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謁見をします

「えっと……」

「そう固くならないでください」


 隣を歩くリミナが言う。俺は頷きつつも、体に力が入るのを抑えられなかった。


 踏みしめる赤い絨毯と、白で統一された幅の広い廊下。そして高い天井は、否応なしに緊張させる。異世界に来てまだ二日。そんな状況でこうした境遇になるとは、夢にも思わなかった。


「あくまでご報告ですから、国王も簡易的に済ますでしょうし、大丈夫です」


 リミナが続ける。俺はなおも頷いたのだが――強張ったままの体に気付いたのか、彼女は苦笑した。


 ――俺は今、アーガスト王国首都、ラジェインにいる。山から転移した先は城門前。正面には分厚い城壁に囲まれた城下町があった。


 本当は観光の一つでもしたかったのだが、リミナが「先に報告を」と言うので従った。城下に入るとファンタジー世界と言わんばかりの中世的な街並みが広がっており、それを歩きながら眺めるだけでも興味深かった。しかし門から真正面に位置する城に近づくにつれて、鼓動が速くなってきた。


 そして城に入り、最高潮に達したわけだ。


「わかっているんだけどさ……」


 俺はかろうじてリミナに答える。


 口数が少なくなるほど肩に力が入っているのにはきちんと理由がある。一番は粗相がないかという点。何より俺は一昨日まで高校生をやっていて、こんな世界を知らなかった。知らぬまま何かしてしまうのでは――そういう危惧が心にあった。


「な、なあリミナ」


 俺は不安を隠せず彼女に問い掛ける。


「記憶がないの、バレたらまずいよな?」

「そうですね」


 リミナは神妙に頷いた。


「ですが不用意な発言をしなければ露見されませんよ。勇者様、依頼のご報告に参りましたとだけ告げて頂ければ、私がどうにかします」

「わかった」


 頷くと――いよいよ正面に、玉座に繋がると思しき両開きの扉が。高い天井に届かんばかりの赤いそれは、俺に威圧感を与えてくる。


 両脇には門番らしき兵士が一人ずつ。彼らはこちらに一礼すると、扉を開けた。その先はまたも赤い絨毯と、奥に五段ほどの階段――そして、玉座。その上に法衣らしきものを着た男性。


「進んでください」


 リミナが指示する。俺は小さく頷き歩を進める。


 中は太陽の光が差し込んでいる上、魔法による照明のため相当明るかった。玉座の周辺、階段下には大臣らしき初老の男性と、鎧を身に着けた騎士がいる。両者と目が合うと、俺は首をすくめそうになる。


「堂々と、胸を張ってください」


 リミナが助言する。俺は彼女だけが頼りだと言わんばかりに、胸を張る。

 その状態で階段前まで来ると、隣のリミナが立ち止まる。俺も合わせて停止すると、真正面から声がした。


「礼はよい。そのままで構わない」


 国王からの声。俺は内心安堵した。礼一つでも作法があると思っていたので、省略できて幸いだ。


「……依頼のご報告に、参りました」


 そして俺は、国王を見据えながら告げた。

 彼は赤い法衣に、たくわえられた白いひげ。そして何より金の王冠と――これほど典型的な人は今日(こんにち)のゲームでは見ないというくらい、まさしく国王だった。


 俺の言葉に続いて、今度はリミナが話し出す。


「残っていた方々の御見送りをいたしました。親族を頼るとのことです」

「そうか……ミファスの者達であったので心配だったのだ。私からも礼を言わせてもらおう」


 国王が告げると、リミナがゆっくりと頭を下げる。俺も横目で確認すると即座に頭を下げた。だ、大丈夫だろうか。タイミング的に若干遅れたけど、怪しまれていないだろうか。


「うむ、報酬はそなた達が利用しているギルドに託しておる。ご苦労だった。下がってよいぞ」


 言われると、リミナはこちらに聞こえる程度の声で「行きましょう」と告げる。俺はすぐさま踵を返し歩き始めた。

 手と足が同時に出そうになりながら、どうにか大扉を抜ける。やがて後方で扉の閉まる音が聞こえ――深いため息をついた。


「……ボロは、出なかったよな」

「はい」


 リミナは律儀に答えると、俺に対し微笑んだ。


「良かったですよ。違和感はありませんでした」

「それなら何よりだ……」


 再度ため息をついた後、軽く伸びをする。ようやく緊張が解け、体が楽になる。


「次はどうしますか?」

「……次、か」


 彼女の問いに、俺は歩きながら思案する。


「とりあえず、報酬を貰いに行くか」

「わかりました」

「その後は……あ、そうだ」


 一つ思い出す。そういえば、リシュアにお礼をしに行かないといけない。


「リシュアのお礼の件は?」

「ああ、それもありましたね。街で何かしら購入して、お礼に参りましょうか」

「そうだな」


 答えた時、城を出た。ちょっとばかり高い場所に建てられた城からは、城壁に囲まれた街が見下ろせる。

 それはまさしく、想像でしか描けなかった幻想世界だった。


「……すごいな」


 ゲームの中にいるような気がして、感嘆の声を漏らした。するとリミナが不思議そうにこちらを見る。


「何かありましたか?」

「え……ああ、いや、綺麗な街だと思ってさ」


 誤魔化すように答えると、改めて足を動かし始めた。


「まずは報酬の受け取り場所だけど……国王はギルドと言っていたよな?」

「はい。私達が利用する仕事の斡旋所です」

「今回の仕事、国がそういった場所に依頼したのか?」

「いえ、私達を見つけ直接依頼してきました。報酬はギルドに、というのは勇者様がお願いしました。あまり城の人達に見られたくないと」

「俺が?」


 聞き返す。リミナは頷き、さらに続けた。


「勇者様は人前に出たがらない性分だったので。今回の謁見も大臣と騎士のお二方だけでしたよね? 何度も国から依頼を受けて、歓待されるのを拒否していたためです」

「そう、か」


 聞きながら、疑問に思う。どうやらこの勇者は、目立った行動をしたくないらしい。


「それについて、理由とか知っているか?」

「いえ、何も」


 首を振るリミナ。どうやらこれ以上は調べないとわからないようだ。


「わかった。とりあえずそこに向かおう」

「はい」


 話はまとまり、彼女の案内によりギルドへ向かった。






 道中受けた説明によると、ギルドとは冒険者ギルドとのこと。ちなみにここでの仕事は三つ目らしい。


「はい、これが報酬だ」


 机に向かい事務作業をしている眼鏡を掛けた男性から、袋に入れられた報酬を受け取る。なんだかちょっと(よど)んだ空気の室内で、俺は「どうも」と答え出口に向かった。


「また頼むよ」


 男性の言葉を背に受け、俺達は外に出る。袋は結構な重さと金属的な音を鳴らせている。


「中々の額ですね」


 音でわかるのかリミナが言う。俺は白昼だったが、一瞬だけ袋の中身を見た。確認できたのは金貨が一枚。そして銀貨が十四、五枚程度。


 金と銀なので高そうに思えるが、相場がわからない。


「金貨一枚と、銀貨が十枚超えるくらいだな」

「あの依頼内容ならば、破格の金額ですね」


 リミナはどこか満足そうに言う。俺は「そうか」と応じつつ、お金について言及する。


「で、こういった報酬って普段どうしていた?」

「勇者様の依頼なので、全て持つよう再三言っていたのですが……なぜか折半していましたね」

「じゃあそれでいいかな」


 俺は言うと袋をザックに入れた。さすがに通りでお金を渡すのはまずい。

 そして左右を見る。そこは城に続く大通りの一角。目の前には旅人や馬車が行き交い、盛況だった。


「じゃあ今度は、お礼の品探しだな」

「はい」


 承諾するリミナの声を聞くと、俺は歩き出した――のだが、


「おーい」


 どこからか声が聞こえた。


「今、誰かの声が……」


 見回すと、リミナも視線を漂わせる。すると――


「あ、いました」


 彼女が先んじて見つけ、指で示した。その方向――城門側の道から、一人の男性が手を上げ歩んでいた。


「あれは?」

「ここのギルドメンバーの一人です。一度貨物警護の仕事をして、よく話すようになりました」


 説明を受け、俺はにわかに色めき立つ。知り合い――初めて見知った人物と、会話をすることになるようだった。

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