買い物をすることに
というわけで再びギルド……なのだが、ギアが情報を貰ってくるとのことで、俺とリミナは外で待っていた。
「お待たせ」
十分程で彼は戻ってきた。手には一枚の紙が握られている。
「これが詳細だ」
そう言って俺に紙を差し出す。受け取って文面を確認すると――よくわからない記号が文章のように何列も並んでいる。
こんなの読めるわけがないだろ――言おうとして、はたと気付く。
「あれ……?」
文面を読むたびに、なぜか内容が頭に入っていく――場所はラジェイン南西部にあるザシル地方。遺跡はここ数週間の間に発見され、現在は学者達が入口周辺の調査を行っている。
中は迷宮構造となっており、モンスターも生息している。魔力調査からこの遺跡は、魔王が戦争を仕掛けた時期に、この周辺を脅かそうとしていた魔族の手によって作られたものだと判明している。
――どうやら文字はわかるらしい。そこまで読んで、俺は紙をギアへ突き返した。
「大体の事情はわかった」
「おお、そうか。ちなみに資料に載っていない部分を捕捉すると、何人かギルド所属メンバーが探索に行ったが、逃げ帰って来たらしい」
「モンスターが強いってこと?」
「探索に行った奴もあまり強くないし、どうだろうな……酒場で飲んでいるだろうから、話を聞きに行ってもいいが」
「そうだな」
同意すると、ギアは確認のため俺に尋ねた。
「で、やるってことでいいのか? それならギルドにも報告するぞ」
――俺は少しだけ思案する。現状見知った内容だけでは現在の俺で対処できるか判断はできない。とはいえここで避けていても勇者である以上、何かしら戦う時は来るだろう。
「……正直、戦力になれるかどうか、わからないよ?」
だからやや不安げに、俺は問う。するとギアは笑い始めた。
「謙虚な部分は、一切変わっていないな、お前……いやいや、例え記憶がなかろうとも、お前がやられるようなことなんてないさ。それだけの実力を持っているからな。体が覚えているなら、余裕だろ」
そのセリフに対し、俺は疑いの眼差しを向けたのだが――しかし、彼の表情に変化はない。
「心配するな。俺だってやられるような鍛え方はしていない。さらに言えば、リミナさんの魔法……間違いなく、お釣りが返ってくる戦力だ」
「そう、か……」
なおも信じられなかったが、リミナもまた彼に同意するように頷いているのを見て、二人を信用しようと思った。
「わかったよ、請ける。リミナも、いいよな?」
「勇者様がお望みになられるなら」
「よし、決まりだ」
ギアは言って指をパチンと鳴らし、ギルドへ踵を返す。
「じゃあもう少しだけ待っていてくれ……いや、待った。やっぱ明日西門前に集合だ」
「何かあるのか?」
「情報は、集めておいた方がいいだろ?」
所属メンバーから話を聞く気なのだろう。俺は手伝った方が良いのか尋ねようとしたが、その前にギアが手で制した。
「お二人は、リシュアの土産を探して来いよ。あと、宿を取らないといけないだろ?」
「あ、そうか」
言われて思い出す。確かにそれらを優先させた方がいい。
「というわけで今日は解散だ。明日の集合時間は……かなり早いが、夜明け直後くらいでいいか? 距離はあるからな。一日で到着するには朝ここを出ないとまずい」
「いいよ」
承諾の声に対しギアは「頼んだぜ」と告げ、建物の中へ入って行った。
その後俺とリミナは宿を取り、買い物に向かう。
「魔石が良いでしょうね」
妥当案として、リミナはそう言った――魔石とは魔力が結晶化したもので、特殊な機具などを用いれば火を使わないカンテラや、種火を生み出すことができるらしい。
「と言っても魔石にも純度がありますから、普通に売っているのではその程度しかできませんが」
「そうなのか」
話を聞きつつ、リミナと共に一件の店に到着した。見た目は雑貨店のような何の変哲もない佇まい。大通りに面しており、街に何の違和感もなく溶け込んでいる。
「入りますよ」
リミナの声と共に、俺達は店内へ。中は見た目通り雑貨店らしく、日用雑貨の他アクセサリなども売られているのだが――
「あれか?」
目について声を出した。店の端っこには『魔石』とご丁寧に書かれた札のある机が。その上にはかご一杯に入れられた綺麗な石。
「はい」
リミナが答えると同時に、俺は近寄って手に取ってみる。色は赤や緑、紫と多種多様で、握った手のひらが魔石を通して見えるくらいに透明度がある。
そうした石が、石鹸をバラ売りしているかのように売られている光景。なんだか奇妙だ。
「これって、高いのか?」
お土産にするのだからそれなりに値が張るのか――札を確認すると額は書かれているが、どの程度の価値かわからない。ならばと周囲の雑貨に目を向ける――なるほど、確かに一個の値段が他の日用品と比べ五倍くらいある。
「こういうお店では、目玉商品みたいなものですね。これは一袋いくらという形で買うことにします」
リミナは言うと、傍らに置いてある布製の巾着袋を手に取る。そして石を一杯に詰め始める。
「大丈夫か? お金とか」
「平気ですよ」
無造作に入れていく彼女に一抹の不安を覚えたが、俺は眺めているしかない。やがてパンパンになった袋を見て満足した彼女は、それを店の奥にあるカウンターに持っていく。
「いらっしゃい」
応対したのは女主人。ちょっと横に幅の広い人物。
「これを」
「はい、どうも」
主人は嬉しそうに答えると、リミナは懐を探り――銀貨を二枚取り出した。
「これで丁度だと思いますが」
「そうですね。ありがとうございます」
主人の声を聞いた後リミナは俺に「行きましょう」と告げ、店を出た。
「今日はこのくらいですね」
外に出て彼女が言う。俺は流されるまま「そうだな」と同意し、
「宿へ戻るのか?」
「特にやることもなければ。勇者様は?」
「俺もないよ。それじゃあ早いけど戻るか」
空を見ながら言う。太陽はまだ高い。とはいえティータイムは過ぎているはずなので、直に赤くなってはくるだろう。
「お疲れでしょうし、明日は早いですから眠るのも良いでしょうね」
「わかった」
会話をしながら隣同士で歩き出す。ひとまず今日やることは終了だ。
「明日からまた旅が始まりますが、大丈夫ですか?」
途中、リミナが確認を入れる。表情は少しばかり心配そうだったが、
「ああ、大丈夫」
元気よく答えると、彼女は笑った。
「なら、安心です」
「それに、早く前のように戦えるようにしないと。いつ必要になるかわからないからな」
「そうですね。ですが、無理だけはしないようお願いしますね」
リミナがそう締めくくると、正面に手配した宿が見えた。
「これで、二日目が終わりか……」
隣にいる彼女に気付かれない程度の声音で、呟く。頭の混乱は治まっている。環境に適応し始めたのかもしれない。
そして生まれるのは勇者レンという存在。いくらか疑問点が出てきた自分自身に、今度は頭を悩ませることになりそうだった。