感動した
そんな風にあたしが項垂れ悶えているとなんとも良いタイミングでノックの音がした。
誰よ?
とか微妙な頭で投げやり気味に考えているが入ってくる気配が無い。どうやら几帳面にも返事を待っているらしい。
あたりまえか。この部屋の住人は現在在室しているのだから。
ああ、もう。ホントしっちゃかめっちゃかだわ。まとまれ脳!
そんなやつ当たりなんだかなんなんだかわからないことを考えながら、ドアを開けるとそこには先ほど無情にも出て行ったモミジちゃんがいた。
「さっきぶりです、ソノ先輩。どうです? カナの機嫌は直りました?」
「あー……。とりあえず、入って」
あたしはそう言うとモミジちゃんの返事を待たずにさっさと部屋に入れた。いまだベッドで呆然としているカナエちゃんをどうにかできるのはモミジちゃんだけだ。あーもう顔が熱いったら。
「あれ? カナはまだご機嫌斜めなんですか?」
ベッドにうつぶせに倒れこんでいるカナエちゃんを見て 苦笑気味にそう言うモミジちゃんにあたしは首を振る。
モミジちゃんは首を傾げるとカナエちゃんのもとまで行った。
あたしは下手なことはせずモミジちゃんの手腕に期待しようと思う。
「カナ、どうしたの?」
カナエちゃんは顔を枕にうずめたまま横にあるホワイトボードを取り寄せると、きゅっきゅと何事かを書き出した。どうやら顔を上げる気が無いらしい。
むぅ。そこまで恥ずかしかったか。
実を言うとあたしはもうそこまで恥ずかしくない。なぜなら先ほどの行為を不可抗力という言葉を装備することでそれに納得したからだ。偉大なり言葉の魔力。……結構無理があるとか言うのは無視。
「あー……」
モミジちゃんはホワイトボードに書かれた文を読むと、なぜかあたしのほうを見て苦笑しながら何度か頷いた。
なんだ? あたしの場所からはモミジちゃんの影になってホワイトボードに何が書かれているかは見えない。しかたなく近寄ってみることにした。
『おしたおされた。』
そう書かれていた。
いやいや。間違っちゃいないが絶対に誤解されるからそれだけだと!
「ソノ先輩も……」
「“も”って何!? 違うから。いや、違わないけど、そうじゃないから!」
だからモミジちゃん。そんなやっぱりみたいな顔であたしを見ないで。冤罪だから! あたしはノーマルだから。
「カナエちゃんも! そんな誤解をうむようなのはやめて!」
あたしの叫びにカナエちゃんは枕に顔をうずめたまま、きゅっきゅと書き足していく。
『だってじじつだもん』
「いや、確かにそうだけど! けど、もうちょっと捻って。モミジちゃんも! なんでそんなわかってますよ、みたいな顔してんの!? 違うからね!?」
ああもう。なんなのさ。静観してようと思ったけど、無理! このままだとあたしはそっちの人と認識されちゃう! 全くの誤解なのに。
カナエちゃんはホワイトボードの文字をペンのお尻で消すと、再び文字を書き出した。
『たべられるかとおもった』
「ソノ先輩って、意外と手が早いんですね」
「なんでよ……」
あたしは頭を抱えた。ダメだ。痴漢が痴漢行為をやってないと言うのと同じくらい、あたしの言葉は信用されてない。カナエちゃんは意図的になのかそうでないのか知らないけど、誤解を生んでやまないことを書くし……。
もう、やだ……。
あたしがブルーのさらに先へと落ち込もうとしていると、またまたきゅっきゅとホワイトボードに文字を書くペンの音が聞こえた。
もう、勝手にして。とか投げやりなことを思いつつも気になってそれを見る。
『けど、いがいとやさしいかも』
そう書いたホワイトボードをモミジちゃんに押し付けると、カナエちゃんは壁際の方へ移動しそのまま壁とにらめっこをはじめてしまった。
「よかったですね」
モミジちゃんはふっ、と笑むとあたしにそう言った。
なんか無性に恥ずかしくて、あたしは何も言えずに口笛を吹いてみたりした。口からは変な空気の音がしただけだった。
夜である。いや、夕方か。
とにかく夕食の時間なのだ。
あの後、モミジちゃんは何をするでもなくベッドの柵に背をあずけてぼんやりとし、カナエちゃんはいつの間にか寝てた。
あたしは特にすることも無いし、モミジちゃんに話し掛けようにもなんか話し掛け難い雰囲気をかもし出していたので、しかたなく持参した文庫を読んで時間を潰した。
ちなみにジャンルはちょいとカルトの入った伝奇である。特に意味は無い。あたしは何でも読む方なので好き嫌いは無いのだ。――いや訂正。嫌いなのあった。BL系とか言うの。アレはダメ。論外。あんなの読むくらいだったら電話帳を読破する方がまだいい。あんなのを読む奴等の気が知れない。
そんな風にそれぞれ時間を潰していると、すぐに夕食の時間になった。
あたしとモミジちゃんは中々起きてくれないカナエちゃんを起こすと、一緒に食堂まで行った。
夕食は寄宿舎の二階にある食堂で取る。
食堂はかなり広くてバイキング形式になっていた。種類は結構豊富だ。
「今日は洋の日みたいですね」
モミジちゃんの言う通り、全て洋だった。ううむ。さすが。何がか知ら無いけど思わずそう思ってしまう。この寄宿舎の雰囲気とかのせいだろうな。きっと。
「ほら、カナ。ちゃんと見て決めないと」
カナエちゃんはまだ寝ぼけているらしく目をこすっている。足取りはしっかりしているのに。
あたしはそんなカナエちゃんを微笑ましく見ながら、サラダを皿に乗せていく。
無事にカナエちゃんとモミジちゃんも自分の食べるモノを皿に取ると、いい感じに誰もいないテーブルにつく。
食堂にはあまり人がおらず、あたしたちを含めても二十人くらいしかいない。
「まだ帰省中だからですよ。新入生以外は、三日前までに戻ってくればいいんです」
そのことをモミジちゃんに訊くとそう答えが帰ってきた。モミジちゃんはその横でパンをちまちま食べながら頷いた。
どうでもいいが、ホント小動物だなぁ。カナエちゃん。
そんなことを思いながらサラダにドレッシングをかけ口に運ぶ。
おお……! タマネギが辛くない。
あたしはそのことにちょっと感動する。家では食事は当番製で、必然的に兄貴や親父の当番の日が多くなる。そうなると、当然男の料理が多くなるわけで。男どもの作る料理はまずくは無いし、むしろ美味しいのだがなぜかサラダ類は素材のイメージどおりの味を出したがるのだ。そのため、ピーマンはホントに苦く、タマネギは辛い。
あたしは辛いのは好きでも嫌いでもないが、タマネギ特有のつ〜んとくるあの変な辛さは苦手なのだ。だから、辛くないタマネギは感動ものなのだ。