悲鳴の根源
悲鳴が上がった場所は外で、俺達は急いで道を逆走。途中、声を聞きつけた騎士などが表情を硬くしていたが、混乱などは起きておらず、持ち場を守るような状況が続いていた。
砦を出ると開け放たれた門の向こう側、森に囲まれた広い空間に、その存在は超然と立っていた。
「あいつか……?」
グレンが凝視しながら呟く。俺もまたそちらへ注目し、静かに剣を構えた。
まず地面には交戦しやられている騎士がいた。生きてはいるようで、血を流しながらも呻いているのが聞こえた。
そして立っていたのは、人型の悪魔……なのだが、先ほど戦った相手とは見た目が異なっていた。
背丈は、俺なんかと同じくらいで細身。顔は目を含め全て仮面のような白い物で覆われており、表情を窺い知ることはできない
体の方は仮面と相対するように漆黒――体は服のようなもので保護されているが、手足はむき出しなのか、筋肉のような筋が見えていた。
手には白い爪が鋭く伸びている。それこそが武器なのだと理解しつつ――最後に背中に生えている真紅の翼に注目した。
「飛ぶのか、奴は……?」
なんとなく呟きつつ、相手の動きをじっと観察する。しかし、自然体のまま微動だにしない。
「できれば騎士を助けてあげたいけど」
後方にいるフィクハが言う。出血具合から死ぬことは無いレベルだが……戦う場合、巻き込んでしまう可能性があるため、救出しておきたいところ。
「お、まだ生き残りがいたか」
そこへ、背後からどこか能天気な声。イジェトだ。
「しぶといな、勝負はついているというのに」
彼はいきなり俺の横を通過すると、いきなり前に出て切っ先を悪魔へ向けた。さらに、別の勇者も数人現れて、全員が余すところなく余裕の表情を浮かべている。
「あの――」
俺は警告しようとした。けれどその前にイジェトがさらに一歩前に進む。
「おい、そこの」
さらに、面倒そうに俺へと告げた。
「倒れている騎士なんかを助けておけよ。邪魔になるからな」
悠然と告げ、合わせるように勇者の一人が「頼むぜ」と告げる。
「さっさと片付けるさ……お前達も働けよ」
待て――俺は声を発しようとしたが、イジェトが駆けた。加えて、彼と共に現れた面々も走り始める。
ここに至り、俺はこの上なく嫌な予感がした。目の前にいる悪魔は広間で戦ったものよりも気配は少ない。けれどそれは相手を油断させる――そういう意図があるためではないかと直感した。
肌で感じるのは、どこか底冷えするようなひどく乾いた魔力……警告を発しようにも、既にイジェト達は悪魔へ向かっている。後は彼らの攻撃が通用することを祈るしかない。
イジェト達が近づく。俺はひとまず倒れている人達を助けようとした――その時、
悪魔が、動いた。
「――っ!?」
誰かの呻く声が聞こえた気がした。それと同時に悪魔が、先頭を走るイジェトへ接近した。
動く過程がほとんど見えない――俺は半ば本能的に全神経を集中させ、悪魔の捕捉にかかった。
直後、悪魔がイジェトを横へ吹き飛ばす。そして彼が倒れ伏すまでの一瞬で、後続の勇者へ近づき、爪を振るった。
次の瞬間、その勇者が横へすっ飛ぶ。さらに後ろに控えていた勇者も同様の結末を迎え、やがて悪魔へ仕掛けようとした勇者達全員が倒れる。
そのタイミングで――悪魔は俺達へ視線を向けた。
来る。俺は即座に剣を構え迎え撃つ体勢をとる。それと同時に悪魔の体が揺れ、飛んだ。
知覚できるギリギリのレベルだった。瞬きをした時、悪魔が間合いにを詰め爪を振りかざそうとしていた。対する俺は剣をかざし、その一撃を弾いて見せる。
怯むかと思ったのだが……悪魔は臆することなく、すぐさま体勢を整え、俺に迫る。
途端、視界がスローモーションへと変化し、腕が再度差し向けられた。
俺は防戦する以外の選択肢はなかった。再度攻撃を弾き、一歩だけ後退する。そして、悪魔は追いすがる。
これは――どうにか反撃の糸口を見つけないと、負ける。考えながらも悪魔の攻撃を弾き、さらに後ろへ下がろうとした。
その時、俺の左右からグレンとフィクハが悪魔へ走る。何を――と思ったのは一瞬で、二人は悪魔をしかと捉え、挟みこむように剣戟を見舞った。
しかし悪魔は両腕をかざし、二人の斬撃を防ぐ。両者の剣は筋肉質な相手の腕に触れ、グレンの剣がほんの僅か、食い込んだかに見えた。
そこで悪魔は二人の攻撃を弾き飛ばし、一気に間合いから脱した。瞬間移動でもしたかのような動きに俺は瞠目しつつ、相手をしかと見据える。
感覚が元に戻る。悪魔は立っていた場所に戻り、倒れたイジェト達には目もくれず、首をこちらへ向けている。
「……さて、どうする?」
声を発したのはグレン。俺は少し考え……まず、確認を取った。
「今の攻撃、追えた?」
「私は大丈夫だ」
まず答えたのはグレン。
「こちらもどうにかいけるよ」
続いてフィクハの言葉。
「すいません、私は無理でした」
最後にリミナが言い、俺は決断する。
「それじゃあ目で追えた三人で戦う。リミナは――」
「援護できるようなら、やります」
「……無理はするなよ」
声を掛けつつ、剣を握りしめる。悪魔は様子見なのか、会話をしていてもこちらに来ない。
「で、攻撃自体が通用するかだけど」
「私は、普通にやっただけじゃちょっと厳しいね」
俺の言葉にフィクハが応じた。
「魔力を収束すればどうにかなるとは思う……ま、牽制的な意味合いになると思うから、倒すのは二人に任せる」
「わかった。グレンさん」
「ああ、こちらは大丈夫だ」
彼が応じた時――今度は俺が悪魔へ走った。相手は即座に腰を落とし、逆に待つ構えを見せる。
俺は刀身に魔力を加える。そこでブレスレットを外した方が良かったかと一瞬後悔したが……リデスの剣で強力になっていることから、下手に全力を出すと周囲に被害が及ぶ可能性がある。このままでいいと断じ、駆け、仕掛けた。
横から放った剣で、悪魔は腕をかざし上手く受け流す。
続いてグレン。俺から見ての左からの攻撃。肩へと放った一撃のようだったが、悪魔はその剣も薙ぎ払うように防いだ。
次にフィクハの攻撃――ではなく、悪魔の反撃。両腕を振り、繰り出した。
俺はそれを後退しつつ避けた。けれど、グレンは腕を弾き、反撃に転じようとする。
無謀ではないか――けれどグレンは構わず突っ込む。その時、彼の目がほんの一瞬だけ、こちらを向いたような気がした。
彼の行動を見て、俺は確信する。リスクを取って悪魔の気を引くから、攻撃しろと語っている――瞬間、魔力を剣に込めた。
それにより悪魔の動きが鈍る。俺とグレン、どちらに対応すべきか迷っているようだが、それこそ大きな隙となり、グレンをさらに踏み込ませることとなった。
彼が剣を放つ。かなり勢いのある一撃で、悪魔が腕により防いだが大きく刃が食い込んだ。そこへ、今度は俺が一閃した。大気中に発露する魔力は、ブレスレットをはめていながらも俺の方が多かった。
悪魔はグレンに押されたためか、腕で回避するのが一歩遅れ――俺の剣は悪魔の体に縦に入った。斬る感触が俺に伝わり……刹那、悪魔の甲高い咆哮が森にこだました。