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シフト  作者: 鳩梨
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ゆめ


 夕食を終えて少しの休憩の後、大浴場で入浴を終えて部屋に戻ってきたあたしは、

「負けた……。年下に……。う、うう」

 両手を床に、またもや項垂れていた。

 お風呂は寄宿舎の、なんと地下にあった。

 地下があるのも驚きだが大浴場の豪華さには開いた口が塞がらなかった。

 もお、大きいのよ。映画とかで見る王族の大浴場みたいに大きいし豪華。マーライオンが口からお湯をダバダバはいてたのよ。はじめて見たぞ。マーライオン。

 けど、そんなことはどうでもいい。問題は、そこでの出来事よ。

 モミジちゃん。あたしより胸があった……。カナエちゃんとあたしは大差ないけど。いや、そのこともショックだわ。同い年や一つ下ならまだしも。二つくらい下の子と胸囲が大差ない。そしてモミジちゃんはあたし以上……。

 へこむわ……。すんごいショック。泣きたい。むしろ泣いた。あたしの胸ペッタンコだもん……。う、うう……。

 そう言えば、ほんの数時間ほど前からあたし項垂れてばっかりだ。どーでもいいけどさ。

 そのモミジちゃんは自分の部屋に戻っている。意外と胸のあることを指摘するとなんだかすごい恥ずかしそうにしてたのが以外だったな。

 俯いて胸を隠していた姿が思い出される。

 妙に達観した風な感じがあるからああいう少女らしい仕草は――。

 ……なんだ。今何を思いそうになった? ちょっとおかしいぞ、あたし。

「はぁ……」

 あたしは溜め息をつくといきおい良く顔を上げた。

「牛乳をたくさん飲もう! 嫌いだけど」

 グっと拳を握りそんなどうでもいい決意をあたしが固めていると、カナエちゃんが挙動不審になっているのに気付いた。

 なんかね。ひどくおろおろしてるのよ。椅子に座っていたかと思うと立ち上がってみたり。歩き回ってみたり。

 そんなことを周りでカナエちゃんがしていたのにもかかわらず、今まで落ち込んでいたのだから、あたしのショックとペインの深さが窺えるというものだろう。

 まぁ、それはいいや。これ以上考えると余計に落ち込む。

 ほぅら……。また気が落ち――てないから。落ちないし、落ち込まない!

「どうしたの、カナエちゃん」

 あたしは気を持ち直すようにカナエちゃんに声をかける。さすがに、このまま放っておくことは出来ないし。

 カナエちゃんは若干迷った風にしたあと、机の上に置いたホワイトボードに何やらきゅっきゅと書いて渡してきた。


『笑わない?』


 例の達人並みに達筆な文字でそんな不安げなことが書かれていた。

「笑わないよ」

 あたしが微笑みながらそう言ってあげると、じ、とあたしを見た後にまた何か書き出した。


『寝るとき、電気消さないで』


あ、そっか。暗いのダメなんだっけ。忘れていたそれを思い出す。たしか、暗所恐怖症。

「いいよ」

 あたしが軽くあっさりそう言うと、カナエちゃんはほっ、と安心したようだった。

 あたしはベッドが二階だし、電気ついたままだと寝難いかもしれないがまぁ、いいや。あたしは寝つきがいいほうだ。自分でもわかるくらい。だから、夜も深く目を瞑れば勝手に寝てしまうだろう。そんなもんだ。

「それだけ? 他にもあるなら遠慮せずに言ってね」

 一応、あたしはそう訊いておく。なんか他にも恐怖症を持ってたから念のためだ。一々覚えてないし。てか、一度聞いただけで耳慣れない恐怖症を全て覚えるなんてちょいと無理だ。

 把握しておいてあげればいいのだろうけど。

 カナエちゃんは考え込むようにした後、首を振った。無いということだろう。

「そっか」

 モミジちゃんに聞いた話では消灯時間は二十二時半。現時刻は二十一時ちょいすぎだからまだ少し時間はある。あるけど、今日は長時間の電車の移動とか、重い荷物を片手に迷子になったりとか、その他色々あって結構疲れている。

 早いけど、もう寝よう。

「カナエちゃん。あたしはもう寝るね。さすがに疲れたし」

 あたしがそう言うと、カナエちゃんはこくこく頷き、


『おやすみなさい』


 とホワイトボードに。

「ん。おやすみ、カナエちゃん。夜更かししちゃダメだぞ」

 あたしは冗談めかしてそう言うと、うつ伏せになり目を瞑った。

 さすがに、仰向けだと電気がまぶしくて目を瞑っても寝れない。うつ伏せだからって苦しくなるほど胸も無いしな。あははは……はぁ。

 なんか、すごい空しい。

 そんなつまらないことを思いながら、あたしの意識は徐々に薄れていく。やっぱり、身体はずいぶんと疲れていたらしい。



『いいかい。ソノちゃん』

 やさしげな微笑を浮かべる男の人が、目の前で何かをしている。

『モノにはね、魂が宿ったり宿らなかったりするんだ』

 かちゃかちゃとその男の人の手元からはそんな音がする。それはとてもリズミカルで、テンポがいい。

『うーと、うーと……。どっちなの?』

 男の人の禅問答みたいな台詞に、舌足らずな幼い女の子の声がそう訊ねた。

 一生懸命になやんだけど、答えは出なかったらしい。

『どっちなんだろうねぇ』

『?』

 どっちともつかない、そもそも答えになっていない男の人の台詞に、女の子は首を傾げた。

 かちゃかちゃ。

『あっ。わかった! 魔法だ』

 女の子の明るい声。絵本で読んだ魔女がブリキのおもちゃに命を吹き込んだのを思い出したらしい。

『じゃあ、僕は魔法使いだね』

 そう言う男の人の手元からは、かちゃかちゃという音がやんでいた。

『ほら、よぉく見てて』

 男の人がそう言ってかちゃかちゃといじっていたモノから手を、そっと放す。

 すると――。

『わあわあ! すごい。生き返った!』

 かたかたと音を立てながらそれは動き出した。

 それは、お茶運びのからくり人形。

 ――あたしの、大好きだったお友達。

 女の子は嬉しそうにはしゃぐと、男の人に抱きついた。大きな手が、女の子を受け止めた。

『ありがとー。おにいちゃん』

『どういたしまして。……けどね、この子はもう、歳なんだ』

 男の人の――おにいちゃんの悲しそうな声。

 女の子はその言葉の意味がわからないらしく、そんな悲しそうなおにいちゃんの顔を不思議そうに見る。

『ううー。としってなぁに?』

『おじいちゃん。てことだよ』

 女の子は、おじいちゃんだと言われたからくり人形を見る。

 彼は、おさない男の子の顔をしていた。

『まだおとこのこだよ』

 友達を馬鹿にされたと思ったらしく、女の子は頬を膨らませてそう言った。

『はは。そうだね。けどね。この子は、ずうっと昔から居るんだよ』

『むかし?』

『そう。ソノちゃんが生まれる前から』

『わあ! すごいね』

 顔を輝かせて羨望の眼差しで、女の子は彼を見る。彼は今、休憩している。

『そう。すごいんだ。だから、少し、お休みさせてあげよう』

『おやすみ? どれくらい?』

『そう、だね……』

 男の人はそう言うと少し悩んで、

『ソノちゃんが、小学生になるくらいまで、かな』

『しょう……? それって、すぐ?』

『うん。すぐだよ』

『そっか。なら、おやすみさせてあげる。ばかんすにいくといいよ』

 女の子はすこし残念そうな顔をすると、すぐに明るい顔になりそう言った。

 それを聞いた男の人は、なぜかとても複雑そうな顔をしていた。

 ………………。

 …………。



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