闘士と騒動
「で……何だ? その格好」
現れたセシルに対し、ここに来た経緯など質問はあったはずなのだが、以前と姿が違いすぎたため、そちらを先に尋ねてしまった。
「仕事を請ける場合は、この格好なんだよ。僕も煩わしいと思っているんだけどね」
セシルは想定していたのか、やれやれといった様子で明瞭に答えた。
「ベルファトラスにいる王様から直々の依頼でね」
「王様から直接……?」
「今回の案件、英雄シュウが追っているだろ? ベルファトラスの王は彼と親しい間柄で、僕に援護して来いと言ったわけ」
肩をすくめセシルは答えた。どうやらベルファトラスの王は闘士を自由に動かせるらしい。
「で、そっちは? ここにいる以上無関係というわけじゃなさそうだけど」
――質問に、ひとまずアークシェイド征伐によりリミナが毒をもらったことを話す。無論、シュウに関することは控えておく。
続いて以前行われた争奪戦に関わる、英雄アレスにまつわることを伝え、
「……で、そちらの要件が片付いたら、シュウさんの援護に回ろうかと思うけど」
そこまで言うと、セシルは「ふむ」と呟き腕を組んだ。
「リミナさんが、毒か……治る保証はあるの?」
「わからない。シュウさんの弟子に診てもらったけど難しいと言われ、藁をもすがる思いでフィベウスに――」
「弟子? あ、もしかして勇者フィクハ?」
あ、目を輝かせ始めた。
「そうだけど」
「そうかそうか……勇者フィクハか」
呟きながら少しばかり好奇な目を見せる。これはもしかして――
「戦う気か?」
「まさか、そんなことはしないよ」
顔だけみると嘘としか言えないのだが……その辺を深く追及すると面倒なことになりそうなので、何も語らないことにする。
「ま、いいよ。話を戻すと、俺とフィクハさんは違う目的でフィベウスに来た。でもアークシェイド征伐に関わった縁があって、フィクハさんは俺に協力を求めているし、俺達も助けが必要だったから、一緒に行動している」
「なるほど……で、一つ訊くけど」
セシルは納得するように声を上げ、一つ質問をする。
「アークシェイド征伐で、あの洞窟にいた彼と戦った結果、リミナさんが倒れたと?」
――少しの会話だったが、それなりに推測できたようだ。
まあアークシェイドという事実に加え、俺が協力するということでラキ達と関わりがあると結論付けるのは至極当然と言える。
「……ああ、そうだよ」
直接的な原因はシュウによるものだが、あながち間違いでもないので同意はする。
そして、昨日の襲撃も伝えた。なおかつイザンという闘士がいたことを話すと……セシルは、
「はあ、なるほど。彼か」
腑に落ちたような顔をした。
「心当たりがあるのか?」
「うん、まあね。闘技大会の上位者というのは国から目を掛けられたりして、僕のように仕事を任される場合がある。だけど、イザンに至っては他の闘士のように仕事の話が回っている様子がなかった。身辺調査でもして、何かしら怪しいと国が判断したんだと仲間内で噂していたんだけど……見事、正解だったみたいだね」
セシルは語った後、ルーティへ視線を向けた。
「ルーティさん、事情が込み入っているようですから判断は難しいかもしれませんが……少なからずフィベウス王国の上層部で、彼らを狙う者がいる可能性が高い。ここはひとまず僕が彼らの詳細を聞くので、あなたは城に戻って報告を――」
「セシル」
そこで、俺は声を上げた。
「ぶっちゃけると、闘士が敵にいる時点でセシルのことも勘ぐっているんだが……」
あ、言われて凍りついた。
「まあ、そうなりますよね」
ルーティが追い打ちを掛けるが如く呟く。するとセシルは驚くほど俊敏に首を振り、
「いやいや、ちょっと待った。イザンについて説明はしたよね? 元々怪しかったんだよ」
「その話自体、本当なのかわからない」
「根本から疑われているの!?」
目を丸くし叫ぶセシル。俺は難しい顔をして首をかきつつ、
「リミナの件を含め、色々注意しないといけないから……それに、他の面々がセシルを信用できないと思うんだよ」
「その辺はほら、レンの説明で――」
「できないよ。というか俺としても……争奪戦関連で彼と戦う意志があるのはわかる。けど、全面的に信用できるかどうかと言えば」
「信じてくれよ。ほら、争奪戦の時だって色々配慮したじゃないか」
「……好戦的な瞳しか記憶に残ってないな」
はっきり言うと、セシルは押し黙った。
個人的には色々してくれてありがたいと思っている。けど、信用しますと一つ返事で答えるのは難しい。
セシルの言動を考えれば、本当のことを語っているとは思う。襲撃についても、無関係だろう。だが、シュウのことが引っ掛かる。
闘士と魔法使いということで縁がないようにも思えるが、英雄であるのは間違いないだろうし、彼と付き合いのあった王からの依頼だ。真実を知った時、どう動くか――
「……どうすれば信用してもらえる?」
ふいに、セシルが発言した。それを聞いて、俺は首を傾げる。
「信用、とは?」
「そこまで言われるのは正直癪だ。こちらとしても、疑われた状態で仕事をやるのも嫌だ」
「……同行者に掛けあってみるけど、信用するかどうかはわからないよ? 闘士ということで警戒する可能性の方が高いし」
「なら、何をすればいい?」
「何を……ねえ」
腕を組み、思案してみる。
フィクハやオルバンがどう思うかについては想像しかできないが、良い方向には考えにくい。闘士の準優勝者が敵として現れている上、さらに優勝者まで現れるとなると何があるのかと思うだろう。
いや、待てよ……「さすがにビックネームが続くなんて敵だってやらないだろう」と思えば、逆に信用するかもしれない。その辺りは、賭けだな。
「……とりあえず、セシルが来たことについては話すよ。ここで待っていてもらえないか?」
「いいよ。ルーティさんはどうします?」
「私も待ちます。そちらの結論を聞いて、対応を考えます」
「わかりました……では、少し待っていてください」
俺はルーティに告げながら歩き始めた。ひとまず馬車を見つけないと――思ったその時、
喚声が、耳に入った。
街のざわめきの類ではない。限りなく悲鳴に近い、甲高い音。
「今のは……?」
呟いた次の瞬間、新たな変化が起こる。
俺達の馬車が入ってきた道から、ざわめきと共に人がどんどん押し寄せてくる。皆一様に後方を見ており、中には悲鳴を上げる者もいた。
「……まさか」
嫌な予感がした時、近くを通りがかった人から「悪魔」というフレーズが聞こえた。
刹那、頭の中で悪魔が馬車を襲っている光景を想像した。悪魔を使って、白昼襲撃したというのかだろうか。
即座に俺は逃げる人達に逆らうよう走り始めた。しかし、人ごみに阻まれて思うように進むことができない。
「これが敵のやり方というわけか」
そこで背後からセシルの声がした。一瞬だけ振り返ると、俺のいる所まで駆けてくる姿。加えて、ルーティがその後ろにいた。
「助力します。というより、騎士である以上見過ごすことはできない――」
彼女は告げると、さっと右手を掲げた。
「落ち着いて! 私の誘導に従ってください!」
喚声の中ルーティは叫び――混乱の中、大通りにいた人達の動きが僅かに鈍る。視線が彼女に向かい、騎士姿を見て多くの人が安堵した様子で、彼女に従い動き始める。
さらに、大通りの様子を見て急行した兵士がルーティの指示に加勢するように動き始めた。そこでようやく大通りに統制が生まれ、人々の流れが濁流から清流に変わり始める。
それにより道が開け、馬車が横倒しになっている光景が目に入った。
俺はすぐさま走り出す。その場所を注視していると人が周りにいない上、道の中央に羽根を生やした悪魔が一体いた。昨日とは異なり、顔はある。けれど横から見てはっきりとわかる――牛の頭だった。
敵を確認するとさらに足に力を入れ、駆ける。接近した時――悪魔の首が俺を向き、咆哮が上がった。