把握したのか、苦笑した。
「……どうしますか?」
で、俺に訊いてくる。するとセシルがかぶりを振り、
「いえ、大丈夫ですって」
「信用できないから俺に問い掛けているんじゃないか……」
呟きつつ、このままでは埒が明かないと判断。俺は質問の矛先をフィクハへ向ける。
「セシルはフィクハさんの仕事に関する人だから、判断はそちらでしてもらうとうれしいけど」
「わかったよ。とりあえず信用しましょ」
あっさりとした答え。俺はいいのか問おうとしたのだが、
「優勝した人と準優勝した人が一緒になるなんて、ベルファトラス側だってさせないだろうし、敵だってそんな無茶はしないでしょ」
先に彼女が言った。賭けに勝った。セシルもほっとした様子。
「で、騎士の方」
次に、フィクハはルーティに問う。
「宿に案内してもらえますか?」
「よろしいのですか?」
ルーティは聞き返す。フィクハは頷き、
「遠目ながら人を指揮している様子を見て、信用におけると思いまして」
「わかりました。ご案内します」
ルーティは即座に了承し、先導を始める――そしてセシルを含めた俺達は、無言で追随し始めた。