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凶行の理由

「ラキ、君はエンスと合流しておいてくれ」


 状況を把握したシュウは、まずラキへ言った。


「後は手筈通りに頼むよ」

「シュウさんが対応を?」

「この状況を生み出したのは私だからね。尻拭いも自分がやるさ」

「わかった」


 ラキはあっけなく引き下がる。俺は待てと叫ぼうとしたのだが――


「親友ならば、君は彼の実力を知っているだろ? 無理はしない方がいい」


 シュウの言葉によって口も体も縫い止められた。

 暗に自分達二人と戦って勝てるか――そう尋ねている。俺は即無理だと判断した。


 けれど、このままでは逃げられてしまう。どうすれば――


「ミーシャ、君もラキについていってくれ」


 シュウは続いて助手のミーシャへ指示を出した。けれど、彼女はどこか心配そうに見返し、


「しかし……」

「心配はいらない。私が負けるとでも?」


 どこか高圧的な物言い。するとミーシャは頭を下げ、


「失礼しました」


 返答し、ラキへと歩み寄った。


「ではシュウさん。頼みました」

「ああ」


 ラキは小さく手を振り、ミーシャと共に立ち去る。こちらとしては追いたいところだが……今まで勝てなかった人物と英雄が相手では、勝つのは無理だ。

 だがまだ捕まえられる可能性はある。結界は解かれていない。指示も無く解除すれば、騎士達も異変に気付く。それに賭けるしか――


「迷っているようだね」


 考える間に、シュウから声が発せられた。


「わかっていると思うけど、この結界を解除しない限り私もラキも外に出ることはできない。まあ、他に仲間もいるし……どちらにせよ、脱出には時間が必要だ」

「それがエンス、ですね」


 切っ先を向けながら俺が問う。シュウそれに深く頷き、


「そうか。君はアーガスト王国でフェディウス王子の護衛をしていたんだったな。なら彼のことは知っているのか」


 微笑さえ浮かべながらシュウは答え――今度は、彼から質問が来た。


「レン君、一つ確認がある。君とラキについて」


 その言葉でどのような問い掛けをするか、俺には予想することができた。


「何でしょうか?」

「当然、彼には君の中にある真実は話していないね?」


 質問に、俺は沈黙する。シュウはそれを無言の肯定だと受け取ったか、両手を広げ弁明するように告げた。


「エンスに記憶喪失ということは話しているんだろ? 王子の護衛をする以上、知っておいてほしいだろうからね。けれどラキはそうした事実を知らない様子だから、エンスが意図的に隠しているのだろう」

「……そうです」

「理由は知っている?」

「いいえ」

「そうか……まあいい。私はそれに従おう。君から話すまでは黙っておくよ」

「……どうも」


 こちらは低い声で礼を述べる。その言動でシュウは次に苦笑し、


「面白いからというのが主な理由だ。エンスもそうだろうし、私はそれに乗っかるだけだ。恩など感じる必要はない」


 言葉の瞬間、俺はギリッ、と奥場を噛み締める。ありとあらゆる面で、シュウやエンス手のひらの上だ。


「で、どうする? ここで雌雄を決するかい? 言っておくが、私は結界を解除して騎士達を相手にすることも覚悟している。戦力を勘案し、考えてみるといい」

「勝てる、と言いたいんですか?」


 精鋭の騎士や勇者を相手にして勝てる――そういう確信が、彼の中にあるのだろうか。

 対するシュウは、口の端を歪め怪しく笑う。


「先ほど、砦の外から音がしていたね? ラキ達が脱出するのに陽動で生み出した悪魔だと思うが……あの悪魔が、十数体作れるよ」


 その言葉で、戦力の天秤が一方的に傾く。勝てる要素なんて――


「まあ、そういうことだよ。とはいえ、多くの人から見れば私が裏切るなど、信じられないだろう……もしこの事実が真相のまま伝われば混乱を招く。私も無用な波風は立てたくないし、ここは手打ちといかないか?」

「逃がすとでも?」


 俺は顔を険しくし、一歩詰め寄る。けれどシュウは余裕の顔を崩さない。


「落とし所としては、何者かに結界を破壊され、私がそれを追うという形……屋敷については、この討伐にも赴いている私の弟子に任せればいい」


 言葉に、俺は無言でもう一歩進む。その時、


「……なぜ、ですか?」


 リミナの声が聞こえた。先ほどと同様、ひどく乾いた声。


「それは、なぜ私が彼らに協力をしているのか、ということかい?」


 シュウが問う。リミナは無言だったが……彼はゆっくりと話を始めた。


「ひどく単純な理由だよ。私の心の中に、魔の力がある。ただそれだけ」

「え……?」

「私やアレスは艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越え、魔王を倒した。その過程で、私は魔族の力に触れ、やがて肩入れするようになった。自分でも最初、おかしいとは思っていたが……それがやがて至上命題へと変化し、今に至ると言うわけだ」


 語るシュウはどこまでも穏やか。しかしふと、彼の瞳の奥に狂気じみた色があるのを俺はしかと感じ取った。


「つまりは、そういう理由でラキに協力している。彼の願いを、成就するために」

「願い……?」


 言われて俺は、ラキがどのような目的で行動しているのか理解していないと悟る。


「ああ、そうだ。これは後の調査で判明するだろう。幹部達に尋問すれば、私達が何をやったか明確になるだろうから」


 シュウはそう語り、笑みを消した。


「さて、どうする? ここで決着をつけるかい? 言っておくけど、向かってきたら容赦なく叩き潰すよ」


 俺をまっすぐ見据え、問う。答えられなかった。

 果たして、目の前の英雄に俺は勝てるのか……魔王を倒したとはいえピークは過ぎているだろうし、さらに彼は魔法使い。剣技なら対抗できるかもしれない。


 けれど――決心がつかなかった。体の奥底、本能が警告している。遺跡でラキを見た時と同様、勝てないと声を発している。


「勇者様」


 そうした中、リミナが我に返ったのか声を発し、俺の隣に立って杖をシュウへ向けた。


「君はやる気のようだね」


 優しい声音でシュウは言う。対するリミナはじっと構えるだけ。


「最初驚愕していたのに……吹っ切れたのかい?」

「勇者様に仇なすのならば、英雄であっても、敵です」


 まるで自分に言い聞かせるような返答。俺は彼女がまだ混乱しているのを理解する。けれど、彼が俺に対し敵意を持っているから、杖をかざしている。


「なぜ君は、彼に固執する?」


 シュウが問う。話題の変化に、俺は眉根を寄せた。


「君も彼から話は聞いただろう? 本来ならば、もう関係は解消されたと見ていいはずだ」


 傷口をえぐるような嫌な言葉だった。ここに来て、俺とリミナの関係性を尋ねてきた。


「あなたには、関係のないことです」

「申し訳ないが、関係ある。私も、彼と同じ場所から来た人間だからね」


 そう語ると、シュウはリミナへ憐れむような視線を投げた。


「レン君には酷かもしれないが、これは紛れもない事実だ。リミナ君、君が慕い行動を共にした勇者レンはどこにもいない。君は、何の縁も無い人物のために命を張ろうとしている」

「あなたには、関係ありません」

「そうかい? けど――」


 と、彼は一拍置いた。


「君は話を聞いた時、少なくとも悲しかったんじゃないのかい?」


 ――言葉の瞬間、リミナの杖が僅かに揺らいだ。彼女の体が、言葉によって固まってしまう。

 それは、ほんの一瞬の隙。けれど、シュウは見逃さなかった。


 彼の手が、動く。同時に俺はリミナに警告しようとしたが、遅かった。

 直後、リミナが呻いた。首を向けた時、俺はそれをはっきりと視界に捉えた。


 彼女の首に、裁縫針のような細い針が突き刺さっていた。

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