仲良くなろう
あたしは脱いだ制服をそのままにカバンの中からハイネックと半ズボンを取り出して着替える。
カナエちゃんモミジちゃん共に私服だったので寮内では私服でもいいのだろう。アタシとしてはいくらかわいくても制服は制服。まだ学校も始まってもいないのに制服で居ると言うのはなんか気持ち悪い。
それに、あたしはスカートよりもパンツ系の方が好きだ。動きやすいし、何よりあたしにスカートという組み合わせはどうも似合わないと言うか、アンバランスと言うか。とにかくスカートよりもパンツ派なのだ。
しわになるとまずいので制服はハンガーにかけクローゼットの中に吊るす。クローゼットは大きいのが一つ、デン! と、あるので共用なのだろう。中にはカナエちゃんのだろう制服がかかっていた。中等部の制服も高等部の制服もそこまで違いはないようだ。見た感じ。
さて。と、あたしはそこまでを終えると考える。
ちらりとベッドの方を見るとカナエちゃんはいまだに警戒中の小動物になっている。
仲直りしたいけど。どうすりゃいいのよ。
兄貴達とケンカした時は――。
兄貴が即行で折れてたな。
……ダメじゃん。
ホントに全く使えないなぁ、兄貴達。せめて記憶の中でくらい役に立って欲しいのだけれど、高望みのしすぎだろうか。しすぎなんだろうなぁ。だって、アレだし。ヘタレだし。
そんな使えないダメ兄貴達のことを思考から即行で追い出し、目の前の問題に意識を向ける。……向けるけどどうすりゃいいやら。
そもそも今まであたしの周りにはあの程度のおふざけで、ココまでビクビク気まずい状況になるなんてことは無かった。気まずくなってもすぐに仲直りできた。だからだろう。妙案が思いつかない……。
考えに考え。さらにまた考えたすえ……、あたしは実力行使に出ることにした。我ながらぶっ飛んだ思考回路だとは思うが、考えたってダメなら動くしかないのだ。
「カナエちゃん!」
カナエちゃんの方を向き強くそう声をかける。
当然というか、予想通りというか。カナエちゃんはビクゥ、と反応する。
『な、なんだよ』
よほどビックリしたのかビビッたのか。文字は弱々しく震えたような歪なものになってる。とりあえず、この際無視。
「さっきのはあたしが悪かったわ。だから、いい加減機嫌直して?」
あたしはやさしく、微笑すら浮かべて言う。
カナエちゃんはなぜかたじろいだ。失敬な。
無言。……いや、この場で喋れるのはあたしだけなんだから当然か。
……反応が無い。ただの屍のようだ。
違う違う。
カナエちゃんは布団を目深にかぶると目をそらした。ほほお。それは拒絶と取っていいのだな。というか取っちゃうぞ。
「……そっか」
あたしは、さも残念だ……。とでも言いたげに消え入るような声で呟いてみた。ちょっと悲痛さが出ていると思う。
あたしはゆっくりと立ち上がる。そっぽを向いてしまっているカナエちゃんはそれに気付いていない。それをいいことにあたしはゆっくりと近寄っていく。さながら獲物を狙う肉食獣のように。抜き足差し足。
ベッドまで近づいた。そこでカナエちゃんは真後ろにまで迫ったあたしの気配に気付く。だが、もう遅い!
「てい!」
あたしはそんな微妙な掛け声と同時にカナエちゃんから布団を引っぺがす。呆然と、座り込んだままのカナエちゃん。
あたしはしっかりと正面から見据えるために呆然とした状態のカナエちゃんをそのまま押し倒す。
カナエちゃんはちょっと押しただけでバランスを崩し倒れこんだ。とても軽い。
ふわり、と石鹸の甘い香りが鼻腔をくすぐる。どうやら、香水の類はつけないタイプらしい。それでも、女の子らしい香りがする。
あたしは覆い被さるようしたまま、カナエちゃんの目を見つめて口を開く。
「いつまでびくついてる予定?」
カナエちゃんはその言葉に目を見開く。大きな鳶色のお目々がより大きくなる。
「あたしは、カナエちゃんと仲良くしたいんだけどな」
息を飲むような気配。カナエちゃんは顔を真っ赤に染めて横を向いてしまった。ん? あたしなんか変なこと言っただろうか? 首を傾げ考えるが答えは否。全然おかしくない。
カナエちゃんの肌は本当にきれいな白だ。だから、赤――いや、朱か。そういった色が良く映える。女のあたしから見ても可愛いと思う。うん。美人さんだ。
「カナエちゃんは、あたしと仲良くしたくない?」
ふるふると弱々しく首を振る。亜麻色の柔らかい髪がさらさら流れる。世界は言い感じに不公平だなかとかつまらないことを思う。あたしの髪はちと硬いのだ。
「じゃあさ、ちゃんと向き合おうよ。これから同じ部屋なんだしさ」
耳まで真っ赤にしたままこくこくと頷く。ひどく愛らしい仕草だ。
いつまでもそのままじゃなんなので、あたしはカナエちゃんの肯定を確認すると、ゆっくりとカナエちゃんの上から退く。
よっしゃミッションコプリートー。とか一人で勝手に喜んでいると、あたしはある事にはたと気付いた。それは気づかないほうが幸せなことだった。
冷静に客観的にさきほどの態勢を思い出してみる。
…………………………うあー。
あたしは膝をついて項垂れた。
見ようによっちゃあアレって倒錯したごにょごにょじゃないかっ! なにやってんだあたし!? よもやこんなにも早く毒されたか!? てかまだ数時間でしか経ってませんですよ!? もうちょっと根気とかいろいろ見せようよ!?
つうか。あたしは同性愛否定派だろ? そうでしょ?
項垂れ心中で自分を罵倒するあたし。
いまだベッドで倒れたまま真っ赤になってるカナエちゃん。
一難さってまた一難。
今度はまた別の意味でとても気まずい。
オーケ。落ち着けあたし。さっきのは手っ取り早くことを解決へ導くための、止むを得ない手段だ。なんかいい香りがするなとか色々思ったかもしれんが……、気のせいだ!
あたしは必死でそう自分に言い聞かす。
今のあたしの中では罵倒と説得が同時に行われている。しっちゃかめっちゃかになっているがこの際目を瞑ろう。
初日からこんなで大丈夫か? あたし。てか、今日はまだ続くんだぞ!?