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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
魔法使いの英雄編

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同じ故郷を持つ英雄

 自慢、という言葉から俺は屋敷をくまなく案内するのかと思ったのだが、違った。シュウが俺達を伴い訪れたのはなんと地下だった。

 客室から廊下に出て一度玄関ホールへ。そこからやや幅の狭い廊下を進んで扉を抜け、今度は螺旋階段に到達。それを下りさらに一枚扉をくぐると、左右に下る階段。そして眼下に見えたのが――


「わあ……」


 リミナが感嘆の声を漏らし、俺は呆然と立ち尽くした。

 そこは至る所に明かりが灯された図書館――ファンタジー映画で出てくるような、本で埋め尽くされた巨大な空間が広がっていた。


「これは先々代……つまり、私の祖父から集められたものなのだが」


 俺達が沈黙していると、シュウが声を上げた。


「私が英雄となったことで蔵書数が一気に増えたな……実を言うとこの部屋の規模も倍近くになっているんだ」

「倍……ですか」


 俺は呻くように呟く。

 口で言うのは簡単だが……目の前の図書館は幅、奥行き、高さ全てが広大で、一体何冊あるのかわからない。


「あの、何冊くらいあるんですか?」


 質問すると、シュウは顎に手をやり、


「うーん……数えたことないから具体的には言えないけど……百万から二百万の間くらいじゃないかな」


 とんでもない数を言い出した。


「これ……全部読んだんですか?」

「まさか。ここで私が行っているのは本の保護だよ」

「保護?」


 聞き返すと、シュウは広大な図書館を見下ろしながら頷いた。


「魔王との戦争の時、街や村が襲われ……図書館だって多くの被害を受けた。そうした中、私は焼け残った蔵書なんかをここで一時保管するようになったというわけだ」

「ああ、なるほど」


 文化保護ということか。それなら倍近く増えたというのも納得できる。


「ただ、英雄となってから、噂を聞きつけたか蔵書がここに送られてきたケース等多々あって……街に返した本なんかも多くあったんだけど、結局数自体は変わっていないな」

「そうなんですか」

「ああ……それじゃあ、ちょっとばかり散策してみる?」

 問いに、俺とリミナは同時に頷いた。


 階段を下りて、図書館の中を歩く。その中で隣にいるリミナは時折立ち止まり、何やら本の背表紙を眺める。

 対する俺は彼女が立ち止まるタイミングで周囲を見回す。ちなみに本に書かれているというタイトルは魔法なんたらとか、魔物云々とか。あとは国名に記録とかいう文字が躍っているものもある。置かれているジャンルは割とバラバラらしい。


 そうした俺達の様子に、シュウは口を開く。


「手にとって見てもいいよ……と、そういえば従士さんの名前を聞いていなかったな」

「あ、はい。リミナと申します」


 彼女は自己紹介を行いつつ、指で本棚を示し確認する。


「えっと、本当によろしいんですか?」

「構わないよ。頁をめくると魔物が飛び出してくるなんて本はないから安心して」


 笑いながら話す彼。リミナは頷きつつ、一冊本を手に取りそれをパラパラとめくり始めた。

 その光景をどこか微笑ましく見るシュウ――なのだが、傍らにいるミーシャがえらく不機嫌なので、彼の笑顔によって場を和ます効果は七割減くらいだ。


「……ん、どうした?」


 そこで視線に気付いたシュウが問う。俺は「何でもありません」と答え、何か手に取ろうかと思案する

 けれど、興味をひかれるものもない――と、こちらの態度に気付いたのか、彼は突如手を打った


「そっか、君は勇者だし、こんなところはつまらないかな」

「いえ……そんなことは」

「ん、そうだな。じゃあ私達が戦った魔王にまつわる書物なんかどう?」


 提案しつつ、手で前方を示す。


「後はそうだな……戦記系の小説なんかも置いてあるけど」

「……拝見させて頂いてもいいですか?」

「いいよ」


 俺の言葉にシュウは了承。そして隣にいるミーシャへ顔を向け、


「リミナさんを見ていてくれ」

「……しかし」


 彼女は躊躇った。どうも俺とシュウを二人にしておきたくないという様子。


「大丈夫だよ」


 シュウは意を汲んだのかそう答え――次に、多少目つきを鋭くした。


「それとも、もしゴタゴタがあって、私がどうにかなると?」

「……滅相もありません」


 ミーシャはそこで頭を下げた。


「わかりました。リミナ様にお付きします」

「頼むよ。さ、行こうか」


 瞳の強さを戻し、シュウは俺に言う。こちらとしては先ほどの眼光にちょっとビビリつつ、移動を開始した。


「頭が固いんだよ、ミーシャは」


 途中、彼は世間話をする風に語り始める。


「それまでも多少は警戒していたんだけど、泥棒の一件があってから君達のような人を追い払うようになってしまったんだ」

「はあ……そうですか。それで問題とか出なかったんですか?」

「王様からの使者を追い返しそうになったなぁ」


 かなり大事な気がするんだけど、大丈夫なのか?


「ま、とりあえず問題は表面化していないし」

「……シュウさんが良いというのなら、何も言いませんけど」


 ただ、俺と対峙していた様子だといつか人を斬り殺しかねない気がする……ま、その辺を俺が気にしていても仕方ないか。


「お、ここだ。着いたよ」


 そこへシュウの声。場所は図書館の中でも隅。見ると確かに戦記系の小説らしきタイトルが並んでいる。


「この辺は私の所有物だから、面白そうなものがあれば持っていってもいいけど」

「あ、はい。ありがとうございます」


 言いつつ俺は本に手を伸ばそうとして――ふと気付く。

 計らずして二人となった。これは、事情を話す絶好の機会。


「……シュウさん」


 なので、手の動きを止め彼に声を掛ける。


「ん、何?」

「ルールクさんの店で……サインとかを見せてもらったんですけど」

「サイン……? ああ、あの決意表明のやつか」

「はい」

「私のが気になったのかい? あれは異国の言葉で――」

「日本語……ですよね?」


 少し怖々としながら問い掛けた。次の瞬間、俺の言葉にシュウは眉根を寄せる。

 やがて――訝しげな視線を見せた後、


「……あれが、わかるのか?」

「はい。『勇気をずっと胸に』と書かれていましたよね?」

「……そうか」


 彼は間を置いた後、俺に質問を行う。


「君はもしかして、それを問いたいがためにここへやって来たのか?」

「はい」

「そうか……今は記憶喪失ということで周りには通している、といったところかい?」


 ――自分がそうであったように、と暗に語っているのを理解しつつ、俺は首を縦に振る。


「なるほど……ちなみに、ここに来てどのくらい?」

「一ヶ月と、少しです」

「一ヶ月……そっか」


 シュウは一度大きく息をつく。そして、


「日本語なんて言葉、この世界に来てから初めて聞いたよ」

「では……やっぱり……あなたも」


 確認するように言った俺の言葉に、彼は深く頷いた。


「そうだ。私も日本……君と同じ場所からやってきた……二十年も前に」


 彼の言葉を改めて聞いた瞬間――俺はなぜか目元が熱くなった。自分でも意味がわからないまま俯き、泣きそうになるのを堪える。


「事情は、いくらでも聞きたいだろう。けど、もう少し落ち着いてから色々と話すべきだろうな」


 シュウはその中で淡々と語る。俺はそれに応じることができず……ふいに、肩へ手を置かれた。


「わけがわからないまま旅をし続け、ここに辿り着いたんだろう? 私は先人として、色々と教えてあげるよ」

「……ありがとう、ございます」


 絞り出すような声。そこで顔を上げ――彼は今までの苦労を包み込むような微笑を浮かべていた。


「そうだな、夕食の後にでも話すとしよう。それまではゆっくりしていてくれ。気になって仕方ないかもしれないが」


 シュウが言う。俺はすぐにでも知りたいという欲求を抑えつつ……静かに頷いた。

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