鍛冶師
出てきたのは、俺と同じような黒髪をした細身の男性だった。
年齢は、三十代後半くらいだろうか――いや、なんとなく若作りしているようにも見える。長袖の上着に革のベルトが着けられた白いズボンを着ているが、一瞥するとかなり衣服が汚れている。色が染みついて取れないのだろうと思いながら、今度は顔を観察する。
やや面長で、無精ひげを生やしている。特徴としてはそのくらいだ。
「あ、えっと……」
俺は男性が現れてすぐさま声を上げようとした。しかし、相手がこちらを見返し「おお」と呟くと、
「レンか。久しぶりだな」
――俺、固まる。
え、ここに来たことがあるのか、ひょっとして。
「いつぶりだ……? 紹介で剣を渡した以来だから……」
と、彼は顎に手をやりながら考え始める。
「駄目だ、上手く思い出せん」
「ああ、はい……お久しぶりです……」
俺はちょっと動揺しながら返答し――男性は、顔をしかめた。
「おいおい、敬語なんてやめてくれよ。どうしたんだ?」
「あ、いや、何でもない……よ」
狼狽えながら言う俺に、男性は訝しげな視線を送る。
「なんか様子が変だな?」
さらに追及が来る――その時、リミナが俺と男性の間に割り込んだ。
「あ、あの……」
「ん……? おおっ!?」
男性はリミナに視線を送り、二度見した。ここに至り彼女の存在に気付いた様子。
「あんたは?」
「勇者様の従士をしている、リミナと申します」
「従士!? そうかそうか」
どこか感心する風に男性はうんうんと頷き、リミナへ顔を向けつつ口を開く。
「自己紹介をした方がいいな。俺の名はルールク。ここでしがない鍛冶屋を営んでいる人間だ。一応、レンのその剣を作った人間でもある」
と、俺が腰に差す剣を手で示す。
「で、俺の所に来たということは、剣がどうにかなったか?」
「あ、はい……」
頷きつつ、ルールクへと剣を渡す。彼はそれを抜き放ち、刀身が半ばから両断されている剣を見て、驚く。
「これはまた……ずいぶんと派手にやったな」
「はあ……」
「結構気合を入れて作った一品だったと記憶しているが……相手はかなりの腕前だったようだな」
ルールクは語り、俺はラキのことを言及しようとした――が、そこで口が止まる。
そもそも彼は俺のことをどの辺りまで知っているのか。砕けた口調で話し掛けるとなると、少なからず親しい関係なのか……いや、初対面のリミナにも同じような接し方なので「敬語なんて使うな」と客に言って聞かせているだけかもしれない。
いや、でも俺の顔を覚えているということは、何かしら関係が……そこまで考えて、英雄アレスと何かしら縁があることから、つてか何かでここを訪れたのかもしれないと思った。
「ところで、先端部分はどうした?」
「これです」
考える間に問われ、俺はストレージカードを取り出す。ルールクは札を見て手を差し出すと、それを渡す。
「直りそう?」
「できないことはないが……魔石含有の剣を打ち直すというのは、かなり時間が掛かるんだよな」
ルールクは剣と札をカウンターに置くと、解説を始める。
「普通の剣ならどうにでもなる……だが、これは魔石が刀身の中に含まれていて、そうそう元通りとはいかない」
「どれくらい時間が掛かる?」
「刀身に含まれる魔石量によって変わるなぁ。お前さんの持っている剣の量は……どうだったかな」
呟き、彼は頭に手をやり悩み始める。
「少なくとも、生半可な量じゃなかったはずだ。ほら、レンはアレスの紹介で来ただろ? だから力作を渡した――って、どうしたんだ?」
ルールクはびっくりした様子で俺に尋ねる。当然だった。こちらが絶句して、彼を凝視していたためだ。
英雄アレスの紹介――そして、勇者レンとも関わりがある。問題は、彼に詳細を訊くかどうか。フィベウスへ行けばわかる情報なのかもしれないし――
俺はリミナと視線を合わせた。彼女もまた同じ結論に達したらしく、大きく頷き、
「訊いておいた方がよろしいかと……目的地へ行っても、手に入る確証はありませんし」
「わかった……ルールクさん」
「おう……って、さん付けはやめてくれよ」
「教えて頂きたいことがあるんです」
俺は彼の言葉を振り切り、丁寧に語る。
「様子が変だとお気付きかと思いますが……実は――」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ルールクは俺の言葉を手をかざし制した。
「矢継ぎ早に言われてもわからん。そうだな……立ち話もなんだし、中に入って茶でも飲みながら話そう」
と、彼は剣と札を手に取ると俺達へ背中を向けた。
「中に入ってくれ。散らかっているのは勘弁してくれよ」
そう言って奥へと引っ込んでいく。
俺とリミナは再度目を合わせる。沈黙が生じ、やがて声を発したのはリミナだった。
「どうやら、有力な情報が得られそうですね」
「……みたいだな」
俺は頷き、さらに視線を重ねた後、ルールクの後を追うべく足を踏み出した。
奥は作業場と生活の場が扉によって区切られており、俺達はキッチンが併設する居間で椅子に座る。そしてルールクが淹れた紅茶を飲みつつ、説明を行い――
「ほう、記憶喪失か」
「はい」
返事をすると、ルールクは膝に手を置いている俺に対し苦笑する。
「前とずいぶん雰囲気違うから調子狂うな……まあいい。で、俺に情報を?」
「はい。何か知っているご様子なので」
「知っているというか……確かにリデスの剣を作った絡みで、英雄アレスやレンと関わりがあったのは間違いないな」
頭をかきつつ、ルールクは応じる。
「だが、俺が知っていることは少ないぞ? 把握しているのは、レンが英雄アレスに剣を教わっていたということと、同郷だということくらいだ」
――ここに来て、ようやく確固たる情報が手に入る。
「レンは以前、アレスの紹介状を持参してここに来たんだよ。俺も英雄と色々と縁があったから、紹介状に従い剣を渡した」
「以後、俺が訪れる様なことはなかったんですか?」
「なかったな。風の噂で勇者をやっていて、活躍しているとは聞いていたが……」
ルールクはそこで紅茶に口をつけ、話が途切れた。
彼の所作を見ながら、ふと思い出す――以前、リミナの友人であるクラリスが言っていた話だ。
勇者レンと同郷の人物が、功績を聞いて暗い顔をしていた……その人物が本当に俺と関係しているなら、何かしら理由があるはず。けれど、ルールクは功績について言及しても反応が無い。
とすると、勇者レンの持っている核心部分を知ってはいないだろう。まあ、俺が英雄アレスの関係者であることが確定したので、ここは良しとすべきか。
「わかりました。ありがとうございます」
「いや、いいさ……英雄アレスの弟子なら、俺としても十二分に縁がある。何かあったら頼ってくれ」
と、言いながら彼は壁に立てかけた俺の剣を見やる。
「で、だ……剣についてだが時間が掛かる。正直、似たような剣を新調した方が値段も時間も掛からないのが俺の結論だ」
「そうですか……そういう剣ってありますか?」
「作らんといけないな。とはいえ今のレンは前とは能力も違うだろう。それなら違う特性の剣を使った方がいい」
「わかりました」
「ま、その辺は知り合いということで安くしてやるよ……多少だが」
「ありがとうございます」
礼を告げるとルールクは笑う。そして、
「それじゃあ剣を選ぶとするか」
言って、彼は席を立った。