戦いの後の協議
その後、現状を把握するため一度幹部達が捕らえられた部屋に赴いた。
三階奥には広間のようなホールがあり、その中央の床に魔法陣が刻まれている。そしてその中に光り輝く縄で縛られた人物が多数。二十人くらいは床に転がされており、中には年老いた人物もいた。
「ここにいるのが幹部全員、というわけではないと思うが……」
グレンは言いつつも、目前の光景に驚いている。俺もまた同様だ。恐ろしい程あっさりと、彼らを捕らえてしまった。
先ほど出会った組織の男性は、主力が外へ出払ってと言っていた――その要因もあると思うが、攻略の時間が短すぎるような気がする。無論こちらだって多少の犠牲はあったのだから、警備は皆無というわけではないはずだが――
「一つ、訊きたいのだが」
ここで、案内をしたグランドが口を開いた。
「影を、見なかったか?」
「……影?」
聞き返したのは俺。反応にグランドは静かに頷き、
「黒く、人の形をした影だ」
「……そういえば、一度見たような気がします」
二階の会議室を見て回っていた時、何かがチラリと見えた。
「それについて、何かあったんですか?」
「この部屋に侵入する寸前、背後で影が見えた。どこかに潜んでいて挟撃するつもりだったのか……そういう見解を抱き他の者達に進言しようとしたが、戦いが始まってしまった。結果的にその影が来ることはなかったので、逃げたのではと報告した騎士は結論を出したのだが」
「気になった、と」
「僅かに感じられた魔力が、強力な気がした」
「……探した方が良いかもしれませんね」
俺は呟きつつ、部屋を見回し――一つの推測を立てた。
まずラキが警備を行い、わざと手薄にした。で、幹部を守護していた者を外に出し、交戦開始。結果、組織の幹部は余すところなく捕まり、彼らは――
「逃げ出す気だろうな」
グレンが言う。俺の心の内を読んだわけではないだろうが、同じような見解らしい。
「洞窟で戦ったあの人物が、今回の戦いを誘導したのは間違いないだろう」
「私達の勝利とするために?」
今度がグランドの質問。事情を全て話したわけではないが、言葉から何か察したようだ。
「内通者がいて手引きしたと思っていたが、それも違うらしいぞ」
「何か理由があるのは間違いない。警備を担当していた人物に、何かしら利することがあったのだろう」
グレンはそう応じた後、グランドに対し踵を返した。
「あなたはここに残って監視を頼む。私達は、黒い影を追うことにする」
「ああ、わかった」
彼の言葉を聞いた直後、グレンは歩き出した。俺やリミナ、フィクハも追随し部屋を出て来た道を戻り始める。
「ひとまず、三階の部屋を当たってみよう」
「はい」
グレンの言葉に応じ――俺達は捜索を開始した。
部屋は戦った形跡があるくらいで、三階については無人であった。
調べる間に下から色々と声が聞こえ始める。窓のある一室から俺は外に顔を出すと、砦周辺に騎士なんかがうろついていた。
「森にいた騎士が砦に集まって来ているのだろう」
俺の行動に、グレンはそう解説した。
どうやら戦いは終わり事後処理が始まっている様子。懸念があるとはいえ、見かけ上はこちらの大勝利かつ、目的は達成されている。そう行動するのは至極当然と言える。
「相手の行動が不気味すぎるんだよな……」
俺は窓から目を離し、部屋を出る。これで三階は全て調査した。結果は、誰もいない。
「既に下へ行ったのかもしれないけど」
呟きつつ……それなら見張りの騎士が気付くはずだろうと思う。
「グレンさん、今度は二階を調べましょうか」
「そうだな……とはいえ」
彼は答えながらも目を細め、思案しながら口を開いた。
「下には騎士がいることから、既に調べはついているだろう。私達の出番はないだろうな」
「……あ、一ついいですか?」
そこで、リミナが小さく手を上げた。俺達は彼女に注目し、言葉を待つことにする。
「シュウさんの結界は解かれていないようですが、これはいつになったら解けるかわかりますか?」
「予定では、幹部達の身柄を拘束し、外で異常がないか判断した後だ」
答えたのはグレン。するとリミナは首を傾げた。
「異常、というのは?」
「先ほどの男性の話で、幹部を守護していた人間が出払っていると言っていただろう? その人物達が舞い戻り、結界の外でたむろしているかもしれない」
「ああ、なるほど」
「まあ、彼らが動いているという事実は騎士達も気付くだろう。後詰もきちんと来るだろうから、それによって倒されるとは思う」
「となれば、アークシェイドは壊滅、ということですね」
「見かけ上は」
引っ掛かった物言いをするグレン。それは俺も同じだった。
あまりにもあっけない結末。前線で戦っていたグランドも考えていたように、これで終わるはずがないと心のどこかで思っている。
ラキの目的は何なのか……警備をしていた以上、この決着を演出した部分もあるだろう。となれば、彼はなぜアークシェイドを壊滅させるような行為をしたのか――
「……目的が、違うのか?」
ふいに声が出た。途端にリミナ達は俺に目を向ける。
「どうしました?」
「いや……彼の目的について」
「目的?」
首を傾げるグレン。そこで俺は彼を一瞥し、話すべきか思案する。ただ考えたことを伝えるには、ラキについて話す必要があった。
彼にはラキの名前も語っていない。セシルが推測を立てていたのと同様、何かしら考えているとは思うのだが――
グレンについては、ある程度信用できると思うのでいいとして……問題はフィクハの方――まあ英雄の弟子ということで、信用はあると言っていいか。
「勇者様?」
リミナが問う。そこから俺は少し考え……やがて、
「……内密の話になりますけど、いいですか?」
そう切り出した。彼らの意見も聞いておきたいというのが話す大きな理由だった。
グレンとフィクハは同時に頷く。なので、俺はラキについて説明をした。ただ、記憶喪失云々についてはフィクハには伝えない。なんというか、念の為だ。
「――で、ここからは俺の見解ですけど……ラキ自身は、何らかの目的があってアークシェイドにいるだけで、組織自体にいる意味はないんじゃないかと」
「つまり目的が達せられたから、彼は用済みとばかりにアークシェイドを潰したと?」
「はい」
グレンの問いに俺は頷いた。
「彼が組織に対し忠誠心のカケラもないなら、この事態も納得できますし」
「ついでに、一つ利点もあるね」
次、声を発したのはフィクハ。
「アークシェイドだって、事の顛末を知れば彼らに恨みを抱くでしょ? だったら壊滅させて、後の遺恨も取り除いておこうとするよね」
「彼らにとってみれば、アークシェイドは目的を達成するための道具でしかなかったということだな」
続いてグレンの言葉。俺は心の中で賛同しつつ、だからこそ組織を壊滅させたかもしれないと思った。
「だが問題は、彼らがここからどう出るかだ」
さらに彼は言う。確かに結界を構築している以上、それを突破しなければならないはず。
「一度、シュウさんの所に行くべきでしょうね」
俺はフィクハを見ながら言う。すると、彼女は小さく肩をすくめ、
「あの人の実力は皆もわかっているでしょ? 心配いらないと思うけど――」
そう告げた瞬間、どこからか声が聞こえた。他の面々も気付いたようで、首を左右に向ける。
「今のは……悲鳴?」
フィクハが言う。そこで弾かれたかのようにグレンが走り出した。
すかさず俺も移動を開始する。どうやら戦いはまだ終わっていないようだった。