勇者との決闘
「すまん。あいつのことをよく思っていないから、つい売り言葉に買い言葉であの場でレンにやると言ったんだ」
今更謝られても、もう遅い。
現状、俺は剣を抱えつつ店の前に立ち戦う気満々のイジェトと対峙している。で、こちらがちょっと待ってくれと呼び止め、ルールクと話しをしている。
「で、ルールクさん。一ついいですか?」
「ん、何だ?」
「決闘までの流れはもういいです。目立ちたくないと言っておかなかった俺にも問題があったと思うので」
「話すようなタイミングもありませんでしたけど」
横からリミナ。確かにそうなのだが、ひとまず話を進める。
「それはまだいいんですけど……」
言いながら、辺りを見ながら続きを話す。
「この人達は、何ですか?」
――俺がそう尋ねている原因は、向かい合った直後くらいから周囲に人だかりができ始めたことに関係している。
一体どこにいたのかと思うほどの人数が詰めかけ、俺達とイジェトを囲んでいる。中には「早く始めろ」とはやし立てるような声から、中には「革鎧の傭兵に銀貨1枚」とか賭けまでやっている声がする。
「いやあ、ここの連中はこういうのが好きでな」
対するルールクの答えはひどくあっさりとしたもの。
「昔からこの辺では一本の剣を巡ってしょっちゅうこんなことやってたんだよ。魔石含有の剣というのは稀少性が高いから、強力なものだと二度とお目にかかれないような場合がある。そこで傭兵達もどっちが剣を使うにふさわしいか決めるのに、こうして決闘をやっていたわけだ」
日常こんなことやってたのか。
彼の話す内容は、おそらく魔王と戦っていた時の話だとは思う。きっと今より傭兵や勇者が多かっただろうし、強力な剣を求めるのも理解できる……のだが、
「で、今日久しぶりにそういう光景が見られるようだと、こぞって集まってきたわけだ」
彼の一言に、俺はがっくりとうなだれた。
なんというか、なるべくしてなったという感が強い。俺が剣を放棄すれば解決するのかと一瞬考えたが――
「釘刺しておくが、剣をやるなんて言うなよ」
読んでいたのか、ルールクは口を尖らせた。
「経緯はあれだが、俺はレンに持ってもらいたいと思って渡したのは確かだ」
「……わかりました」
そこで、俺も覚悟を決めた。面倒事を回避したい点はあるが、彼が俺に渡した以上、責任を持つべきだ。
というわけで俺は会話をやめ、既に剣を抜き放ち右手に握るイジェトへ目を向ける。
「やる気になったようだな!」
声が飛ぶ。瞬間、俺達を囲む野次馬達から歓声が上がった。
「特別に、お前にその剣を使わせてやる。それで俺が勝てば文句ないな!」
「……わかったよ」
やむなく承諾し、抱えていた剣を腰に差し、抜く。
直後、握りしめた柄の先から魔力が伝わってきた。それに少しばかり体を強張らせつつ、まず刀身を確認する。
色は白銀で、何一つ目立った所がない。鞘といい剣の柄といいごくごく普通の代物。しかし柄を握った腕から魔力が伝わり、それがこの剣の力を物語っている。
「勇者様」
その時、リミナが俺へと呼び掛ける。
「ブレスレット、外した方がよろしいのでは?」
――言われるまで、忘れていた。
俺は右手首にはめられているブレスレットを見る。そして外そうか迷い……周囲に人だかりができていることから躊躇した。
このまま戦えば力が制御できず最悪周りの人に――そう考えると二の足を踏む。
「どうした?」
その時、イジェトが尋ねた。同時に早くしろと言わんばかりに剣を素振りし始める。
「ああ、いや……」
「ん、何か事情があるのか?」
と、今度はルールクから声が。俺はそれに苦い顔をして――ひとまず彼に相談してみる。
「記憶喪失なのは話したと思うのですが、実は――」
「……ふむふむ、なるほど」
ルールクは相槌を打ちながら俺の説明を聞き、納得したような表情を見せる。
「なるほど。本気を出すと周りに被害がいく可能性か」
彼はそう呟き、俺の言葉を飲み込むためか何度か頷くと、
「レン、剣の腕に自身はあるか?」
唐突に、訊いてきた。
「え?」
「剣の腕だよ。魔力強化くらいは必要だと思うが……その辺に自信は?」
再度訊かれ――俺は洞窟で争奪戦をやったことを思い出す。
あの件で俺は結構戦えていたはずだし、何より剣技の応酬でセシルと多少ながら打ちあうことができた。
俺はふいに正面に立つイジェトを観察する。技量の程はわからないが……なんとなく、洞窟で出会ったセシルやグレン以下だろうと推測する。相手は険悪な態度を発しているが、セシルのような怖いものを感じないというのが、大きな理由だ。
「……たぶん、いけるかと」
「よし、任せとけ」
ルールクは告げると、イジェトへ向き直る。
「おい、イジェト」
「何だよ」
「お前の実力は、俺も多少ながら知っている。その上、イジェトも彼の話ぐらいは知っているだろう?」
そう言って、俺のことを手で示す。
「だからさ、ここで本気出されると俺達が巻き添え食らうだろうな。だから今日の所は、魔力強化程度に留めて剣術で白黒つけてもらおうじゃないか」
ルールクは言うと、野次馬達へ呼び掛ける。
「皆も、それでいいな?」
同時に歓声や熱狂の声。同意という意思表示のようだ。
「というわけだイジェト。お前としては腹立たしいかもしれないが、今回はそれで勘弁してくれ」
「わかったよ」
彼はあっさりと同意。そして剣をピタリと止め、
「準備はいいのか?」
「ああ」
俺は頷き、ゆっくりと一歩前に出る。
対峙する俺とイジェト。それにより野次馬達はさらにヒートアップし、血を見ないと気が済まなそうなくらいの様相を見せる。
熱狂の空間内で俺はじっと相手を窺い、意識を集中させた。それによりイジェトを除いた視線が気にならなくなり、喚声も耳から外れ静かになっていく。
「それじゃあ」
その中、イジェトの声だけは明確に聞こえた。
「始めようか――」
告げた直後、イジェトの体が消えた。
「っ!?」
俺は驚きながら魔力を探知――そして、屈みつつ突進を仕掛けるイジェトを捉えた。
開始の宣言後、体を沈めたことにより見失ったようだ。けれど俺は彼が剣を振る前に気付き、放たれた斬撃を見事に弾く。
「やるね」
イジェトは声を上げつつ、足を止めることなく俺の背後へ回ろうとする。
速い――頭で認識しながらどうにか彼を目で追いつつ、右足を軸にして回転する。そして立ち位置が反対となった時、彼は姿勢を低くしたまま二撃目を放った。
下段からすくい上げるように放つ剣戟に、俺は後退しつつ剣で防ぐ。するとイジェトは執拗に食い下がり、一撃決めようとさらに踏み込む。
俺はそれも退避しつつ剣で防御。下からの攻撃に戸惑いつつも、目で確認してから対応できるので直撃はしない。
速いことは確かだが、セシルと比べれば――そういう感覚を抱きつつ、なおも来る剣を受け流す。
そこで、イジェトの顔が僅かに険しくなった。苛立ちを含んだ顔……どうやら倒すことができず焦燥感を抱いているようだ。
ならば――俺は腕に力を込め筋力を強化。同時に放たれた斬撃を、今度は受け止めた。
「何……?」
イジェトは目を見張り、双方の動きが停止。剣が噛み合い俺は押し返そうと力を加える。
「くっ!」
イジェトが反応。先ほどの顔とは異なり、苦しそうに顔をしかめた。
俺はそこで手応えを感じ、さらに力を加える。結果、俺の剣がイジェトを突き飛ばすように押し切った――