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だからこそ、彼女は従士となった

 魔力が肌に触れると悪寒が走り、体を強張らせた。リミナは言葉を失う他なかった。

 加えて、悪魔が目の前に降り立つ。彼女の三倍以上はある身長に準じた巨体は、完全なる漆黒だった。頭部には二本の角が生え、口から鋭い牙を(のぞ)かせた悪魔は、真紅の瞳でリミナをしかと射抜いている。


「っ……!」


 恐怖している――リミナは感じたと同時に我に返り、後方へ大きく下がった。接近戦は不利だという認識だ。

 背中に冷たい汗が流れる。先ほどまで涼しい顔をしていたリミナは一変し、頼みの綱であるかのように杖を両手で握り締め、悪魔へかざす。


「詠唱を……」


 行動に移すよう、声に出した。瞬間頭の中に魔法を行使するための言葉が流れ、すぐさま詠唱を始めた。

 そこへ悪魔が雄叫びを上げる。獣と人間の声が入り混じるような硬質な音は、リミナの心を震撼させるには十分だった。


 けれど詠唱は中断しない。この魔法が完成しなければ自分はきっと死ぬだろう――そう自認し唇を震わせながらも、決して言葉を途切れさせない。


 悪魔は様子を見ているのかリミナを凝視し、あまつさえ首を傾げている。様子を窺っているのか――リミナは直感すると共に、ほんの少しだけ心に余裕ができる。魔法が完成すれば、奴を倒せる――そういう根拠なき確信と、詠唱が終わらない焦燥感が生まれ始める。


 焦るな――心の中で警告しながら、魔力を体の内に収束させていく。


 その内先に行動したのは、静観していた悪魔だった。リミナの魔力に気付いたらしく、牙を剥き出し右腕をゆっくりと上げる。

 攻撃――リミナは判断すると跳躍によりさらに後退する。だが咆哮と共に襲い掛かって来た悪魔は、巨体故に一気に間合いを詰め、腕が振り下ろされる。

 リミナはもてる力で回避に移る。足を右へ行くよう蹴る。そして直前まで立っていた場所に腕が通過し、地面に衝突し土砂を巻き上げた。


「っ……!」


 リミナは呻く。避けきれなかった――左肩に悪魔の爪がかすり、激痛が走る。


 ほんの少し触れただけでこの威力。直撃していれば即死だっただろう――リミナは思いながらも詠唱を続け、とうとう完成した。

 それは間違いなく、この時点におけるリミナの最強魔法。


「不死鳥よ――我が力と化し敵を滅せ!」


 杖の先から、炎が溢れる。それは夕焼けの太陽を想起させる茜色の炎。それが杖の先端に集まったかと思うと――リミナの言葉通り不死鳥を象り、悪魔へ撃ち出された。


 視界が炎で埋め尽くされる。リミナはたまらず踵を返し距離を取る。肩の痛みにより動きが鈍りながらも、悪魔が突進し間合いを詰めた以上の距離を空けた。

 振り向いて悪魔の立つ場所を眺める。炎が巨大な柱のように空へと伸び、悪魔を覆い隠していた。魔力も炎に遮られて感じられない。


「倒した……?」


 リミナは呟き、そこで悪魔の声を聞いた。炎の中で吠えている。きっとこれは断末魔――そう思ったのは、一瞬だった。


 やがて炎が力を失くす。途端にまたも悪魔の魔力が空気に満ち始める。リミナは背筋を凍らせながら、再度詠唱を行おうとして――炎の中の悪魔を見た。

 悪魔は消えゆく炎の中で仁王立ちをしており、無傷だった。


「嘘……」


 見た目上、効いていない――それは肩の傷よりも遥かな痛みを感じさせる。


 悪魔が、叫ぶ。そしてゆっくりとした足取りで炎の中から歩み始める。


 リミナも合わせて後ずさる。しかし、悪魔と彼女の一歩では歩幅が違い過ぎた。たった一歩でも突撃できる間合いへ到達してしまう。

 早く、動かないと――リミナは足に力を込めた。しかし生じたのは肩の激痛。見ると、ローブが僅かに裂け、血が滲んでいた。


 そこへ、絶望の声。悪魔が好機と悟ったか、リミナの正面から一気に突き進んでくる。

 リミナはただ、立ち尽くすしかなかった。伏せることも、横手へ逃れるにも決定的に間に合わない。彼女は心のどこかで恐怖と失意を抱きながら――左から閃光が迸るのを、しかと目にした。


「……え?」


 瞬間、悪魔の右腕に直撃し、巨体がものすごい勢いで吹き飛ばされた。さらに聞こえたのは爆音。リミナは目と耳で目前の光景を眺め――やがて、雷光の魔法であるのを理解する。


「来てみれば、悪魔がいたか」


 男性の声。リミナがぎこちなく目をやると、そこには一人の剣士がいた。


 青い衣装に身を包み、剣を右手に下げる黒髪の剣士――地味な印象しか与えない彼は、悪魔を眼光鋭く見据えている。


「さて、どうするかな」


 呟きながら彼はゆっくりと悪魔に歩み寄り――立ったままのリミナに気付いたか、視線をやった。


「……無事か?」


 言うと、彼は僅かに目を細める。


「怪我、しているな。これは手早く終わらせた方がよさそうだ」


 彼は悪魔へ目を移す。リミナも釣られてそちらを見る。


 悪魔は飛ばされた衝撃で倒れていた。しかし素早く起き上がると、新たに出現した彼を(にら)みつける。

 そして右手を構え、正面から頭目掛けて放つ。対する彼は、体を右に傾けた。


 最小限の動きで――リミナが認識すると同時に、彼は一撃を見事にかわし、右手に握る剣を()いだ。その一連の動作はリミナが唾を飲み込み瞬きをする程度の時間――次の瞬間、悪魔の右腕は肘から先が両断された。


 彼はここぞとばかりに追撃する。悪魔が声を上げている間に剣を地面からすくい上げるように振った。すると今度は雷ではなく氷が地面や剣先から生まれ、一気に悪魔の体にまとわりつく。

 攻撃はなおも続く。拘束された悪魔へ、剣を掲げた。剣先へと光が集まり、刀身を倍にするような光の柱が生まれ――縦に振り下ろした。


 悪魔は避ける暇すらなく一撃を受け、雷光が周囲を包み白い景色がリミナの視界を奪う。彼女は反射的に目を瞑り光が収まるのを待ち――やがて目を開けた時、同じ場所に悪魔はいなかった。


「倒したよ」


 彼が短く告げる。確かに悪魔の魔力も消えている。頭が理解すると、リミナはその場にへたり込んだ。


「おい、大丈夫か?」


 心配そうに彼が問う。リミナは一度ゆっくりと頷いた。


「ほら、立てるか? 怪我をしているだろ? 念のため医者に診てもらわないと」


 彼が言う。リミナは再度頷き、杖を支えにしてどうにか立ち上がる。


 ――これが勇者レンとの出会い。彼女にとっては、複雑な心境を抱く出来事だった――






「……それで、従士になったと?」


 話を聞いて俺は、正面にいるリミナに尋ねる。すると彼女は小さく首を振った。


「その時は、まだ従士になる気はありませんでした。その場で考えていたのは、安堵感と、悔しさでしたから」

「悔しさ?」

「自分に倒せなかった悪魔を目の前の勇者様は倒してしまった……私は悪魔を倒せたはず、というプライドが残っていて、感謝の言葉も出ませんでした」

「なるほど……で、そこからまた命を救われたと?」

「はい。先ほど怪我を負ったと説明しましたよね? あの攻撃には毒があり、数日後私は倒れてしまったのです」


 リミナは傷があったと思われる左肩をさすりながら、続ける。


「悪魔の毒は強力で、通常の解毒剤では効果がありませんでした。医者から余命一週間と宣告され、死を待つだけの私を助けたのも、勇者様でした」

「魔法で治したってこと?」

「いえ」


 俺の問いにリミナは首を横に振る。


「材料や薬を調合できる設備を、私財を投げ打って作っていただき、救われました」

「私財を……?」

「はい。後から、屋敷が建つほどの値段だったと聞きました」


 俺は正直、びっくりした。なぜそうまでして、リミナを助けたのか。


「だから私は恩を返そうと旅立つ勇者様の後を追いました。勇者様は俺の気まぐれだから気にするなと言っていましたが……」

「……ふむ」


 俺は口元に手を当てつつ思案する。きっとだが、勇者レンは過去に彼女のような人を救えなかったのかもしれない。だからこそ、彼女を助けたのかもしれない。

 けれど、あくまで推測でしかない。俺は思考を中断し彼女を見る。


「私の話は以上です」


 そう言うと、リミナは照れ笑いを浮かべた。


「なんだか奇妙ですね。助けられた勇者様にこの話をするのは」

「……そうだな」


 俺も頷く。自分の過去話を人から聞かされているわけだから、当然だ。


「ありがとう、リミナ。話してくれて」


 最後に俺は礼を告げた。対するリミナは穏やかに微笑む。


「何かあれば、言ってくださいね」

「ああ」


 答えながら考える。俺にとっては自覚の無い話だったが、少なくとも彼女は俺に忠誠めいた感情を抱いているのはわかった。ならばそれに報いる必要がある――そういう風に思った。

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