手紙と逢着
結界に関する説明もさすがに全部はできず、ある程度で見切りをつけ、俺達は今日宿泊する街の門に到着した。昨日とは打って変わり城壁があるため、街に入る前に検査を受ける。
「大丈夫かな……」
不安を伴い俺は呟く。検査後次の街で敵が来た前例があるので、今回も――と危惧を抱かざるを得ない。
「兵士全てに通じているとは思えませんし、大丈夫でしょう」
オルバンが言う。確かに兵士が全て敵ではないと思うのだが――
「おーい」
そこで前側の天幕が開き、フィクハが姿を現す。
「はい、レン君」
「え……?」
次に俺へ何かを差し出す。白い封筒に入った手紙だった。
「これは?」
「門番の人から。通行許可証持っている人に渡してくれと言われてたんだってさ」
フィクハの言葉を聞きながら、俺は受け取り宛名がないか探す。すぐに手紙の裏面に名前が書かれているのを発見。
「……ルーティ? あ、屋敷を訪れた女性騎士か」
「この街に来ると予想して、兵士に渡していたんだろうね」
「みたいだな……けど、俺達がここに来る保証はどこにも――」
「私と共に馬車移動というのは、ナナジア王国に報告したから国を通して知っていると思う。馬車の行程なら、予測を立てるのは難しくないよ」
フィクハは言うと、天幕を閉じた。
「手紙読んで何かあったら報告して。私は馬車を動かしつつ適当な宿を探すから」
続いてそう聞こえた。俺は「わかった」と応じつつ、手紙を読む。
「何て書いてあるんですか?」
オルバンがこちらの様子を見ながら尋ねる。俺はとりあえず文面に目を通し、
「……どうやらこの街に彼女がいるらしく、宿を指定してきている」
そう彼に答えた。
内容はこの街で迎えを用意しており、ここからはルーティ達騎士が先導する、ということだった。
「……どう思いますか?」
俺はオルバンへ顔を向ける。
「普通に考えれば、城へ招待していると捉えるところなんでしょうけど」
「……レン殿から聞いた話だと、結構重要な依頼のようですし歓待の意があるのだと思います。しかし、嫌な前例があるため勘ぐっているのが、私達の現状」
「ですね」
宿を指定というのも少しばかり引っ掛かる。いや、好意的に見れば俺達のために予め用意したというのが答えだろう。
とはいえ不安は拭えない……さすがに気を回し過ぎだろうか。
「その人は信用できますか?」
オルバンから質問。それに対し、首をひねりつつ答えた。
「うーん、顔見知りとはいえ、仕事を請ける請けないのやり取りしかしていないので」
「判断できないということですね……となると、難しい」
「……どうしましょう?」
問い掛けにオルバンは眉根を寄せた。すぐに答えは出なさそうだ。
ただこれは当然と言える。ルーティと話しているのは俺だけなので、彼女自体を信用におけるかはこちらが判断するしかない。困ったな。
「フィクハさんにも一応訊いてみるか」
呟き、俺は天幕を開けフィクハを視界に捉えた。
「フィクハさん。手紙の内容なんですけど――」
馬車が交差しても余りある道幅を持った通りを目にしながら彼女に説明。すると、
「そうね……彼女が何か知っているかもしれないし、事情を話してみるのもありじゃない?」
「加担している可能性があるけど……」
「それは、ほら。レン君の洞察力で判断してよ」
「無理だって」
「そう? まあ、彼女が何かしら情報を持っている可能性はあるし、接触するのはアリだと思う。何せ、こちらは敵の全体像すら見えていないわけだし」
「それもそうか。わかった、会ってみるよ」
「なら、指定された宿まで近づくよ」
「いや、待ち伏せされていたら危ないだろ? ここで降りて一人で行くよ」
「ん、わかった。じゃあ私は適当に馬車を動かしているよ。大通りにはいるから話が終わったら見つけて」
「了解」
答えると、フィクハは速度を緩めた。歩く速度よりも遅くなったことにより、俺は馬車から飛び降りた。
「それじゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
フィクハの言葉に俺は手を小さく振ることで応じ――宿へ向け歩き出した。
手紙に書いてあった宿はご丁寧に目印まで記載されていたので、探すのは難しくなかった。位置としては馬車を下りて徒歩五分くらいの、街中央付近の一角だった。
看板を見て手紙の名前と一致しているのを確認した時、入口にルーティがいるのを目に留める。格好は深い緑色の胸当てに具足。さらに風に揺れる金髪と、以前と何も変わらない。
歩み寄って行くと、彼女はこちらに気付いた――のだが、突然きょろきょろし始めた。きっと馬車移動なのを知っていて、探しているのだろう。
「ああ、どうも」
宿の前まで来て、まずは挨拶をする。ルーティはそれに短く答えた後、
「馬車ではなかったのですか?」
質問した。俺は「そうです」と答えた後、本題を切り出すことにした。
「ですが、事情があって俺一人で来ました」
「事情?」
聞き返すルーティ。表情は最初クエスチョンマークを頭に浮かべる程度だったのだが、こちらの硬質な表情に気付いたらしく、段々と深刻なものへと変わっていく。
「何か、あったんですか?」
――そこから、昨日襲撃されたことを伝える。加えて闘技大会の準優勝者までいたことを話し……結果、ルーティは口元に手を当て僅かに顔を青くした。
態度から演技をしているとは思えない。でもひとまず、反応を待つ。
「襲撃……ですか」
彼女は沈黙を置いた後、話した事実を飲み込むためか俺の説明を一言で表す。
「そして、きっかけは兵士……なるほど、警戒するのも理解できます」
「はい。こちらとしてはあなた方を信用したい。けど、仲間のこともあるので」
「だからお一人で……事情は把握しました」
彼女は告げた後、俯いた。思案しているようだが、どうする気なのか。
「そうすると、お連れした方についても、ご紹介は控えた方がよろしいでしょうね」
「お連れした……?」
「アークシェイドの一派を追っているフィクハ様に、別所で依頼を請けた方を引き合わせたかったのです。今は宿の外にいて、街を散歩しているのですが」
――どうやたフィクハ以外に、味方ができたようだ。
「先行して私どもの所にやってきたので、ならば一度顔を合わせておこうということで、同行して頂いたのですが」
「そう、ですか……」
フィクハにとってもありがたいかどうか微妙だ――調査に当たるとなれば、シュウのことを話す必要があるだろうし。
まあ、その辺のことを含め相談すればいいか……思いつつ、ルーティへ一つ提言する。
「一度フィクハさんに相談します。事情を全部話して宿なんかに泊まるか再度協議を――」
「あれ?」
その時、背後から声がした。ルーティはそこで気付いたのか「彼です」と声を上げた。
どうやら引き合わせたい人物らしい。俺はどんな人なのかと思いながら振り返り、
目が合って、硬直した。
「……は?」
ずいぶんと、間の抜けた声を上げてしまう。
まず目に入ったのは、純白のサーコート。そして白と青を基調とした、金属性のものが皆無に近い衣装。ただ厚手であるのは一目瞭然で、気温も上がりつつあるというのになんて暑苦しい服装――と思ったのは一瞬。続いて相手の顔に注目した。
「何……しているんだ?」
彼を見ながら、俺は問う。対する相手は頬をポリポリとかき、
「フィベウスに行くというからどこかで出会うかもしれないと思っていたけど、まさかこんな簡単に会うとはね……」
質問には答えず呟いた。俺は無言に徹し、相手を上から下まで確認する。
所作を見て、彼――双剣を腰に差したセシルは笑った。以前見せていた好戦的な気配はない。純粋で、無邪気な笑顔だった。