浮き上がる事実
悲鳴を上げた後、悪魔はさらに後退する。明らかに動きが遅くなっている――が、気を抜くことのできるレベルではない。
俺とグレンは同時に足を出し追撃を放とうとするが、体勢を立て直した悪魔の方が次の行動は早かった。
手負いながら突撃し、手刀を放つ。狙いは――俺。
「くっ!」
俺はどうにかそれを弾く。すると先ほどの魔力が残っていたせいか、弾いた衝撃だけで腕を僅かに斬った。
そこへ、グレンが迫る。先ほどと同じような戦況の中で、剣戟を放った。
悪魔は回避――しようとしたのだが、できなかった。なぜかというと、側面にフィクハが回り込んでいたためだ。
「ふっ!」
魔力を込め、彼女は刺突を繰り出す。悪魔はそれを腕で上手く防御――したが、先端が僅かに腕に入った。
「私でも、どうにか……!」
呟いた瞬間、悪魔が腕を振り剣を弾く。フィクハは後退したが、今度はグレンの剣が悪魔へ入った。今度は防御もできず、右の肩口から剣戟が決まる。
体に裂傷が生まれ、悪魔は再度吠えた。確実に効いてはいる。そこで、俺はとどめを刺すべく剣を振り下ろした。
悪魔は再度足を動かし回避――だが、遅かった。今度は左肩口から剣が入り、グレンの裂傷と交差するように傷を作る。
それによって、か細い声が悪魔から漏れ、動きが止まった。
「やったか……」
俺は悪魔をじっと注目し、やがて手先から光となって消えるのを見届けた。
「……強敵、だったね」
完全に消え、フィクハが呟く。俺が頷いて見せた後、彼女はすぐさま周囲を見回した。
「怪我している人を助けないと」
そう言って、近くに倒れていた人の介抱を始めた。
さらに、砦から騎士や魔法使いが続々と出てくる。様子見をしていた人達が砦の中から現れ始めたらしい。
そこで俺は次に何をするべきか判断するため、状況を把握しようと辺りを見る。フィクハは倒れている中で特にひどい様子の人物の治療を始めている。グレンは他の騎士達と会話を始め、リミナは俺の様子を見守っていた。
視線を流していると、置き上がったイジェトと目が合った。彼は硬い表情でこちらを見返し、俺も動きを止める。
「どうしました?」
リミナが問う。俺はどうしようか一瞬迷い……視線を逸らそうとした。
しかし、イジェトが反応。眼光を鋭くし俺の近くへと来る。
対するこちらは彼の具合を確かめる。出血等はしていない。悪魔の攻撃を受けても吹き飛んだだけで、傷は負っていないらしい。
「あ、どうも……」
俺はできるだけ波風立てないように声を発した。だが彼には逆効果だったのか、表情を険しくする。
「余裕のつもりか?」
「い、いや……そういうわけでは」
俺は首を左右に振る。間違いなく彼は、俺が心の中で嘲笑でもしていると考えている。
できればここで明確に否定して、角が立たないようにしないのだが……現状のイジェトへ何を言っても通じないような気がする。
「……ふん、まあいい」
口をつぐんでいると、イジェトは俺に背中を向ける。そして、
「いずれ、決着をつけるからな」
そう言い残して、スタスタと歩き去って行った。残された俺は、呆然とするしかない。
「見事に、遺恨ができましたね」
「だな……」
リミナの言葉にため息混じりに頷いた。やはりというかなんというか、結局何かしら因縁はできてしまうらしい。
「それで勇者様、これからどうしますか?」
俺が沈黙していると、リミナが話題を変えた。そこでひとまず考え始め、
「……シュウさんの様子でも見に行くか」
周囲を改めて見回しながら、決断する。
最初砦に入り込む前に咆哮が響き渡っていた。それはきっと倒したと思うが、もしかすると森の中に悪魔がまだ潜んでいるかもしれないし、シュウさんに攻撃を仕掛けているかもしれない。
まあ、取り越し苦労だとは思うけど……結界が壊れていない以上、無事であるのは間違いないだろうし。だが、連絡くらいはしておくべきか。
「一度シュウさんのところに行こう」
「はい、わかりました」
リミナは即答。そして俺は近くにいたフィクハにその旨を伝え、森に入ることとなった。
「ずいぶんと、しこりの残る戦いですね」
森を歩く中、リミナが俺に声を掛ける。念の為明かりは使わないと決めたので、視界は目が慣れた今も物の輪郭がぼやけて見える程度だ。
「気になる部分も多いですし……」
「そうだな。この戦いには、ラキにとって裏があるんだろうな」
答えながら、一つ大きな懸念があると気付く。
それはラキがここからどう逃げるか。隔離されている空間である以上、結界をどうこうするか、森の中に隠れてほとぼりが冷めるまでやり過ごすかどちらかになるだろう。ただ後者はグレンのようにラキを知り警戒している勇者もいるので、報告はなされるだろう。そうなってしまえば、この結界が解かれることもないはず。
と考えると、結界を破壊する以外に手段はない。実行できるかどうか不明だが、結界を構築している英雄を狙う以外に脱出する方法はない。果たしてラキに、それができるかどうか。
「戦いが終わったことを報告し、砦の方に来てもらいましょう」
リミナの言葉。うん、それなら安全か。
「わかった。それでいこう」
答えた時、森の途切れた場所が見えた。シュウはそこにいるはずだ。
「何事もなければいいんだけど……」
呟きつつ、いよいよ森を抜けそうになる。木々の間から草原が見え、目を凝らすと人影らしき人物がいるのを目に留める。
「あ、シュウさんだな」
声を漏らしつつ、いよいよ草原に出て――そこに三人の人がいるのに気付いた。
連絡しに来た騎士の人か……と思い俺は、シュウに声を掛けようとした。しかし、
「……勇者様」
リミナの、乾いた声が聞こえた。
それと同時に俺も気付く。そこにいたのは三人。シュウと、傍に控えるミーシャ。そして――
「ああ、どうも。ご苦労さま」
そう語るのは、暗がりでも顔を見間違えるはずもない――月明かりの下でもわかる、深い紫の髪を持った人物。以前見た時と、格好は変わっていた。
黒装束の、ラキだった。
「な……?」
一瞬、状況が理解できず固まる。シュウが襲われている、という様子も無く、かといって双方が睨み合っているわけでもない。両者は向かい合い、武器なども握らず会話をしているような構図だった。
「ん、ああ、レン君か」
シュウが呟く。そこで――ラキが僅かに身じろぎした。どうやら暗がりで、俺であると判別つかなかったらしい。
「ああ、すまない。状況は知っている。砦の制圧は完了したんだろ? 後は事後処理だけだね」
そんな中、何気ない会話をシュウは続ける。けれど俺はにわかに解答に近づきつつあった。間違いない、これは――
「ん、彼が気になったのか? 心配いらないよ、彼は――」
「駄目だよ、シュウさん」
次に声を発したのはラキ。途端にシュウは言葉を止め、彼に首を向ける。
「駄目、とは?」
「彼は僕の友人でね。僕が今何をやっているか全部知っている」
そう言った後、シュウは目を細め……改めて俺へと目を移した。
「……シュウさん、あなたは」
俺は呟きながら、ゆっくりと剣を構える。同時に魔力を込め、いつ向かって来てもいいような体勢を整える。
どう考えても理屈に合わない。けれど、二人が会話をしている以上、結論は一つしかない。
「そうか、誤魔化す余地はないのか」
対するシュウは嘆息する。どこかしくじったという色を含ませながら、穏やかな顔を見せていた。
「なら、仕方ないな。君を連れて来たのは、間違いだったか」
そう告げた彼の言葉で、俺は彼がラキと共謀しているのだと確信した――