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異世界来訪の理由

「まずは、私の経緯から話そう」


 机を挟み、向かい合って座るシュウが声を上げる。


 時刻は夜を迎え、今は夕食を済ませた直後。食事の時は配慮してくれたため彼から質問攻めにあうようなこともなく、始終彼がリミナへ魔法関係の話題を持ち出すことで無難に済ませられた。

 その後、俺はミーシャによって淹れられたポットを持ち彼の部屋へと訪れた。ちなみにリミナは「まだ本を調べたい」との要望でミーシャが付き添い図書館へと赴いている。


 部屋の中は壁際に本棚、ベッドとその傍らに机。そしてテラスへと続く窓に青い丸テーブルが一つとそれほど家具も無い部屋。俺はその丸テーブルに備えられた椅子に座り、彼の言葉に耳を傾けている。


「まず確認したいんだが……私は夜寝て起きたらこの世界に来ていた。君も、同じかい?」

「はい」


 頷く俺。シュウはそれを見て「わかった」と応じた。


「なら、その辺りの説明はいらないな……私はいきなりこの世界に来て、わけもわからぬまま地方領主の息子として生活を始めた。その辺の話は蛇足になるから省くけれど……そうした中、この世界が魔王に蹂躙されようとしているのを知った」

「それで、戦ったんですか?」

「ああ。私のことは誰かから聞いているかもしれないが……この世界のシュウという人物は、魔王を倒せる器としてかなり期待されていたらしい。それもあってか、私は恐怖を感じながらも持てる力を振り絞り、戦いに身を投じたよ」

「よく、決心されましたね……」

「消えていく村や街を見て、戦わなければという使命感が生まれたのかもしれない……他には、魔王という存在が眼前に差し迫っていたから、やらなければという気持ちもあった」


 語りながら、シュウはどこか遠い目をする。過去の情景を思い起こしている様子。


「ま……その辺りの詳しい説明も省くよ。本筋とは関係ないからね」

「はい」


 俺は了承。多少は気になったが、今はこの世界に来たという事実を聞く方が先だ。


「で、魔王を倒しこの屋敷で暮らすようになって……魔王を倒して一年くらい経った時かな? とある夢を見たんだ」

「夢?」

「全く同じ顔をした人物に、礼を言われる夢」


 首を傾げる俺。するとシュウは小さく笑みを浮かべ、


「その人物は、自分こそがこの世界にいたシュウだと名乗っていたよ」

「……え?」

「最初、それは単なる夢だと思った。けど、彼から話を聞く内に本当の彼なのだと、私は確信した」

「夢の中に、ですか……」


 呟くと、シュウはここからが本題だと言わんばかりに深く頷いた。


「まず、話によると……彼は、魔王との戦いに恐怖していた。死ぬのが怖かったと、心底嘆いていたよ」


 言うと、シュウは苦笑する。


「そうした中、彼は戦いから逃れる方法を探した。けれど仮病を使うなど馬鹿げたことはすぐにバレるだろうし、死ぬのが怖かったため自殺するわけにもいかない。そうして彼は魔法に逃れる術を求め……やがて『星渡り』という名の魔法に辿り着いた」

「星渡り……?」


 なんだか壮大な名前だが……疑問を伴った視線を向けていると、シュウが答えを述べる。


「夢の中で彼が語ったことによると……異世界にいる、自分自身とまったく同じ存在との意識を入れ換える魔法らしい」

「……は?」


 入れ換える? 俺は目を丸くさせつつも、耳だけは彼の言葉を聞き続ける。


「夢の中で出会った彼は、以前私が着ていた学生服姿だった。彼の意識は私が元いた世界にある……そういうことをする、魔法なのだと思う」


 衝撃的な内容だった。となれば、勇者レンも俺がいた世界に意識が飛んでいるということなのだろうか。


「その中で、彼は色々と話した……戦いたくないという思いに駆られ、どこか平和な世界へ行きたくて、魔法を使った。次に目覚めた時、あまりにも違いすぎる世界だったわけだが……どうにかやれていると語っていたよ」


 シュウはそう言った後、目を細める。


「彼の話によると、星渡りの魔法を使った当人は、夢を介して断片的にだがこちらの光景を見ることができるらしい。彼は私が戦っている姿を見て、心底驚いたらしいよ」

「そう、ですか……勇者レンも……」

「おそらく同じ魔法だろう。ならばこうして話している姿も、彼には見えているかもしれない」

「なら、俺達が会う可能性だってあるわけですね」

「そうだね」


 優しく答えるシュウ。俺はどうにか頭の中で説明を噛み砕きつつ、一つ質問をした。


「元の世界に、帰る方法は?」

「……わからない」


 シュウは首を左右に振る。


「使った当人も一度は戻ろうとしたらしいが、できなかったそうだ」

「現状、戻ることは難しいわけですね」

「帰りたいかい?」

 問われる。そこで俺は口をつぐんだ。


 訊かれれば、確かにその思いはある。けれど、この世界にやってきて生まれた目標や、勇者レンとしての謎を追っていく内に、それらを解決しなければいけないとは思っている。


「まだ、やることがありますから」


 だから、シュウへそう返答した。その結果、


「それが終わったら、帰る道を探すのかい?」


 さらに追及される。俺はちょっと口ごもりつつ、


「その時は、その時で考えます」

「そっか。わかった。すまない、変な質問をして」


 シュウは苦笑しながら応じ、続きを話し始めた。


「勇者レンについてだけど、私の疑問はどこで星渡りの魔法を知ったのか、という点だ。シュウの場合はこの図書館の蔵書の中に含まれていたからだけど……ま、この辺りは彼が君の夢の中に現れるのを待つしかないか」

「ですね」


 俺は同意し――シュウは突然優しげな笑みを浮かべる。


「で、ここで一つ提案がある」

「提案?」

「誰かに、この事実を話した?」


 問いに、俺は首を横に振ることで応じる。


「いえ。そもそも信じてもらえないでしょうし」

「それもそうか……けど、私は誰かに伝えるべきじゃないかと思うんだよ」

「え?」


 俺は驚き、彼に聞き返した。


「なぜ、ですか?」

「理由は君の心の中にある」


 意味深な発言。けれど俺は理解できず沈黙するしかない。

 それから少しして――シュウは具体的な内容に踏み込んだ。


「自分がどれほど活躍しても、それはあくまでこの世界にいた勇者レンの功績にしかならない……それに、君は(うれ)いているはずだ」


 鼓動が大きく跳ねた。まさしく、以前疑問に感じたことだった。


「私も英雄と呼ばれるようになってからずいぶんと悩んだからね。けれど私の場合、名が知れ渡るようになったのは私自身が戦うことを決めた点もあったから、それほど苦痛にはならなかった。けど、君の場合は違うだろう?」

「……はい」


 深く頷く。その通りだった。


 俺は現在も、体に眠る勇者レンの記憶を頼りに戦い、勇者レンの功績に基づいて色んな人に目をかけてもらっている。この屋敷に入ることができたのも、ルールクが勇者レンを認め渡したリデスの剣があったからだ。


「この世界に残るのだとしても、いつまでもそれがついて回るだろう。だから、君に対し信頼を置いている人くらいには、話すべきなんじゃないかと思う」

「けど、それは……」


 俺はリミナの顔を浮かべながら言葉を濁す。話すとなれば間違いなく彼女。けれど俺が勇者レンじゃないとわかったなら、どうなってしまうのか――


「君が抱く憂いを解決するには、それしかない。決断するなら、早い方がいいよ」


 シュウはさらに告げる。けれど俺は何も答えられす、頭の中でリミナの顔を浮かべながら、無言となることしかできなかった。

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