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旅の目的とは

「久しぶりだなぁ。元気にしていたか?」


 言いながら近寄る男性は、俺よりも上背で一回り大きい人物だった。


 オレンジに近い太陽の色をした髪色に加え、日焼けしたガタイの良い体により健康的な雰囲気を出している。格好は無骨な鉄製の胸当てに、剣を背中に背負っているのか柄が肩の上から伸びていた。

 一目見て、スポーツジムのインストラクターでもしていそうなイメージを抱く。


「リミナさんも相変わらずお綺麗で」

「はい、どうも」


 言われたリミナは柔和な笑みで応じつつ、彼に問う。


「ギアさんは仕事の帰りか何かですか?」

「いや、ちょっくらベルファトラスまで観光に行った帰りだ」

「ベルファトラス……? 闘技大会はまだ先ですよね?」

「通常でも闘技場は開いているからな。興味深い対戦カードがあったんで見に行っていたんだ」


 俺を他所に話を進める二人。とりあえずわかったことは目の前の男性の名はギアで、仕事ではなく観光のため街を離れていたという点。


「で、そっちは仕事の帰りか?」


 彼――ギアは俺に顔を向け尋ねる。


「前会った時は二つ目の依頼を受ける寸前だったな? あれからどうした?」

「……今は三つ目の依頼をこなしたところだよ」


 返答する。ギアは「そうかそうか」と言いつつ、俺の両肩をバンバンと叩いた。


「働きもんだな、お前は。もうちょっと力抜けよ」

「あ、ああ……」


 話を合わせるために頷いたつもり――だったのだが、相手は途端に眉をひそめた。


「なんだ? 今日はずいぶんと控えめじゃないか?」

「そ、そうか?」


 答えながら胸中ではどうしようか悩んでいた。

 知り合いとはいえリミナの口上からあまり関わりがない人物だと予想はついた。なので、取り繕って対処するというのも、角が立たない一つの方法だ。


 俺はリミナの顔を窺う。彼女はこちらに対し頷く。それで理解した――話しても良いのではないかと言う意思表示だ。

 再びギアへ向き直る。彼は表情を変えず、俺の様子をつぶさに観察していた。


「何かあったのか?」

「……驚かないで、欲しいんだけどさ」


 前置きする。ギアは「ああ」と相槌を打った。


「俺……今回の仕事の途中で記憶を失ったんだ」


 直球を投げてみた――というより、上手い言葉が思いつかなかったためそうした。


 直後、ギアの表情が困惑に変わる。そして口を大きく開け――


「は?」


 一言。うん、無理もない。


「そう返答するのは最もだと思うけど、本当に何も憶えていないんだ」


 俺は相手の目を見ながら続けた。すると、彼はリミナへ顔をやる。


「ほ、本当なのか?」


 問われたリミナは、はっきりと首肯した。


「はい。実際私の名前も憶えていませんでしたから」


 聞くと、再び俺に視線を転じる。さらに目を白黒させて――唐突に、叫んだ。


「マ、マジかよ!?」

「あ、ああ」


 その声に驚きながら俺は頷く。そこでギアは口を開け呆然となった。


「そういうわけだから……頼むよ」


 最後に俺は言う。対するギアは力なく笑い、俺の右肩に優しく手を置いた。


「そうか……お前も大変なんだな」


 なんだか安い言葉で結論付けられたような……まあ、気にしないでおこう。


「いいぜ。じゃあ店にでも入るか」

「いいけど、俺達は昼食済ませたぞ」

「丁度ティータイムの時間だろ? 茶でも飲めばいい」


 そう言うと、彼は踵を返した。


「いい店を知っている。記憶を失くしたお前にとびっきりうまい茶を飲ませてやるよ」


 ギアは告げると、案内を始めた。






 店は大通りから一本逸れた路地にあった。レンガ造りの隠れた名店、といった佇まいで、実際出されたケーキと紅茶は美味しい。


「起きたら急に……か」


 説明をすると、反対側に座ってステーキランチを食べるギアはそう感想を漏らした。ちなみに俺とリミナは隣同士で座り、彼女が窓側。


「原因不明だな……起きたら記憶喪失なんて、病気でもないだろう」

「そうだとしても、治す余地はないだろうな」


 俺は返事をすると紅茶を一口飲んだ。


「で、仕事を終え、家を借りていたリシュアという村にお礼に行くことにした」

「そうかそうか。なるほど。物品選定くらいは手伝ってもいいが?」

「そのくらいはリミナと協力するよ。大丈夫」

「……そうか」


 ギアは神妙な顔つきで、俺のことをジロジロと見る。


「なんだよ」

「いや、さ……見た目は一切変わっていないな」

「記憶が飛んだからといって、外見まで変わらないぞ?」

「そりゃそうだが……記憶を取り戻す目処はあるのか?」

「無いな」


 即答するとギアは腕を組み、何事か考え始めた。


「うーん……残念だな。次会った時事情を訊こうと思っていたんだが」

「事情?」


 彼の言葉に俺は首を傾げる。


「事情を訊くって、何かあったのか?」

「いや、大した話じゃない。記憶を失うまでのレンは、旅の目的なんかを明かしていなかったからな。酒でも飲み、腹を割って話そうかと計画していただけだ」

「目的……」


 確かに言われてみれば、目的が不明瞭だ。


「リミナ、何か知っているか?」


 試しに彼女に問うてみた。すると、


「……私は話しても構いませんが」


 ちょっと言葉を濁した。顔を向けると、ギアのことをチラチラ窺う彼女の姿。


「勇者様のことですから、他の方にお話しなかったのは理由があるのかもしれません」

「……いいよ、別に。話してくれ」


 何か考えがあったのかもしれないが――今は情報を集めるべきだ。

 俺の返答に、リミナは「わかりました」と応じ話を始める。


「とはいえ私も詳しく知りません。聞き及んでいるのは『英雄アレスを探す』ということだけです」

「アレス?」

「魔王を倒した英雄だな」


 答えはギアから来た。


「そうか、記憶がないからこの世界の実情も理解していないのか。じゃあ簡単に話してやるか」


 彼は言うと、俺に対して解説を始めた。


「ざっくり言うと、魔王が神々と戦争し神々側に人間達も加わった。そして最後魔王を打ち倒したのが、英雄アレスだったわけだ。それが今から、二十年くらい前の話だ」

「本当にざっくりだな……ともあれ、俺は魔王を倒した人を探しているのか」


 目的を知り――同時に深読みしてみる。ここでゲームならば、俺は英雄アレスの息子で、なぜか行方不明になった父を探しているという発想になるのだが――


「あの、勇者様が英雄アレスのご子息というのは、自ら否定していましたよ?」


 しかし、リミナが口を挟んだ。


「私も目的を聞いてそう指摘したのですが……」

「ああ、なるほどな」


 俺はなんとなく、勇者レンの考えを理解した。


「つまり、そうやって追及されるのが嫌で言わなかったんだろう」

「俺みたいに勘ぐる奴がいるからな」


 ギアがここぞとばかりに言ってくる。彼も同じことを考えたようだ。


「英雄アレスを探す旅か……確かに彼は戦争終了後からいなくなっていて、伝説が生まれているな……と、ちょっと待った」


 言葉を止め、ギアは俺に対し質問する。


「そういえば、戦闘とかはできるのか?」

「一応体に染みついているらしく、草原とかにいたモンスターは倒せたよ。全力には程遠いだろうけど」

「てことは、今後苦労するかもしれないわけだな」

「そうなるな」


 答えると、ギアは突如ニヤリと笑う。


「それじゃあ、ちょっとばかり訓練しないか?」

「訓練?」

「以前の力量だと楽勝レベルだが……今であれば丁度良いだろう」

「何をする気だ?」

「ダンジョン探索だ」


 ダンジョン――俺はひとまずリミナの顔を確認する。


「どうする?」

「話だけは聞いてもいいのではないでしょうか」


 彼女が言うと、俺はギアに「わかった」と告げる。


「よし、じゃあ決まりだな……実はラジェインに向かっている最中新たな遺跡が見つかったという噂を聞いた。それで協力者を探していたんだ。加えて、二人の目的地であるリシュアも通り道だ。丁度いいだろ?」

「……とりあえず、話を聞いてからだな」


 俺が応じるとギアは「もちろん」と答える。


「じゃあ食事を終えて、ギルドに向かおう」


 そう提案し、彼はステーキの征服にかかった。

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