見知らぬ客人
俺が近づくと女性はその場で一礼する。門を開け声を掛けようとした時、
「勇者、レン様ですね?」
女性が問い掛けた。無言で頷くと、彼女は自己紹介を始める。
「突然の来訪、申し訳ありません。私の名はルーティ。フィベウス王国で、騎士をしている者です」
――まさか相手側から接触してくるとは思わなかったので、俺は驚き絶句した。
「今回、依頼をしに伺わせていただきました」
「依頼……?」
「はい。実は――」
「あ、ちょっと待った」
慌てて呼び止める。事情を聞く前に、色々確認したかった。
「えっと、まず……なぜ、ここに俺がいるとわかったんですか?」
「先日行われたアークシェイド討伐により、他の勇者から情報を」
「あの戦いに、フィベウス王国も参加していたと?」
「はい」
即答するルーティ。ふむ、それなら納得できる。
「あと、なぜ俺に?」
「先ほど、他の勇者から情報をと申し上げましたが、その方からあなたが私どもの国に用があると聞きまして」
そこまで聞いた時点で、グレンが話したのだと察する。というか、フィベウス王国云々については彼とセシルしか知らない以上、間違いない。
どういう意図で話したかはわからないが……彼の行動なので好意的に解釈し、俺は「わかりました」と口を開いた。
「で、依頼というのは……あ、屋敷の中へ入って話した方がいいですね」
「いえ、ここで結構です」
手で制すと、彼女は唐突に話し始めた。
「英雄アレスの言葉に従い、私達の国へお越しになると」
「はい、そうです」
「その英雄についてですが……何年も前にフィベウス王国へ赴き、現在は消息を断っています。手掛かりとなるのは彼が最後に赴いた場所。そこへ向かい、調査をして欲しいのです」
「……質問、いいですか?」
彼女から説明を受けた俺はいくつもの疑問が生まれた。
「まず、あなた方で調査をすることはできないんですか?」
「その場所は私達ドラゴンでは入れない場所なんです」
「入れない?」
「特殊な結界が張られている、神聖な場所……一部の王族を除き、その場所に入ることができません」
「人間は入れると」
「はい」
「なるほど……で、なぜ俺にその依頼を?」
「英雄アレスが託した人物であるからです」
「託した……となると、あの争奪戦はこの絡みの可能性があるのか……」
呟きつつ――またも疑問が。
「彼が消息を経ったのはかなり前のはずですよね……それまで、待っていたのはなぜですか?」
「英雄アレスからそう頼まれていたからです。信用における存在がいずれくる。それまで待てと」
うーん……理屈的にどうも変な気がする。
「なぜ英雄アレスはその場所に?」
なので、質問の矛先を変えてみた。するとルーティは首を左右に振り、
「事情については、私もわかりません」
そう答えた。
どうやら彼女は俺の依頼をしにきただけらしい。ならこれ以上の議論はできない。けれど、英雄アレスの言葉ならば従うべきだとは思う。
そしてここで、リミナのことを思い出す。
「……あの」
少し躊躇いつつも、俺は彼女に声を発した。
「事情はわかりました。英雄アレスが託したのであれば、協力します」
「ありがとうございます。無論、これは依頼という形とさせていただき、報酬もお支払いいたします」
「……その報酬の代わりに、無茶な頼みというのはできませんか?」
「無茶? どういうことですか?」
訊かれたので、説明を行なう。リミナの毒の件を含め、なぜ俺がここにいるのかも合わせて伝え――
「つまり、私達の血が必要だと?」
途中まで話した時、質問された。俺は緊張しつつ頷き、
「ご不快かと思いますが」
「……ふむ」
と、ルーティは口元に手を当て何やら考え始める。要求を拒絶している様子はないが――
「毒の強さや度合いによって、入れる血についても変わってしまいますね」
やがて、彼女は声を発した。
「ドラゴンの内に眠る魔力というのは決まっています。ここでの問題は、そうしたドラゴンのどのレベルの血が必要なのか……それによって裁定が変わる可能性があります」
「結論はここで出せないと?」
「英雄アレスの関係で依頼を請けるとすれば、喜んで血を提供する者もいるかと思います。しかし、そのドラゴンの血が毒を治療できる強さを持っているか、保証ができません」
血を分けてもらうにも、まだ難関があるということか。俺は「わかりました」と応じた後、
「その条件で依頼を請けても、いいんですか?」
確認を取った。
ルーティは沈黙する。彼女に判断させるのもさすがに無理だろうか。
「……少し、時間をいただけないでしょうか」
沈黙があった後、彼女からの返答。当然だと思い俺は頷き、
「こちらも要求が変わるかもしれないので、結論をまとめておきます」
そう答え、この場はお開きとなった。
ルーティが去り、俺は屋敷に戻る。玄関ホールに入った時、真正面にフィクハが立っていた。
「やあ」
「……見ていたのか?」
「リミナさんの部屋からバッチリ見えるからね。で、さっきの人フィベウス王国の騎士みたいだったけど」
「ああ、依頼だそうだ」
「依頼?」
彼女は一度首を傾げ……直後、名案とばかりに俺へ告げる。
「その依頼を条件にリミナさんへ――」
「そういう提案は一応したよ。けど、できるかどうかまではわからない」
前置きして俺は彼女から言われたことを説明した。
「……と、いうわけで毒のレベルを考慮し、血を入れても駄目な場合もある」
「そう。なら、最強の力を持っているドラゴンからもらわないとね」
「……とことん強気だな。王様からもらわないといけないとかなったらどうする気だ?」
「依頼内容はなんだか深刻そうだし、できるんじゃない?」
「どうだかな」
俺は嘆息しつつそう返答し、なおも続ける。
「血をもらえる、ということが決まったら考えるか」
「弱腰だね」
「弱腰……なのか? これ」
「さっきも言った通り、レン君の決断次第でどうとでもできる」
「そりゃあ……まあ、そうだな」
「無理矢理やってしまうというのも一つの手だけど……でもひとまず、彼女の口から本心は聞くべきだと思うよ。そこが変になっちゃうと、血をもらう相手にも迷惑がかかるだろうし」
「……わかった。けど、俺の方もその選択でいいか迷っている部分もある。考えることにするよ」
「わかったよ」
「それで、リミナの様子はどうだった?」
問い掛ける。するとフィクハは肩をすくめ、
「慰めたことで、泣くのはやめたよ」
「……そっか」
「口では泣いている理由は何も言わないけどね……はあ、その辺りは何にも話そうとしないんだよね、彼女。ま、私は縁の薄い人間だから仕方ないとは思うけど」
言いながら、彼女は俺をチラリと見やる。
「親しいそっちも、同じ状況っぽいけど」
「……色々、あったからな」
難しい顔をして、彼女に言った。
王子護衛の時、ある程度歩み寄った形ではあった。けれど、俺が異世界の人間であると告白したことで、関係がおかしくなっている。
いや、むしろこれが普通なのかもしれない。俺は勇者レンじゃないにも関わらず、リミナは彼の従士と思って行動を共にしていたのだ。つまり、今まで誤魔化してきただけ。
そこまで考えると、小さく息をつく。頭の中を整理したい。
「……少し、屋敷の中を散策するよ」
「いいわよ。あ、実験道具とかは触らないでね」
「わかっているよ」
答えた後、俺はゆっくりと歩き出した。