彼らの行方
生じた怒りを紛らわせるために屋敷の中を散策していると、玄関ホールに辿り着いた。
「では、よろしくお願いします」
そこには声と同時に「はい」と答えるフィクハがいた。先ほどの声は男性。来客の対応が終わったところなのだろう。
呼び掛けもせず佇んでいるとフィクハは扉を閉め、こちらを向いた。そこで俺に気付きちょっとだけ驚き、
「ああ、レン」
名を呼んだ。俺は「ああ」と適当に返答しつつ、まずは確認する。
「終わった所?」
「ええ。昼を跨いだみたいね。そっちはお昼食べた?」
「ああ」
「そう」
素っ気なく応じた彼女は歩き出し、俺の横を通過しようとする。
「何の話だったんだ?」
すれ違う寸前、問い掛ける。フィクハは足を止め、こちらを一瞥し、
「……そうだね、さっさと話しておくか」
「何を?」
聞き返した時、フィクハは小さく肩をすくめ、
「逃げた面々に関する情報」
そう答えた。
屋敷の食堂は結構広く、住み込んだ侍女なんかが食べるような広い場所となっていた。
その中の一角を陣取り、フィクハは多少遅い昼食をとっていた。俺はその隣で話を待っている。ちなみに俺の前には水を飲み干したコップが一個だけ。
「で、彼らの向かった先なんだけど」
パンをかじりながら話す彼女の声音は、やや重い。
「方角的には西……たぶん、フィベウス王国になると思う」
「……全部、そこに集約されるんだな」
「集約?」
すぐさま問うフィクハ。彼女には異世界に来たことは話しているが、勇者レンの目的や試練についてほとんど語っていなかった。
「ああ、ごめん。本来、俺達はフィベウス王国に行くつもりだったんだ」
「その途中、ここに来て戦ったと?」
「そういうこと」
「何の目的で行くの?」
……その辺は、話してもいいか。シュウさんのことがあったせいで順番がバラバラになってしまったが。
「えっと、元々勇者レンの目的は英雄アレスを探すことなんだ」
「それをあなたが追っていると?」
「そうだ。色々と謎もあるし解決しないと……って思い行動している」
「なるほど。ちなみになぜ探すのかわかっているの?」
「その辺は不明。勇者レンが英雄の息子、という可能性を考慮したこともあるけど、違うみたいだから」
「ふうん……で、フィベウスに英雄アレスがいるの?」
「英雄ザンウィスが行った試練について知ってる?」
「ああ、あれね。実は私も参加したかったんだけど――」
そんな風に会話をこなし、一通りの説明を行う。その間に彼女は食事を済ませ、相槌を打ちながら耳を傾け――
聞き終えた後フィクハは「わかった」と呟き、椅子を俺へ向け、腕を組んだ。
「なんだか、ずいぶんと真面目ね」
「真面目?」
「勇者レンとあなたとは違うわけでしょ? なら気の向くままに旅でもすればいいじゃない」
「この世界に来た当初から色々と疑問もあったし……それに、ラキと遭遇した」
「なるほど」
納得するフィクハ。さらに視線を逸らし、
「だから、勇者レンの目的を果たそうと?」
「そんなところだ」
「ふうん、そう……ま、大体の要件はわかった」
呟くと、フィクハは目を戻し説明を加えた。
「で、ここからが詳細なんだけど……方角的には確定しているけど、本当にフィベウスへ行くかどうかまではわからない。あくまで候補の一つだけど、捜索はするみたい」
「フィクハさんは、その辺の指示を受けているのか?」
「彼らの調査に当たれと指示された。シュウさんが追っているということになっているから、その辺りを考慮して白羽の矢が立ったんだと思う」
「……留守の間、屋敷はどうするんだ?」
「騎士の人が常駐してくれるって。ここの図書館は国にとっても重要だし何も言わなくても守るはず。警備面で困ることは無いよ」
「そっか。なら安心だ」
「で、そっちはどうするの? 特にリミナさんについて」
俺やリミナのことを訊く。そこで、先ほど彼女から聞いた決意を述べた。
「魔力を、捨てるって」
「……苦渋の決断ね」
「そうだな」
泣き声を思い出しながら応じる。同時に、会話によって霧散していた怒りがまた湧き始めた。
「ねえ、一ついい?」
そうした中、なおもフィクハが尋ねる。
「レン君の本心としては、どうなの?」
「本心……か。俺は悲しまないように、というのが結論だけど」
「とすると、ドラゴンから血を分けてもらう?」
「……そんな安易にできるとは思えないんだけど」
「勇者レンとしてコネとかないの?」
「ゼロじゃないけど……つてで手に入るかどうかわからないじゃないか」
「決断次第だと思うよ」
「決断って……俺の?」
質問すると、フィクハは大きく頷いた。
「やろうと思えば血を奪うことも可能なわけよ」
「無茶苦茶だな、それ」
「でも、可能よ」
言われてみればその通り。もっとも、恨まれるようなことをすべきではないが……手が無いと決めつけるのは、確かにおかしい。
「後はレンがどう思っているかにかかっているね。リミナさんは、きっとこれだと決めたら突っ走るタイプだろうし、そっちで後押ししてあげないと」
「よくわかったな」
「雰囲気的にそんな気がしたの」
答えてから、彼女は席を立った。
「さて、私はリミナの様子を一度見ておくよ」
「あ……できれば今はやめといたほうが」
「どうして?」
純粋な問い掛け。俺は多少慌てながら彼女に答える。
「フィクハの説明を聞いて、まだそんなに時間も経っていない。頭も混乱しているだろうから……」
「ああ、そういうこと」
淡白に言うと、彼女は気にする様子も無く歩き始めた。
「あ、ちょっと――」
「これまで話さなかったけど」
呼び止めようとした時、フィクハから声が発せられた。
「屋敷に滞在してから結構な回数泣いてるよ、彼女」
一方的に告げた後、彼女は食堂から立ち去った。
俺は呆然となり、フィクハの言葉を頭の中で反芻する。
もしかして、俺の見えないところでずっと涙を流していたのだろうか。目の前では、かなり無理をしているのか――
「……くそっ」
悪態をつく。またも怒りが生まれ、近くの椅子を蹴り飛ばしたくなってくる。
苛立ちを必死に抑えつつ俺は席を立ち、食堂を出た。再度気を紛らわすべく、散策を開始しようとして――
「勇者様」
横手から女性の声。振り向くとお手伝いさんだった。
「ああ、どうも」
「お客さんです」
「客? フィクハさんにではなく?」
「あなたに、だそうです」
眉根を寄せる俺。いるかどうかわからない俺を訪ねるというのはおかしい……いや、アークシェイド征伐に関わった人なら、ここにいると知っていても変じゃない。
「わかりました」
頷き応じると、玄関へと足を動かす。やることがあると怒りも落ち着き、平静を取り戻す。
一体誰なのか色々と思案しつつホールへ到達。俺は黙ったまま扉を開ける。外は初夏とまではいかないが十分暑く、夏を予感させるくらいの気温となっている。
俺は玄関付近で真正面にある鉄門を見据えた。その向こう側に確かに誰かいる。けれど、見たことのない人物だった。
深い緑色をした胸当てに具足と、騎士風の出で立ち……加えて女性。腰まで届いている金髪を後ろで束ねており、風によって先端部分が揺れていた。装備から、この国の騎士じゃないのはわかる。
顔立ちはやや切れ目で、クールそうな容姿とでも言えばいいだろうか。直立で身動き一つせず、現れた俺を黙って注視していた――




