馬車の中で
俺達はやって来た馬車に乗り、一足先に戦場を後にする。天幕をくぐり車内に入ると、馬車はすぐ出発した。
中にいるのは俺やフィクハ。そして、護衛兼御者ということで御者台に騎士が二名いた。
「リミナ、大丈夫か?」
横になっているリミナの傍らに座り込み、問う。彼女は小さく頷き、
「あるのは熱と、倦怠感だけです……」
「魔力を操作するだけだから、そうひどくはならないよ」
横からフィクハの声。俺はすぐさま首を彼女へ向け、
「シュウさんも語っていたけど……本当に大丈夫なのか?」
「劇物を体の中に入れたわけじゃないから、いきなり発作が起きて死ぬようなことはない……レン君の話を聞く限りは、大丈夫だと思う」
フィクハはそう説明した後、リミナを一瞥した。
「おそらくだけど、シュウさんはあなた達を目的に対する障害と認め、危険視したんじゃないかな。本来なら殺すのが一番だと思うけど、あの場ではいつ何時騎士が来るかもわからない。そんな状況でリデスの剣を握るあなたを倒すのは時間が掛かるから、リスクを考慮しやらなかった。だから矛先をリミナさんへ向け、毒針を使った」
「シュウさんはリミナを殺すと逆上される、とか言っていたな」
「殺してしまえば、シュウさんはあなたに追われることになるし、面倒だと思ったのかも。それに、この方法は一番時間稼ぎになる」
「時間稼ぎ?」
聞き返す。フィクハは深く頷き、
「少なくとも解毒するまで、リミナさんにかかりっきりになるでしょ?」
「……そうだな」
この状況が何よりの時間稼ぎというわけだ。
俺は無念に思いながら目を伏せ、これからのことを考える。何よりリミナの治療をしなければいけないのだが、その後どうするべきか。
「……フィクハさんは、これからどうするんだ?」
「迷っている。屋敷にいるか、シュウさんを追うか」
フィクハは苦い顔をして答えた。
「屋敷にシュウさんが帰ってこないのなら、あの場所を守る必要はある……けど、あの人の目的はわからないけど……追うべきだと、考えている」
「目的……か」
「そういえば、一つ話しておかないと」
そこでフィクハが俺に告げた。こちらは首を傾げ、彼女の言葉を待つ。
「二人がシュウさんの所へ戻った後、砦の中からわめくような声が聞こえ始めた。そちらを見ると、アークシェイドの幹部である一人が、ラキやエンスを探せと言っていた」
「探せ……? どういうことだ?」
「私の目には死なばもろとも、という風に見えたけど」
「自分達が捕まったのだから、奴らもということか」
「たぶんね……で、騎士がその人物から事情を訊き始め、私は盗み聞きしていた。その人物によると、アークシェイドが保管していた秘宝とやらが彼らに奪われたって」
「秘宝?」
「魔界から呼び寄せた物、らしいよ。用途は彼らもわからなかったみたいだけど、強力な道具であることは魔力を解析してわかったから、アークシェイドの首領が保管していたみたい」
ひょっとして、それこそがラキの目的だったのだろうか。
「話を聞いて、私も色々と考えたよ。レン君が推測した部分と照らし合わせて……見解を述べさせてもらうと――」
彼女は一拍置いて、俺へと語り始めた。
「まずラキという人物は、その道具を手に入れたいがためにアークシェイドへ入った。道具がそこにあるとわかっていたのか、それとも確証なき行動だったのかは不明だけど、動機は道具だったと見ていいと思う」
「そしてラキは、組織の中で行動する中で、賛同者を見つけ協力関係を結んだ……」
エンスのことを頭に浮かべる。おそらくラキは任務で様々な国を回り、味方を集めていた。その中にシュウも含まれていた、ということだろう。
「うん、そうだね。そして道具を手にできる目処が立ったということで、強奪するために色々と策を施した」
「それが、今回……しかも、遺恨を残さないようアークシェイドを壊滅させる作戦……か」
「けど、一つだけ重要なことが抜けている」
「重要なこと?」
「アークシェイドの首領は、見つかっていない」
フィクハは告げると、小さくため息をついた。
「首領がいない隙を見計らって、奪ったと見るのが的確かもね。ちなみに首領の部屋で警護していた人物が殺されていたらしいから、彼がドサクサに紛れて奪ったので確定だよ」
「首領の部屋なんてあったか?」
「隠し部屋。私達が悪魔と戦っている間に見つけたみたい」
「そうなのか……」
俺は呟き、首領がどのように行動するのか考える。組織の幹部は大半が捕まってしまった。この状況で下っ端だけ集めても意味を成さないだろうし、国だって捜索するだろうから、身動きが取れないかもしれない。
「ま、首領の方は問題ないと思うわ。あの本拠地で組織の根幹を担う人をほぼ捕らえたからね。再起するにしても、恐ろしく時間が掛かるはず」
「だといいな」
――何はともあれ、当初の目的は達成した。多くの人にとっては、枕を高くして眠れるようになるはずだ。
「ま、そういう経緯があって……私はあの人を追うべきか、他に人に任せるべきか考えているの」
「任せるか、か……けど現状、事情を説明できないから探す人もいないんじゃ」
視線を送りながらフィクハへ言う。対する彼女は見返し、じっと視線を離さない。
「……俺のことを言っているのか?」
「どちらにせよ、レン君は調べるんでしょ?」
「ああ。けどリミナのこともある。それに手掛かりがない以上、限界がある」
「その辺は、私が色々と調査しないとね」
「できるのか?」
「認可勇者だからね」
そう言って胸を張る。国と協力して色々と調査できる、ということなのだろう。
「……わかったよ。フィクハ自身も何かしら気に掛かっているだろうし、調査するのは賛成だ」
「うん、任せて。身の振り方は調査結果が出てから考えようかな……ひとまず、こんなところか」
フィクハが話を区切る。双方が沈黙し、馬車の進む音だけが耳に入る。
「……勇者、様」
次にリミナの声。そちらへ向き、応じようとして――
「すいません……」
泣いている彼女が目に入った。
「私……ご迷惑をおかけして……」
「気にするな。リミナのせいじゃない」
俺は答え首を振る。
「そうよ」
するとフィクハが合わせてリミナへ告げた。
「私としてはすごく不本意だけど……原因は、シュウさんにあるんだから」
フォローを入れるフィクハ。俺もまた賛同するように頷いたのだが、彼女の顔は曇ったまま。
原因はわかり切っていた。直接的な原因はシュウ……しかし、彼の言葉によって感情が発露し、隙を見せてしまった。そのことを、何より後悔しているに違いない。
「……あの……私……」
そして何かを言い掛けて、止まる。予想はついた。悲しかった――シュウに言われ反応してしまったそこを、説明しようと思っているに違いない。
「……リミナ、色々話したいことはあると思う。けど、ひとまず置いておこう」
だが俺は告げる。途端に、彼女は口をつぐんだ。
シュウの行動によって、俺とリミナの関係に異変が起きている。それがどういった結果をもたらすのか、考えるのが少し怖かったが……今ここで、性急に決めるべきではない。
「……俺は」
だから、リミナへはっきり言った。
「治るまでに、頭の中をまとめておくから」
言った直後、リミナが目を見開いた。そして俺を見つめ――ゆっくりと頷く。
「私も……そうします」
「ああ」
答え、沈黙が訪れる。その中車輪の音だけは規則正しく流れ、俺達を包みこんでいた――