なぜ彼女は付き従うのか
夕食を終え、後は寝るだけと言う状況となった。俺は部屋でベッドに寝転がって天井を見上げる。格好は半袖の肌着にズボンだけ。
部屋自体はシンプルで、ベッドと椅子が二つある木製の丸テーブルに、テラスと小さいクローゼットがあるだけ。明かりはリミナが天井に生み出してくれた。
「ダンジョン、か……」
ふいに、そう呟く。
明日はいよいよ、本格的な探索だ。思えば昨日と同様今日もめまぐるしい一日だった。野営で一夜を明かして依頼をこなし、転移で街まで来て謁見。さらに知り合いとダンジョン攻略の約束をした。昨日と劣らず――いや、輪を掛けて大変だった。
「きっと明日も、こんな感じなんだろうな」
ダンジョンまで移動が待っている以上、今日と同じように疲れること請け合いだ。
とはいえ勇者レンとなって以後、高校生の時のような重い疲労感はない。これはきっと、勇者としての力が体に備わっているからだろう。
「一体、どういう人間だったんだろうな……」
ふと、今は自分の体である勇者レンを、疑問に思った。
依頼をこなし、勇者としての責務を全うしているのは間違いないが、行動の端々で違和感を伴う。これはきっと理由があるはずなのだが――想像できない。
「……答えは、出ないか」
勇者としての記憶がない以上、考えても無駄かもしれない。俺は頭の中をからっぽにして、眠ろうかと目を瞑る。
その時、コンコンというノックの音が部屋に響いた。俺は上体を起こしながら「はい」と答えると、ドアが開いてリミナが現れた。
「寝ていましたか?」
尋ねる彼女。格好は白いローブのままなので、眠る体勢には入っていないらしい。
「いや、大丈夫だよ。何か用?」
「はい。少しお話が」
言うとリミナはドアを閉め、テーブルに備えられた椅子に座る。俺もそちらに歩み寄り、彼女と向かい合うように着席した。
「話って?」
「戦闘についてです。勇者様はある程度体でご記憶されているようなので、心配ないとは思いますが……危険なので単独行動だけは控えていただきたいのです」
「それはもっともだと思うけど」
俺だって一人で動き回るのは怖いのでそう返答した。対するリミナは微かに笑みを浮かべる。
「よく単身モンスターに向かったので、少し心配になったのです」
「俺、無謀だったのか?」
「敵の力量を察し動いている風には見えましたが……なんというか、何かに追い立てられ戦っているように感じていました」
またも不可解な行動――いや、不可解というのは言い過ぎかもしれないが。
「大丈夫だよ。記憶のない状態だからさ。できるだけリミナやギアの指示に従おうと思う」
応じると、リミナは「わかりました」と言った。どうやら安心したようだ。
彼女は俺の身を案じ、色々と心配をしてくれている。なんとなく悪い気がして、それを伝えようとした――直前、頭に疑問が浮かんだ。
「……リミナ。改めて訊くことじゃないかもしれないけど」
「はい?」
「俺とリミナの関係は、仲間だよな?」
その問いに、リミナは小さく肩をすくめた。
「私は、勇者様の従士のつもりでした」
「……つもり?」
「ご記憶を失う前は、最後の最後まで従士だとも、仲間だとも明言されませんでしたから」
「なんだそれ?」
「わかりませんが、勇者様は仲間を集めようとしませんでしたから……それと関係しているのでしょう」
「……うーん」
思わず唸ってしまった。どういうことだ?
「理由がおありだったのだと思います。けれど、ついぞ話してもらえませんでした」
リミナは語ると寂しそうに笑った。
俺はそんな表情を直視できず目を逸らし――思いついたことが、口に出た。
「リミナが俺についてくるようになったのは、なぜだ?」
言って、チラリと彼女を見る。寂寥感のある表情は消え、穏やかな顔が生まれていた。
「勇者様に、命を救われたからです……それも、二度も」
「二度?」
「お話しましょうか?」
問われるとコクコクと頷く。するとリミナはどこか嬉しそうに話す。
「数年前の話になりますが……私はここより南にある片田舎の出身で、郷里周辺では有名人でした。理由は、魔法使いであったこと。私の出身地方はかなり平和で、魔物の襲撃も皆無に近かった……そのため、魔法を持つ人も少なかったのです」
リミナはそこまで語ると間を置いて、笑みを自嘲的なものに変える。
「私はそうした環境で子供の頃から魔法を学び、同世代や上の世代の方々よりも優れた魔法使いという評価を頂きました。私はそれにより、増長していたんです。片田舎で学ぶ魔法技術なんてたかが知れている上、同年代でも遥かに優れた魔法使いはいる……けれど、いつしか自分は大魔法使いなのだと心の中で確信するようになったのです」
「井の中の蛙か」
ことわざが口をついて出た――リミナは意を介したのか、まさしくと頷いた。
「そして私は事件を起こしました……振り返れば、傲慢に変わりつつあった心が無ければ回避できたものでした――」
前置きして、リミナは語り始めた――
――数年前、当時リミナは白のローブを身にまとった姿から『白の賢者』という称号がつけられていた。様々な魔法を使える彼女に、故郷の人達が尊崇の念を抱き、そのような名を与えたのだった。
結果的に、リミナの心にさらなる自負が生まれた。それが日を追うごとに膨れ上がる中、彼女はとある依頼を請けた。
「――雷よ!」
詠唱後の短い掛け声と共に杖をかざし、目の前にいるチェインウルフの集団を雷撃により一蹴する。その周辺には形を失くし光となりつつあるスライムの残骸があった。
場所は郷里から南に一日程距離のある平原。リミナは近隣の村から依頼のためそこに赴いた。内容は魔物の増殖による討伐。平原にいるモンスターの数が激増したとのことで、駆除をしてくれとのことだった。
「実際来てみると、拍子抜けもいい所だけど……」
リミナは嘆息混じりに呟くと、ぐるりと周囲を見回した。倒れたモンスター達が、やがて光となり消えていく――
モンスターとは、魔力によって生じた存在。魔族や悪魔が生み出したものであり、光となる以外は生物と基本的に変わらず繁殖もする。
「やっぱり、見立てと違うのかな」
リミナは零し、気配を探る。今度は進行方向に魔力。そちらへ歩き出す。
こうしてモンスターが多いというのは、二通り考えられる。一つは長きに渡りモンスターを放置したことで、繁殖して数を増やした可能性。そしてもう一つは、魔族か悪魔が周辺にいて生み出している可能性。
リミナは二つの内、後者だと考えていた。根拠は繁殖するにしては増加ペースが早いこと。繁殖するとなるとそれなりに時間が掛かる上、徐々に増えていくものなのだが、激増していることから違うと考えた。
「これじゃあ、骨折り損かな」
しかし、どうやら繁殖の結果らしい――予測がつくと、リミナは愚痴のように言葉を漏らした。
そう、リミナは悪魔や魔族と戦ってみたいと考えていた。白の賢者と呼ばれる自分ならば魔族だって打ち破れる。それを証明するために、戦ってみたい――
けれど徒労に終わりそうだった。リミナはふうとため息をついて、魔力のある方向へ進む――その時だった。
ふいに、前方の空に鳥のような、翼を生やした存在を認めた。リミナはさして気にするわけでもなく、変わらぬ歩調で進み続けていた。
しかし、あることに気付いてそれを注視する。
「……人?」
空にいる鳥が近づくにつれ、人に近い形であるのがわかった。天使か何かだと考えたのはほんの一瞬。頭部らしき場所に角を認め――リミナは息を呑んだ。
「いた――!」
歓喜に近い声だった。待ちわびていた存在。自分の実力をしかと確認できる相手。それは紛れもなく悪魔。リミナは杖を握りしめ、一度深呼吸をした。
「倒せる……私なら……!」
絶対的な自信を抱き、リミナは叫んだ――直後、悪魔が彼女に気付いたのか高度を下げ始める。
来る。リミナは高揚感をはっきりと感じながら悪魔を見据え――次の瞬間感じ取った悪魔の魔力が、彼女の身をはっきりと震わせた。