勇者となった理由
その日の夜は、何事もなく過ごすことができた。結界を張った上、オルバンが見張りをしていたのだから敵も手出しできなかった、という風に解釈できるかもしれないが――
そして翌日、俺達は予定通り馬車で移動を開始する。
「首都に着いたら色々と大変じゃないかと思っていたけど……まさか、行く途中で騒動に巻き込まれるとは思わなかった」
御者台で手綱を操作するフィクハは、天幕を開けて外を覗く俺に聞こえるように言った。
時刻は昼前。馬車の中ではリミナが横になり、オルバンが剣を肩に置き、座りながら首を俯かせて眠っている。加えて今のところは異常なしで、
「さすがに、白昼の街道で襲うようなことはないみたいね」
彼女はそうコメントした。
予定では移動しながら昼食をとり、夕方前に次の街へ到着する。ここまでは想定通りに来ているので、何も起こらないまま街へ到着して欲しいのだが――
「ねえ、レン君」
思考していると、フィクハが話を振ってくる。
「リデスの剣について詳細を聞いていなかったけど、交渉したの?」
「いや、特に……これがいいだろうと渡されただけだよ。値段も安かった」
「ふうん。ルールクさんが見込んだ人、ということかな」
「彼を知っているのか?」
「多少は」
問い掛けに、フィクハは笑みを浮かべながら頷く。
「もし今使っている剣が壊れたら、その人に作ってもらおうかと」
「……今使っている剣は何か由来が?」
「国から支給された物だよ」
国――認可勇者となれば多少なりとも補助される、ということだろうか。
「あ、ちょっと羨ましいとか思ってる?」
俺の表情を見てためか、そんな風に尋ねてくる。
「装備にお金がいらないのはメリットあるけど、成果を出さないといけない身分だからね。自由気ままな旅なんて絶対にできないし、私はやめといた方がいいと言っておく」
「忠告どうも……そういえばフィクハさん、この際だからいくつか訊きたいことあるんだけど、いい?」
「どうぞ」
「まず、シュウさんの弟子なら普通魔法使いとかになるんじゃないのか?」
「んー、一番よくされる質問だね」
「あ、嫌だった?」
「そんなことないよ。ちなみに理由を語ると、逆なの」
彼女の返答に俺は首を傾げる。
「逆?」
「つまりシュウさんの弟子なのに勇者になったんじゃなくて、元々勇者志望で剣を振っていたところ、シュウさんに拾われたの」
フィクハは手綱を少し引き締めながら答えた。
「かいつまんで話すと、私は元々小さな街の孤児院で暮らしていて、勇者の物語とか読んで剣を振るようになった。で、ある時その街が悪魔に襲われて……孤児院の人がどうにか逃げ出した中、偶然外に出ていた私が帰って来て、殺されそうになった」
「それを救ってくれたのが、シュウさんだったと?」
「そういうこと。結構ベタでしょ?」
陽気に語るフィクハ……だったが、内容は割と重い。
「で、英雄と出会ったことで私は必死に弟子入りをお願いして……かくして、魔法を教わりながら剣を振る摩訶不思議な人物が誕生したのであった」
「何で物語調……」
俺の呟きに彼女は笑い、気を取り直し続きを話す。
「ま、そんな感じだよ。後はあの屋敷でミーシャと一緒に魔法を学び、数年前に勇者となるってシュウさんに宣言して、今に至る」
最後に締めくくり、一連の説明が終わると――彼女は「あっ」と呟いた。
「しまった、金貨十枚払ってもらえばよかった」
「……以前屋敷でそんなこと言っていたな」
「そういう質問されること多いし、説明するのも面倒だからお金払えとか秘密で押し通しているんだよね。ま、レン君ならいいか。今後長い付き合いになりそうだし」
「シュウさん関連で?」
「うん」
あっさりと頷くフィクハは、一度俺に顔を向けた後、尋ねた。
「こんな感じ。他に質問は?」
――俺としてはシュウさんが敵になった状況でどう思っているのか、とか訊きたかったのだが……心の中に踏み込んだ質問なので、別の話題に切り替えることにした。
「……イジェトと知り合いなのか?」
「あー、もしかして何か関わりがあった? だとしたら申し訳ない」
と、なぜかフィクハが謝った。
「そういう質問をするということは、ルールクさんのお店で出会ったとか?」
「大当たり」
「因縁つけられて決闘申し込まれたでしょ?」
「……普段からそんなことやっているのか?」
「決闘バカだから、あいつは」
辟易しながら応じるフィクハ。そういう意味合いで有名な人物らしい。
「腕はそれなりに立つからナナジア王国も目を掛けているわけだけど……勇者という職業の品位を下げるような感じだし、できれば勇者辞めてもらいたいのよね」
中々辛辣なコメント――こちらが苦笑してしまう。
「ま、彼が心を入れ替え改善することを祈ろう」
「誰かが言わないと直りそうにないけどねー」
間延びした声で言うフィクハ。さらに苦笑し――会話が途切れた。
この辺で話を終わりにするかな、と思い俺は礼を告げ引き下がろうとした。その時、
「あ、もう終わり?」
「え? ああ、まあ」
「予想していた質問が来なかったんだけど……もしかして、気を遣われてる?」
「え?」
思わず聞き返した。すると、
「勇者云々の話が出たから、シュウさんを追うことについてどう思っているのか、とか訊かれると思っていたんだけど」
――彼女の言葉に俺は固まった。水を向けられるとは思ってもみなかった。
同時に、シュウが消えた直後悲しそうな顔をしていたことを思い出す。少なからず尾を引いているのは間違いないと思うのだが。
「今後長い付き合いになりそうだし、別に話してもいいよ。こちらの見解をきちんと伝えておいた方が、敵に付け込まれる危険性も減るわけだし」
「……そうだな。じゃあ改めて訊くけど、どう思っている?」
「最初は、ショックだったよ。そして、本人の口からなぜこんなことをしたのか訊きたいがために、動いている部分もある」
言った時、手綱を握る手に力が入っているのがわかった。
「もし遭遇したら……どうするのか、少しだけ躊躇う気持ちも残っている。今の内に気持ちの整理をしておかないといけないわけだけど――」
「仕方ないさ、その辺は」
肩をすくめつつ言う。フィクハは俺を一瞥し、
「……ま、私にとって父親みたいな人だしね。時間が掛かるかも」
「そうか……けど、殺されるような羽目には、ならないでくれよ」
「わかってる」
答えながら、フィクハは手綱を操作する。
言い方はずいぶんと落ち着いているが、心の内はどうだかわからない。俺は彼女の過去をほんの少し知っただけだが……それでも命を助けられ魔法を教わった大恩人に対し、何も思わず剣を突きつけることができると思えないのは、わかる。
「でも、これは私が解決すべき問題」
さらにフィクハは続ける。どことなく、決意を秘めた声。
「決着をつけるまで、死ぬつもりはないから安心して」
「……全部終わったら何かしでかしそうな言い方だな」
「しないわよ」
と、茶化すような言い方をした後、笑った。その表情に一抹の不安を感じないわけでもなかったが……ひとまず「わかった」と答え、話は打ち切りとなった。