決戦前に
「――まず、今回の作戦について説明しておくよ」
馬車が出発した直後、天幕の中でシュウが声を上げた。
位置としては俺の右隣にリミナ。正面にシュウと、横にミーシャ。その奥には御者台へ通じる仕切りがある。
「アークシェイドの本拠地を襲撃するということだが、参戦する人数は現在のところ不明。だが、情報の出所であるアーガスト王国を始め、ナナジア王国など周辺各国が一堂に会し戦うこととなるため、人数もそれ相応だ」
「それ、敵にバレないんですか?」
シュウの言葉にリミナが声を上げた。
「アークシェイドは大きな組織ですし、構成員もかなりの数に上るかと思います。中には城の間者として入り込んでいる人間もいることでしょう」
「確かに普段ならば、大規模な作戦を決行しただけで露見するだろうな」
シュウは彼女の意見に同調。しかし、
「だが今回は特別だ……情報工作を行っていて、把握している時点では敵に動きを悟られていない」
「情報工作、ですか」
リミナはなおも疑わしげに呟く。果たしてそれが成功しているのか――顔がそう語っている。
「把握している、というのはいつの時点ですか?」
「昨日時点だよ。ま、この辺りは私の腕を信用してもらうしかないな」
「シュウさんが情報工作を?」
今度は俺が尋ねる。すると彼は何気なく「ああ」と答え、
「魔法や情報ルートを上手く利用したものだ。道中報告を聞くことになると思うけど、まあ大丈夫だろう」
楽観的なシュウ。これが彼の性格なのかもしれないが……少し不安なので、露見した時の対応策等も訊いてみる。
「もし、敵に見つかってしまったら?」
「敵が気付いているかどうかは直に戦ってみないとわからない……が、私ができる限りのフォローをするよ。今回の戦いは私達が本拠地を包囲する様な形を取るからすぐに逃げられるし、危険があるかどうかは事前に確認する。心配いらないさ」
「……わかりました」
俺は不安を拭い去ることができなかったが……リスクゼロの戦いでない以上仕方ないと割り切った。
「で、本拠地近くに到達してからが問題だ」
そこで、シュウは顔を引き締めて続きを語る。
「やり方として、各国の代表者が本拠地を囲むようにして布陣。その後、私が結界系の魔法を使用し、本拠地全体を外界から隔離する」
「結界、ですか?」
俺が聞き返す。シュウは指でくるっと円を描きつつ、
「各国の魔法使いが要所に待機し、一斉に結界を構築。私はそうした魔力を繋げて円状の大きな結界を発動させる」
なるほど……かなりの大役だ。
「そこからが君達の役目となる。結界を維持する役目を担う者以外は、本拠地の制圧を行う。騎士及び勇者達が中心となるだろう」
「敵はどうするんですか? 捕縛?」
「後方から魔法使いを控えさせ、倒した相手を麻痺か何かをさせて捕らえることになるだろう。アークシェイドの人間から、色々と情報を聞き出す必要もあるから」
俺の問いに解説するシュウ。その時ガタン、と車輪が大きく音を立てた。
「ただ、この戦法には一つ難点がある。結界を構築している時点で私達も内側に布陣するので、必然的に結界を解除しない限りは出られない」
「もしこちらが負けると……というわけですね」
今度はリミナ。シュウは頷き、彼女に視線を送りながら解説を進める。
「そうだ。後は……結界を維持する役目は私一人なわけだが……ここを狙われるとまずい」
「私が守ります」
そこへ、ミーシャが声を発した。
「シュウ様は、安心して魔法の使用を」
「わかった。頼むよ」
シュウの言葉にミーシャは深く頷く。そうした光景を見つつ、俺は彼に口を開く。
「シュウさん。この馬車はどこに向かっているんですか?」
「ん、この馬車かい? 本拠地へ直接赴くようになっている」
「このまま行くんですか?」
「そうだよ」
多少驚きつつ聞き返すと、シュウは何の気なしに答えた。
かなり性急な行動――いや、これも策なのだろう。全員が集合した状態なんてさすがに目立つと思うし。
そんな裏付けを肯定するように、シュウは続けた。
「一つに固まると、情報工作を行っていてもわかってしまう可能性があるからね。ま、念の為だと思ってくれればいい」
「予定では、いつ頃到着ですか?」
「明日の夜くらいだ。その間はよろしく頼むよ」
にこやかに言うシュウ。俺は「はい」とだけ答え、明日の夜繰り広げられる戦いを想像する。
各国から集まった騎士や勇者と共に交戦――間違いなく総力戦だろう。しかも閉鎖された空間で逃げることもできないならば、幹部が集まっているとなると相手も必死に戦うはず。
けれど場合によっては、壊滅できるかもしれない……これは派閥が違うと言っていたラキやエンスにとっても大きな痛手のはず――そこまで考え、ラキのことを伝えなければと思った。
「それで、相手の戦力なんだが」
思い至った時、シュウはさらに続けた。
「魔族と結託する以上、悪魔なんかを使役する人間もいるらしい。こちらも精鋭が集まる以上、大丈夫だとは思うが」
「――シュウさん」
そこへ、俺が声を上げる。
「アークシェイドにはかなりの強敵がいます」
「というと?」
俺はラキについて説明する。ミーシャが暴れ出す可能性があるため勇者レンの親友とは説明しなかったが、争奪戦の件を簡単に話すだけで、彼は顔をしかめた。
「ふむ、君の所持していた剣を折り、なおかつ闘技大会の覇者までも倒せる相手か」
「出てきた場合、どうしましょうか?」
「交戦は避けたいが……よし、ナナジア王国の面々に連絡を取り、事情を伝え対策を練ってもらおう。容姿とかは?」
問いながら彼は傍らに置いてあるザックからメモとペンと出す。準備ができたのを見た後、俺はラキについての詳細を伝え始める。
彼はそれをメモに取り――俺が話し終えた時「わかった」と告げた。
「警戒するよう伝える。できれば交戦はしたくないが……逃げられない以上、誰かが彼を食い止める必要はあるだろうね」
そう言いつつこちらに視線を送る。その役目を俺に任せたいということだろうか――
「レン君には、おそらく別のことをやってもらうだろう」
けれど、次に出た言葉は予想とは反するものだった。
「リデスの剣や英雄アレスの弟子……このことから考えても、前線に立つのは間違いない」
「もしその中で彼と出会えば――」
「状況に応じて動くとしか言えないな。ただ、これだけは憶えておいてくれ。私達の目的は、あくまで幹部達だ」
頭を掴むのを優先、ということか。確かに上の人間を捕らえることができれば、組織として瓦解する可能性が十分ある。
「レン君が言った相手のことは十分警戒しておく。この辺りは任せて欲しい」
「はい、お願いします」
結論が出る。そこからシュウはメモを見ながらミーシャへ伝令の指示を出した。
会話を終え、俺はふと横にいるリミナを見る。彼女は俺を包み込むような優しい微笑を浮かべていた。頑張りましょう――という言葉を視線に乗せているのだと思う。だからそれに頷いて応じた。
後は車輪の音だけが耳に入る。天幕は外と中をシャットアウトしており、外の様子を窺い知ることはできない。
そうした中、俺はこれから始まる大きな戦いとラキのことを想像した。もし出会ったならば――静かに、決意を秘めるように拳を握りしめた。