新たな展開
「すまないな。結果的にバタバタすることになって」
「いえ……」
隣を歩くシュウに、俺は首を左右に振った。
結局、あれ以後会話も無くひとまずお開きとなった。俺としても必要な情報はある程度手に入れたので、目的は達せられたと解釈していいのだが――
「けれどレン君、さっき言ったことはやった方がいいよ。君のために」
シュウはなおも告げる。俺としては、その意見に賛同する部分と賛同できない部分がある。
まず、彼の言っていることは間違いなく当たりだろう。彼とは違い、元からある名声で活動している俺にとって、勇者レンという立場はどこまでもついてくる。それはきっと、この世界で生活し続けることによって増していくのは火を見るより明らかだし、鬱屈する未来も見える。
けれど、現状の関係を壊したくない面もある……俺が勇者レンとは違うと認識した時、リミナなんかはどのような反応を示すのか。
「さて、レン君。君は今からどうする?」
ふいに、シュウが立ち止まって訊く。俺は彼に合わせるよう停止し、顔を見合わせる。
「私は明日の準備をしなければならない。それまで屋敷の中を自由に散策してもらってもいいけど」
「……いえ、このまま部屋に入って休もうかと」
広い屋敷の中を調べ回るというのも多少魅力ではあったが、なんだか疲れていたためそう返答した。
「それに、迷ったらまずいですし」
「そうか。でも確かに、探すのは大変か」
シュウは廊下を見回しながら告げる。俺は小さく笑みを浮かべ――そこで、あることに気付いた。
「そういえばシュウさん……大きい屋敷なのに、お手伝いさんとかいませんけど」
「以前はいたんだけど、泥棒騒ぎがあってからミーシャが追い出したからね」
な、なんて無茶苦茶な行動……思っていると、シュウが捕捉するように告げる。
「今は屋敷に住んでいる人はいない。みんな村からここに来て、仕事をしている」
「あ、そうなんですか」
「ちなみに今日は、ミーシャを使いに行かせていたからいなかっただけだ」
ミーシャが最大限気を払っているというわけか。まあ、目の前にいる英雄が警戒していないようなので、彼女は俄然やる気になっているのかもしれない。
「そういえば、君の方には連絡来なかったのかい?」
次にシュウは問う……のだが、急に話が飛んだので首を傾げる。
「連絡?」
「ここに来た使者は、各国の勇者に呼び掛けていると言っていたけど……あ、そうか」
彼は呟いた後ポン、と手をたたく。
「君の場合は認可されていない勇者だから、伝わっていないのか」
「あの……何かあるんですか?」
俺は気になって問い掛けた。イマイチ理解できないが、各国の勇者が集まるなんて、どう考えても平常ではないはず。
「ん、まあね……けど、これは……」
途端にシュウは言葉を濁す。
「その、一応守秘義務があるし」
「つまり、話すと協力しなければならないと?」
「それもあるけど、君が協力するとしても他の方々が納得するかどうか……」
と、言ったところで彼は俺の差す剣を眺める。
「いや、リデスの剣を見せれば一発かな」
どれだけすごい剣なのだろうか、こいつは。
「まあ、でも……わざわざトラブルに関わるような真似はしなくてもいいんじゃないかな」
「それは、そうですけど――」
ここまで言われるとなんだか気になってしまう……そういえば、ファザンクの街で出会ったイジェトという勇者も何やら言っていた気がする。各国の勇者がとシュウは言っているので、彼もそれに参加するのかもしれない。
「内容を訊いてもいいですか?」
そして問う俺。首を突っ込むのはあれかもしれないが……勇者である以上、放っておけない気もする。
「……別に構わないよ。けど、協力を仰ぐことになると思うけど」
「はい」
「明瞭な返事だな……わかった、君の意志ならば、従うよ」
シュウはそう答え、俺に説明を始めた――
それから眠る準備を済ませ、部屋に入る。あがわれた客室はシュウのいた部屋とそれほど変わらない内装で、結構落ち着く。
その中、俺は椅子に座り膝に手を置いてじっと待つことにした。部屋にはリミナを呼んである。直にここへと来るはずだ――
思っていると、ノックの音。俺が応じると扉が開き、リミナが姿を現した。
「勇者様」
「ああ、そこに座ってくれ」
言いながら、俺の対面に位置する椅子を指差す。
彼女がそこに着席し、準備は全て完了。俺は一度深く息を吸い込んだ後、話し始めた。
「夜遅くにごめん……実は、シュウさんからとある情報を聞いて、依頼を請けることになった」
「依頼?」
「正確に言うと、シュウさんが関わっている事件に俺も参加する、という形」
「参加……ですか。私は構いませんが、何があったんですか?」
首を傾げ問うリミナ。純然たる疑問という雰囲気で、感情は面に出ていない。
けれど、これから一変する。
「内容は、討伐隊の参加」
「討伐? モンスターの?」
「違う」
俺は首を横に振り、核心部分に触れる。
「最近判明したらしい……アークシェイド本部への、攻撃だ」
「……は?」
内容のためか、リミナは目を見開いて驚愕した。無理もない。俺だって聞かされた時は同じ反応をした。
「話によると、このナナジア王国に本部があるらしく……近く、アークシェイドの幹部達が本部に集まって何かをやるらしい」
「何かって……?」
「それは不明だよ。ただ……以前、アーガスト王国で魔族召還を止めたことに関係しているみたいだ。その作戦の結果得られた情報だとシュウさんも言っていたから」
語りながら討伐作戦を思い出す。俺やリミナはほとんど戦わなかったが、あれで結構な人数を捕まえたのは記憶している。
「シュウさんは推測として、幹部達が一度集まって、今後のことを検討するんじゃないかって言っていたよ」
「……なるほど、それに参加ですか」
リミナはどこか納得した面持ちで言う。俺は頷き、さらに見解を述べる。
「俺の疑問としては、この騒動が果たしてラキと関係あるのかどうか」
「関係……? アークシェイドである以上、関係あるのでは――」
と、そこまで言ってリミナは口元に手を当てる。
「そういえば、事の顛末を聞いた時王子も言っていましたね……穏健派と、強硬派について」
「ああ。前の事件と関連しているのなら、今回は強硬派が中心となって集まっているだろう」
「そうですね……とはいえ、幹部が集まるのなら、彼が現れてもおかしくないと思います」
「だよな……」
もし遭遇した場合、こちらに勝てる要素がない。けれど、放っておくこともできない。
「まあ、そういう理由だよ……寄り道の寄り道となってしまうけど、仕方ないよな」
「はい。私達も関わりがある以上、向かうべきだと思います」
言って、リミナは微笑む。
「大丈夫ですよ、勇者様が負けるはずがありませんから」
「……ありがとう」
俺は彼女に礼を告げ――同時に、彼女が俺をどう見ているかを思い出す。
どう見ているも何も、彼女は俺を勇者レンとして見ている。それは当然であり、意思が変わってしまった俺を見ているわけではない。
何も話さなければこれがずっと続く……思った時、シュウの言った通りだと思った。俺は間違いなく、悩み続けるだろう。永遠に、勇者レンの亡霊に追われ続けるだろう。
考え、背筋がぞくりとなった。間違いなく、恐怖している。
そして単純に、嫌だと思った。
「……なあ、リミナ」
だからからなのか――俺は半ば無意識に声を出していた。
「はい?」
返事をするリミナ。その瞳の奥にいる人物が自分ではないと理解した時――俺は、半ば衝動的に話し始めた。