彼の決意
「リミナの言いたいことはわかるよ。嘘をついていた部分がある以上、負い目もあると思う」
「はい……だからこそ、私は」
「けど、だからといってリミナが魔法を捨てる理由にはならない」
はっきりと告げた俺の一言に……リミナは目を見開いた。
「勇者、様?」
「それに、リミナは全責任は自分にあるという言い方をしたけど、それは間違っていると思う」
彼女の声を無視するように、俺は続けた。
「そもそも、俺が本当のことを伝えたのが原因だ。何よりあのタイミングで話したというのは、俺のエゴだった部分もある。今回の騒動が終わった後、話しても良かった内容だしさ」
「それは……」
リミナは何かを答えようとして、口をつぐむ。
「本来なら、俺に怒ってもいいんだけど……とにかく、そういうことだから一つ決めたんだ」
なおも俺は続ける。リミナはじっと俺を見据え、言葉を待つ。
「元通りになるのは無理かもしれないけど、魔法を失わない形で治すよ」
「……ですが、それは」
「もちろん、誰かに色々迷惑を掛けるかもしれない。ドラゴンの血を手に入れることだって、障害があるだろうし……」
だからこそやめるべき――リミナの顔にはそう書いてある。
その中、俺は構わず言った。
「で、その迷惑は俺が全責任を負う」
言葉の直後、リミナは絶句し俺を凝視した。
「何か問題が発生したら、俺がリミナに変わって引き受ける。今回のことで誰かを傷つけたとしたら、俺がどうにかする。これは俺が望んでやっていることだから、気にしなくていい」
「そんな……無茶苦茶です」
「けど、俺の結論はリミナの毒を治療し、なおかつ魔法を失わせないようにする、というので決まっているからさ」
どこか陽気に言った……のだが、リミナは小さく首を左右に振る。そんな彼女に、俺はなおも言う。
「俺がそうしたいからするんだ。とてもじゃないけど、リミナから全てを奪ってこの問題を解決する気にはなれなかった」
「……なぜ、ですか」
リミナは視線を逸らし、俯いて俺へと尋ねる。
「なぜ、そんなにまでして――」
「リミナに、色々と恩があるからだよ」
彼女の言葉を遮るように、俺は答えた。
「この世界に来て、最初にリミナと出会って、それから色々なことを教わった。戦い方から、この世界のことについて……俺にとっては限りない大恩だから、それに報いるためにやるんだ」
「……勇者、様」
「そして、何より」
と、俺は一度口を結び、頭の中でその言葉をしっかり思い浮かべてから――言った。
「俺はリミナと旅をし続けたいと思ったから」
――その言葉に、反応は無かった。リミナは俯き、俺からは彼女の瞳は見えない。
「これもまた俺のエゴの部分だ。魔法が使えなくなったら、当然ながら旅をすることもできない。それは俺が嫌だから、リミナに魔法を捨てないように動く」
と、肩をすくめる。その所作は、きっと見えていないだろうけど。
「でも、俺は勇者レンじゃない……だからもし毒が完治したら、改めて旅をしてくれるかどうか誘うよ。それで断られたら、それはそれだと思うことにするさ」
なんだか決まらない言い方だけど――その辺は彼女の一存だから、仕方ないと思う。
「でも、その前に……はっきりさせておきたいことがあるんだ」
「……何、ですか?」
リミナが反応。俺はここぞとばかりに口に出す。
「本当の所、リミナがどう思っているのか」
その言葉に、彼女は俯いたまま黙す。
「俺のやり方が間違っている……そう本心から思ったり、心から魔力を捨てると決意していたりするのかどうか……その辺を、今一度訊きたいんだ。さっき言ったことは俺の本心だけど、リミナが今それを拒絶するなら――」
「勇者、様」
そこで、リミナは俺に呼び掛けた。そして、体勢を変えないまま涙声で話す。
「ずるい、ですよ」
「……ずるい?」
「ずるいですよ。そんな風に言われたら、嘘なんてつけないじゃないですか……」
呟きながら、シーツの上に涙が一滴落ちる。それが徐々に増え出し、彼女は手で顔を覆った。
「魔法を、捨てたくありません……魔法使いでありたいです……」
「……そっか」
それだけ聞ければ十分だった。次に俺は昼間来訪したルーティのことを話し始める。
「……今日、俺の所にフィベウス王国の騎士が来た。どうやら英雄アレス関連で依頼をしたいらしい。それを請けるのと引き換えに、リミナのことを交渉する気でいる」
告げた瞬間、リミナは顔から手を離し、こちらを見た。まだ涙を流しているリミナの瞳が、俺を射抜く。
「昼間の、見知らぬ騎士のことですか?」
「そうだ」
「……本当に、できるんですか?」
「確認を取っている最中だよ。けど、俺はリミナの件を報酬にと強弁するつもりでいるけど」
押し通そうという雰囲気の俺に、リミナはすぐさま首を振った。
「ですけど、それは――」
「まだ、魔法使いでいたいんだろ? なら、いいじゃないか」
結構無茶を言っているのはわかっているが……リミナは俺を見つめ、二の句が継げられなくなる。
「英雄アレスのことやシュウさんの件も重要だけど……今一番重要なのは、リミナのことだから。これを綺麗さっぱり解決して、改めてシュウさんを追うさ」
「……本当に、よろしいんですか?」
確認の問い。それに俺ははっきりと頷いた。
リミナはじっと俺を見つめる。そして手で胸を抑え、ゆっくりと深呼吸をするように胸を上下させ、
「……ご迷惑を掛けますよね?」
「そうだな」
「血を手に入れるなんて、無茶ですよね?」
「大変なことであるような気はする」
「……でも治る可能性は、それが一番高いんですよね?」
「そこは、間違いないと思う」
はっきりと頷く俺。そこで、リミナは小さく頭を下げた。
「……お願い、します」
「ああ」
笑い掛けた。それは本心から放ったもので――瞬間、リミナは再度涙を零した。
「ありがとう、ございます……」
「当然だろ」
なおも笑いながら言い……俺は、席を立った。
「この件を、フィクハさんに話してくる」
「はい……彼女も同行するんですか?」
「彼女もラキの捜索でフィベウスへ行くみたいだし、そうなるだろうな」
答えつつ体を反転させ、俺はドアノブに手を掛けた。
そして退出しようと手に力を込めたのだが……開ける前に、ふとあることに気付いて振り返る。見送ろうとするリミナと目が合った。
「どうしました?」
疑問を投げかけるリミナ。それに対し俺は――
「……一つだけ、頼みごとをしてもいいかな?」
「どうぞ」
「俺のことは、名前で呼んでもらえないかな」
提案に、リミナは首を傾げた。
「え?」
「俺は勇者レンの体なわけだから、一応勇者なんだろうけど……ずっと、違和感ばかりだった。こう言うと勇者としての自覚がないと言われそうだけど……精神的に、俺は勇者じゃないし」
告げてみたところ、リミナは口元に手を当てた。
「……考えておきます」
「何で即答しないんだよ」
「当然です。勇者様は勇者様ですから」
「……強情だなあ」
呟くと、リミナは笑った。冗談めいた会話だったせいかもしれない。
笑みを見て、俺は深く安堵した。アークシェイドの戦い以後、彼女の笑った顔を見ることができなかった。それが今、小さなものではあったがようやく見ることができたのだ。
その一事で、俺は改めてリミナを治すことを決心し――彼女の部屋を離れた。