誘われた先
一瞬気のせいかと思ったのだが……目を凝らしつつ周囲を見回すと、
「……あいつか」
宿のある場所とは反対側の一角。路地手前に男性が一人いた。風体はそこらの町民と何ら変わらないのだが、腰の革ベルトに剣をつり下げているのがどうにも引っ掛かった。
彼は俺が気付くとさっと路地の奥へ姿を消した。先ほどの視線といい、明らかに誘っているとしか思えない。
「なぜ、俺?」
ここには来たばかりだ。当然ながら、人に恨まれるようなことはしていない。
考えられるとすれば……シュウやラキの件。
「けど、俺達がここにいるなんて、わかるはずもないし――」
考えた時、一つ推測する。関所の兵士。
まさか、彼らがシュウ達と関わりがあるということなのか。
「そうなると……厄介だな」
俺は念の為左右を見回す。先ほど路地裏の奥に消えた人物以外に怪しい人はいない。となると、路地の先で待ち伏せしているということか。
白昼堂々襲えば混乱を招くため、あえて誘い出したのかもしれない……問題は、乗るか、無視するか。
「……どうする?」
このまま放置するのは良くないだろう。しかし、待ち伏せしている面々が主犯者じゃないはずで、彼らをとっちめて全て丸く収まるとは思えないし、余計な恨みを買う可能性もある。
一度フィクハ達の判断を仰ぐか……俺は一度宿に戻ろうとして目を移すと、入口からフィクハが出てきたのを目に留めた。
「リミナを一人にしておくのはまずいな」
俺は呟きつつ慌ててそちらに駆け寄る。フィクハは俺に気付き小さく手を振ったのだが、
「……どうしたの?」
深刻な顔をしている俺に、眉をひそめ問い掛けた。
そこで、簡潔な説明をする。加えて推測した兵士の件を話すと、彼女は口元に手を当てた。
「なるほど、怪しい人物……許可証を持っているにも、関わらず馬車の中を調べたりした兵士についても、これで理解できるね。連絡が来て、確かめていたんだろうね」
「どうする?」
「うーん……正直、こちらがどんな風に手を打っても敵は来るよ。ひとまず、私は警戒するということでリミナさんの部屋に戻るよ。大丈夫だと思うけど」
「宿を狙う可能性は……」
「さすがに昼間はないんじゃないかな」
言いつつ、彼女は肩をすくめなおも続けた。
「夜については、対策を打っておくよ。レン君はひとまず、相手の確認をしておいてくれない?」
「戦えってことか?」
「レン君なら余裕でしょ?」
その辺はどうか知らない。ラキくらいの技量を有した人物がいるとは思えないが、勝てない相手がいる可能性も――
「それに、まだ私達を狙っていると決まったわけでもないし」
「でも、シュウさん関係しか思い当たる節が無いけど……」
「元々のレン君が、恨みを買っていたとか」
そこをつつかれると返答できない……確かめるしかないか。
「わかった。とりあえず今回は行ってみることにする」
「オッケー。念の為オルバンさんにも連絡しておくよ。危ない目に遭ったら、対応策を考えましょ」
「わかった」
というわけで、行動開始。視線を送っていた人物がいた路地裏へ、一人足を踏み入れることとなった。
真っ直ぐ進んだ後、十字路に行き着く。路地は大通りの喧騒と打って変わり、ひどく静かだった。
十字路で視線を巡らせると、右方向に先ほどの男性が立っていた。こちらに気付くとすぐさま角を曲がり姿を消す。
「追って来いというわけか」
俺はため息をつきつつ、ここまで来た以上行くしかないと割り切り、歩き出した。すぐに男性が進んだ角を曲がり、狭い道をどんどん進んでいくと――
空き地らしき一角に出た。
「……結果は、こういう感じか」
俺はその場にいた――五人の男性を見回しながら、呟く。全員鎧などは身に着けておらず布製の服。誰もが黒髪かつ細身で、取り立てて特徴があるわけでもない人物達。
それだけで敵意を判断することはできなかったが――さすがに五人全員が剣を抜いている所を見ると、良い話でないのはわかった。
「勇者レンだな」
名を呼ばれる。ここで首を左右に振ったらどうするのか、などと馬鹿なことを考えつつ、首を縦に振った。
結果、俺を誘い込んだ男性が僅かに目を細める。
「訳あって……死んでもらう」
死ねと来た――直後、五人全員が俺へと駆け出した。こちらは即座に剣を抜き、迎撃の体勢をとる。
相手は五人。その気になれば一気に倒せるとはいえ、殺すのはいくらなんでもまずい。血を見ることになればいきなり罪を着せられて……とかいう可能性も否定できない。
だからまず、刀身に魔力を加え切れ味を極限まで抑える。シュウの屋敷で剣を振り続けた結果、前と同じようにどうにか制御することはできるようになっていた。その成果が、今試される時が来たわけだ。
五人の内、正面にいる人物がまず先攻してくる。俺は後退しつつ斬撃を弾いた。
相手は数の優位を利用して押し潰すつもりのようだ。俺は裏路地まで下がることで、同時に仕掛けるという利点を排除するべきだと判断し――
次の瞬間、背後から殺気を感じ取った。げ、挟撃のパターンか。
さすがに目の前に敵がいるため振り返るという真似はしなかったが、明確に感じ取れたそれに、後退するのをあきらめ前方の敵と対峙することを決めた。
真ん中の男性に続き、その左右にいた二人が俺へ剣戟を向ける。さらに外側の二人がやや遅れて俺に剣を振り下ろそうとしており、囲まれた状態となりつつあった。
さらに後方からは殺気――俺は覚悟を決め、前に出た。同時に込めていた魔力を強めながら、一閃した。
繰り出したのは横薙ぎ。狙いは剣で、まず俺から見て右から二番目の男性の剣に触れた。
この行動にはある種の確信があった。相手の剣からは魔力を感じられない。つまり――
切っ先が相手の剣に触れた――直後、刃が食い込み、一気に両断した。
男性が瞠目する中、俺は剣を振り抜き、今度は左から二番目の男性へ。今度は剣の根元に触れ、それもまた切断する。
両者が驚き立ち止まる中、俺はさらに攻撃する。剣を断った左の男性へ体当たりを仕掛ける。男性は咄嗟に対応できず真正面からそれを受け、呻き声がしかと聞こえた。
俺は相手を突き飛ばしつつ、開けたスペースから包囲を脱し立ち位置を反転させる。そこへ、真ん中にいた男性が追撃を仕掛け、こちらは剣を構え防ぎにかかった。
俺と相手の刃が衝突し――相手の剣が刀身半ばから切断される。ただの剣であることに加え、こちらの剣が強力過ぎるのが原因らしい。男性が驚き、俺も多少驚きつつ、魔力を制御し反撃に移った。
「――はあっ!」
気合いと共にその男性へ斬撃一つ。右から横一文字に入った剣戟は男性を吹き飛ばし、なおかつ半分から先が無くなった剣を取り落とす成果を得た。
続いて、なおも果敢に攻めようとする残る三人の男性へ目を移す。怒りの感情に任せ突っ走る彼らは、雄叫びを上げ剣を振り下ろした。
それに対し、俺は冷静に対処する。この時点で逃げ場ができた。なので、まずは剣を後退しつつ避け、改めて状況を確認。
二人は倒れ、三人が横一列になって攻撃をしようとしている。その内真ん中の人物は先ほどの攻防によって剣が半分の長さになっており、左右の二人は健在。
そして、俺が通って来た路地に、殺気を放っていたと思しき男性が一人。そこまで見た後、俺は反撃に移ることにした――