検証結果
「レン君」
朝、屋敷の庭先で剣を振っていた時、背後からフィクハに声を掛けられた。
「あ、はい」
応じつつ、剣を鞘にしまいながら振り返る。目の前には征伐の時と格好の異なるフィクハが立っていた。
栗色の髪を結い上げているのは相変わらずだったが、革鎧ではなく黒いローブ。そして羽飾りは無く、表情は険しかった。
その顔を見て、俺は一つ予感を覚える。
「……結果、出たのか?」
「うん。説明するから部屋に来て」
「わかった」
頷き、彼女と共に歩き出す。
「少しは扱えるようになった?」
道中、彼女が口を開く。
「中から見ていて、四苦八苦しているのが丸わかりだったけど」
「まあな……だいぶ慣れてきたよ」
「そう。ま、これでそれを外せる日が近づいてきたわけね」
彼女の言う「それ」とは、右手首にはめられたブレスレットを意味する。
「だな。前の剣と勝手が違って大変だったけど、なんとかなりそうだ」
「それ外したら、元の力が使えるようになるわけ?」
「どうだろう……完全じゃないと思うよ」
俺は首を振り、自分のことを指差す。
「勇者レンの経験が全て表に出ているかどうかは……一切不明だからさ」
「そう」
素っ気なく答えるフィクハ。けれど俺を上から下へ一瞥し、
「ま、そこからがスタートと言えるかもしれないけど」
「かもな」
小さく息をつき、俺は彼女に応じた。
そこで屋敷の中に入る。玄関ホールは静かで、物音の類は一切聞こえない。
「今日、お手伝いさんは来るのか?」
「昼から来るよ」
「昼食は?」
「そっちは別の人が来る……食い意地だけはしっかりね」
「ほっとけ」
軽口に答えると、フィクハはクスクスと笑った。
「ごめん。さ、私の部屋に行きましょ」
「ああ」
会話をしつつ、俺は彼女と共に廊下に入る。きっと良い話ではないのだろうと思いつつ、無言で歩き続けることとなった。
――アークシェイドの討伐を行い、二週間が経過した。その間俺はシュウの屋敷で厄介となり、これを機にと朝から晩まで剣を振り続ける毎日を送っていた。
そのおかげでようやく剣の扱いにも慣れてきた。最初は魔力の調整が効かず庭先に植えられた木を吹っ飛ばしたりしたのだが……ちなみに、フィクハにボコスカ殴られた。
対するフィクハはリミナの体の中に存在する毒について研究を進めていた。資料も多く解析に困ることは無かったのだが、調査自体は時間が掛かった。
その間に俺はいくつか驚くべき事実を知った。まずフィクハのこと。彼女はシュウを師事していた時、彼から色んな話を根掘り葉掘り聞いたらしく……なんと『星渡り』の魔法についても聞いていた。そのため俺も彼女に事情を説明し、もし良ければその調査に当たって欲しいという旨も伝えてある。帰るかどうかは正直わからない……今は少なくとも、戻るようなことはしないと心に決めているけれど。
他に重要な事柄としては、アークシェイドについてだろうか。事後の検証により奪われた物が判明した。それは――
「すぐにでもシュウさんを探したいけど、情報がない以上どうしようもないしね」
フィクハは自室に入った直後、俺に言った。こちらは頷き、彼女の言葉を待つ。
「レン君だって、向かいたいところでしょ?」
「ああ」
同意する。そして思い出すのは奪われた物について。
調査により、魔王が身に着けていた装飾品と酷似する物だと判明した。魔界から呼び寄せたということも相まって、本物であるという結論に至ると共に、彼らの目的もある程度浮かび上がった。
そうした品を用いて、彼らは魔王を復活させるのではないか――そういう推測がなされ、大々的にラキ達の行方を追うこととなった。そのメンバーには、現在も彼らの足跡を辿っているとされているシュウも入っていた。
「あ、今の所シュウさんがしでかしたことは露見していないよ。私達が話さない限りは、大丈夫だと思う」
フィクハが言う。俺は彼女に視線を送り、確認をする。
「そうか……このまま、説明しないつもりなんだな?」
「うん。証拠とか求められても困るし」
彼女は部屋の中央で、肩をすくめた。
「さ、どうぞ。座って」
そして傍らにあるテーブルと椅子を指差す。
俺は頷いて歩きながら、部屋を一度だけ見回す。白い天井と壁に、扉の反対側にはテラスへ繋がる窓。テーブルとイス以外にあるものと言えばベッドとクローゼットくらいで、ただ眠るためだけの部屋のようだ。
ここは元々フィクハの部屋だったそうだが、勇者となって引き払ったらしい。荷物を持ち込むこともなかったので、彼女の私物は部屋の隅にある革鎧や剣くらいしかない。
俺は視線を戻し着席すると反対側にフィクハが座る。そして開口一番、
「毒に関する結果が出たよ」
俺にはっきり告げた。
ようやく――けれど彼女の表情から、どう話すのか容易に想像がついた。
「専門的な内容はわからないだろうし、省くけど……解毒の魔法を作るのは、難しい」
「どういった理由で?」
「解毒するにはまず体に入り込んだ魔力の質とか種類とかを知らないといけない。さらにどのような術式が組んであるかを把握し、そこから私が解毒魔法を生み出すわけだけど……」
そこまで言うと、フィクハは苦い顔をした。
「あの毒にまつわる術式は、どうやらシュウさんのオリジナルだったみたいで、私が解析してもわからない部分が多かった。もちろん丹念に調べれば魔法を作ることは可能だと思うけど」
「時間は、どのくらいかかるんだ?」
「わからないけど、一年以上はかかるかもしれない」
一年……治るのであれば必要な時間だとは思う。けど、その間にラキ達がどのような行動をするのか――
「他に方法はあるのか?」
一応訊いてみると、フィクハはあまり良い顔をせず、
「手段としてなくはない……けど、無茶な方法だよ?」
「話してくれ」
「一つ目は、体から魔力を取り除く。体に変調を与えているのはあくまで魔力だから、それを除去すれば治る」
「魔力を……? それ、魔力自体戻るのか?」
「無理。だからもしやるとなると、リミナさんはもう魔法使いではなくなる」
「それは、できればしたくないな」
リミナだって首を横に振るはず。フィクハも同意見なのか、深く頷いた。
「で、もう一つは、毒の効力を無理矢理抑え込むこと」
「抑え込む?」
「より強力な魔力を体の中に入れて、毒を打ち消すと言った方がいいのかな……他者からの魔力を受け取って、毒を跳ね除けるというわけ」
「簡単に言うけど、できるのか?」
「難しいよ。それに、人間の魔力なんかじゃ打ち消すのは難しいと思う。できるとしたら……」
と、フィクハは視線を転じ、天井を見上げた。
「そうね、ドラゴンとかの魔力なら、打ち消せるはず」
「ドラゴン……魔力を受け取るというのは、具体的にどうするんだ?」
「平たく言えば、ドラゴンから血をもらう」
「リミナをドラゴンにするということか?」
「そういうこと」
「……それもまた、非現実的だな」
仮にそれができたとして、リミナが望むのかどうか――
考えていると、コンコンとノックの音が室内に響いた。
「はい?」
フィクハが呼ぶと、扉が開きお手伝いさんである中年の女性が現れる。
「あの、お客さんが」
「お客さん? わかった、行くよ」
フィクハは明瞭に答え、席を立った。
「私の話は以上だけど、いい?」
「……ああ」
頷いた俺を見て、彼女は速やかに部屋を出ていく。扉が閉まり、静寂の中一人俺は取り残される。
そうした中、俺は考える。リミナにどのような選択を与えてやれるのかを――