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屋敷前の騒動

 屋敷へ着くまでに三日というのは、大体正鵠を射ていた。予定よりも少し速いかなというペースで進んだ結果、三日目の昼には目的の屋敷へと到着した。


「で、これか……」

「ですね……」


 俺は目の前にある屋敷をちょっと呆然となりつつ見上げる。

 周囲は田畑がある農村。その中に場違いな程巨大な屋敷が一つあった。


 事前に聞いた話によると、元々ここは英雄シュウの郷里らしかった。彼の父親が地方領主であり、目の前の屋敷は彼が魔王と戦った後、新たに建てた屋敷だそうだ。

 で、目の前の屋敷は――白い外壁と青い屋根。そして窓の数から五階建てだとわかる、田舎じゃなくても目立つだろうという圧倒的な佇まい。門と玄関の間は当然庭園があり、敷地を囲うようにレンガ造りの壁が存在している。


 そして俺の視界から右方向には塔のように高い建物が屋敷とくっついている存在している。俺達はそれが目印だと言われ、実際ここに来るまでにそれを参考にしてきたのだが……なんというか、


「想像以上ですね」


 リミナが呟く。俺は小さく頷きつつ、閉めきられた門へと目を移す。

 黒塗りされた門は鉄製らしく、触れると冷たい感触が伝わってくる。外から中を窺うと、人はいない。庭園には綺麗な薔薇なんかが咲き誇っているので、手入れをする人くらいはいてもよさそうなものだが。


 試しに門を押してみた。鍵はかかっておらずあっさりと開き、俺達を中へ通そうとする。


「……リミナ、どうする?」


 俺は隣にいるリミナに尋ねる。


「入れるみたいだけど人はいないし……」

「敷地に入るのも躊躇いますよね、これは」

「そうだな。けどここで待っていて人が来るとも思えないし……」


 言いつつ俺は周囲に視線を巡らす。屋敷から進める道は三本あり、直進方向には村が見えている。

 村の辺りには動いている人が豆粒のように見えるのだが、こちらに来るような様子は一切ない。


 ちなみに俺達は村を通らずまっすぐこの屋敷へ来た。それが門から見て左の方向。


「一度村に行って、事情聞いてくるか」

「そうですね」


 リミナは同意。ということで俺達は村へと進もうとしたのだが――


「……あ」

「ん?」


 リミナが声を上げ、そちらを向く。彼女は俺達が来た方角を見ていた。

 視線を転じる。そこには、黒いローブを着こんだ女性がこちらへ歩んでくる光景があった。


「英雄シュウのお弟子さん、とかでしょうか?」


 格好を見てリミナが呟く。確かに黒いローブなんて村の人が着るとは思えないし、遠目から醸し出している雰囲気も、普通の人とは違う気がする。

 俺は女性を観察にかかる。髪は栗色のショートカット。ローブですっぽりと体を覆ってはいるが、手先や顔からわかることはとても白い肌であるという点。さらにせわしなくこちらへと歩む姿は、神経質そうに見える。


 彼女は地面に目を向けているせいかこちらに気付いていない。なので、彼女が来るのを待つことにする――やがて、近づいたとき相手は頭を上げた。顔立ちがはっきりと見え、茜色の瞳を持っていることがわかった。


「あ、あの」


 先んじてリミナが声を発し、一歩前に出て女性へ呼び掛ける。


「すいません、突然のご訪問で申し訳ないのですが――」


 そこまで言った瞬間、女性が突如跳んだ。その行動にリミナは驚き、ほぼ同時に俺は女性から魔力を感じ取る。

 何を――思いながら殺気を感じ、俺は腰の剣を鞘ごと引き抜いて、リミナの前に立った。


 直後、眼前で女性が拳を放つ。その所作に心底驚きながら、俺はどうにか鞘で一撃を受けた。

 農村に場違いな破裂音。それと共に衝撃が腕に伝わり、数歩後退する。その間にも女性から立て続けに拳が振るわれ、俺はどうにか防御する。


「ちょ、ちょっと!」


 リミナの声。そこでようやく女性の動きが止まる。仇でも見るように眼光鋭く睨んでから、一歩大きく後退した。


「何者?」


 構えながら、女性にしては低い声で問う。敵意を込めた眼差しをしており、とても真実を話して信用してくれそうには見えないのだが――


「あ、あの、英雄シュウをお訪ねしたく思いまして」


 リミナが告げる。対する女性は目力を一切変えないまま口を開く。


「挑戦者か?」


 端的な物言い。ん、どうやら俺達を英雄シュウ狙う何かだと考えているようだ。


「いや、近くを通りがかったので是非会いたいと思っただけで……」


 彼女の言葉に俺が応じる。ついでに両手を上げて敵意がないことを示す。


「英雄シュウは、ご在宅でしょうか? その、もしよろしければ――」

「帰れ」


 強い口調に、俺の口が止まる。


「もしこの場に留まるなら、始末させてもらう」


 始末とまできた。俺は即座にリミナへ視線を送る。彼女は動揺しきっているのか、俺と女性を交互に見やり、


「え、えっと……? あの、私達は――」

「問答無用」


 待たないつもりらしい。俺は即座に視線を戻し、女性の状況を確認する。

 瞬間、彼女の両腕から魔力が発露。どうやら体術系統の魔法が使えらしい。


 膨れ上がる魔力に、さすがの俺も剣を抜こうか思案する。話を聞く気がまったくないようなので、一度おとなしくしてもらう方が得策だろうか。

 だが……俺は新たな剣で戦ったことがない。彼女は魔力により腕を保護しているが、この剣が強力なのは明白なので、下手をすると出力を誤って腕ごと斬ってしまうかもしれない。前の剣なら使い慣れていたため調整できたはずなのだが――


 怖い想像をしていると女性が再び襲いかかってくる。俺は退避のオプションを頭に浮かべつつ、拳を鞘で受けた。

 再び破裂音。けれど先ほどよりも衝撃が大きく、反動であやうく吹っ飛びそうになる。強い――


「ゆ、勇者様!」


 そこへリミナの声。俺は大丈夫だと答えようとして……突如女性は攻撃を停止した。


「……勇者?」


 そして、声。勇者、という言葉に反応したらしい。


「あ、はい、そうです」


 俺は再度両手を上げながら応じる。この反応から、きっと正直に話した方が良いだろうと思い、


「勇者、レンといいます」


 名を告げた。すると、


「……ほう」


 なぜか、感嘆の声。


「勇者……レン。本人か?」


 ――証明する手立てはないのだが、俺は必死にコクコクと頷く。


「そうか」


 態度は変えず、女性は納得したように声を発した。


「シュウ様を倒し、さらに名を上げようとするわけだな」

「……は?」


 まさかそういう方向に話を――反論しようとした矢先、俺は硬直する。なぜかと言えば、


「いいだろう。その名を、へし折ってやる」


 彼女が悪魔が乗り移ったかのような嬉々とした笑みを浮かべていたためだ。


 やはり、名を出せばこういう展開がつきまとうのか。いや、この場合名を出さなくとも似たような結果だったかもしれない――もっとも、女性がこんな笑みを向けてくることはなかっただろう。

 魔力が、さらに膨れ上がる。俺は背筋を寒くさせながら本能的に剣を抜いた。こうなったらこちらも最大出力で魔力を発し、相手の戦意を挫くしかない。


「やる気になったな。ならば正々堂々……準備が整うまで少し待ってやる」


 女性が告げる間に左手で鞘を腰に差し、なおかつ右手のブレスレットを外す。女性は発言通り悠然と構えている。

 俺はブレスレットをポケットに入れ、魔力を込めようとする。それに反応したか、女性は歯をむき出して笑い――


「はい、二人とも待った」


 男性らしき声が、俺達へと飛んできた。

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