小動物。
「ねぇ。そろそろ機嫌直してよ」
涙目でイヤイヤをする。ああ、もお。めっちゃいじめたいなぁ。何この嗜虐心こちょこちょ生物。……落着けあたし。思考がどんどん危ない人みたいになってるぞ。
「……困りましたね」
苦笑と達観を混ぜて、傍観に徹することを決めたような台詞を発するモミジちゃん。付き合いが長いんだったらなんかアドバイスちょうだいよ。と思わなくも無い。
あまりの気持ちよさに調子に乗ったあたしは、ついついカナエちゃんの頬で遊びすぎてしまった。その結果、カナエちゃんは怯えきって警戒心剥き出しの小動物みたいになって、カーテンに隠れてしまったのだ。その様子の可愛いこと可愛いこと。黙っていればとても可愛い。いや、喋れないんだから黙ってればも何も無いのだが。
「カナエちゃん……」
あたしが近寄ろうとするとびくっとした後に、ふえ、と泣きそうになり震えだす。その可愛さと苛めてるような錯覚に、あたしは近づくのをやめる。なんだか気の毒になってきた。それと同時に、悪いことしたなぁと言う気持ちと、もっといじめたらどうなるんだろう、と言う反省しながら好奇心を沸きあがらせるという最上級心理運動をする。
ダメじゃん。
ああ、どうしよう。
「ねぇ、何かいい方法ない?」
あたしはついに観念してモミジちゃんに助けをこう。長い付き合いの親友なんでしょ。何か良い方法をプリーズ。
「ありますよ」
「ホントに?」
「はい」
うわ。即行じゃん。え? なに? あたしのしてたことって、もしかしてすごい道化じゃない? てかね、モミジちゃん。そんなにあっさり答えられるくらいいい方法があるなら、最初から教えてよ。
完全に他力本願な思考。けれど仕方がない。会ったばかりの子のご機嫌取りの方法なんて知るわけが無いのだ。だったら最初からからかうなよ、とか。いじめるなよ、みたいなツッコミは望んでません。思っても口にするな。
「どうすればいいの?」
期待に胸を膨らます子どものようにワクドキしながら、にじり寄ってモミジちゃんの言葉を待つ。
「簡単です」
そう言うとモミジちゃんは立ち上がり、
「失礼します」
ドアノブに手をかけ退室しよう――ちょっと待て。
ところで、小動物の素早さを知ってるだろうか?あいつらはビビリですぐに隠れたりするくせに、かなりすばしっこい。見ていて、どう動いた? と思うことしばしばだ。
出て行こうとするモミジちゃんにいち早く気付いたカナエちゃんの動きは速かった。隠れていたカーテンから出ると、ドアの近くにいたあたしよりも先にモミジちゃんにしがみついたのだ。ホントに小動物だな。
「カナ……」
やれやれ、見たいな苦笑を浮かべるモミジちゃんにカナエちゃんはお口ぱくぱく。おお、出たな読唇術。
「…………見捨てるんじゃないよ」
優しくそう言うモミジちゃん。さらにお口パクパクカナエちゃん。気になったのだけれど、どうして唇の動きだけで何を言ってるのかわかるのだろう。
「…………いやいや、キズモノにされるって……。大丈夫だよ。たぶん」
一体どういう会話がされてるんだろう。てか、なんですかキズモノにされるって。カナエちゃんはあたしのことをそう言う目で見てるのか。モミジちゃんも。そこは多分じゃなくて言い切ろう。あたしはそんなことする人には見えないでしょう?……見えないよね?
「…………大丈夫。すぐにまた来るから」
なんだろうね。段々と蚊帳の外的なプチ孤独感がこみ上げてくるよ。
それにしてもなんだね。なんだろうね、この二人のラブラブっぷりは。もしやこの二人はそう言う関係?やだなぁ。あたし、同性愛者を否定する気は無いけど、苦手なんだよねぇ。なんて言うのかなぁ、こう、感覚的に。
「…………本当だよ。だから、その間に仲直りしててね」
って、いやいや。いけないぞ。女子校だからって、最初にそういうのを目撃してしまったからって、そう言ったフィルター越しに物事を見るのは。だいたい、こういう風な感じの子なら、あたしのいた中学(共学)にも居たじゃない。そうそう。女の子ってのはこういったボディコミュニケーション(?)は当たり前じゃないか。うん。普通だよ普通。きっとそうだよ。むしろそうであってほしい。
「ソノ先輩?」
「はいよなんざんしょ?」
思考の海からざっぱぁ、とあたしはものすごい勢いで浮上したため、返事がなんか珍妙なものになったが気にしない。これもあたしの味だと思ってほしい。……何味だろう?
「カナのこと、頼みますね」
「まっかせろい」
そう元気よく返事すると、モミジちゃんは苦笑をしながら出て行った。
さて、どうしよう。
てか、あれ?モミジちゃんや。あなたはさっきいい方法があると言いませんでしたか?こんな気まずい状態で二人きりにされても、あたしはどうすればいいかさっぱりなのだがよ?
どうしよう。と、カナエちゃんを見ると、ベッドに入って中途半端に布団をかぶってこちらをビクビクしながら窺っていた。
あたしが見ていることに気付くと、きゅっきゅっ、とホワイトボードに
『なんだよ!カナは美味しくないぞ!!』
と書いてきた。美味しくないぞって……。食べないっての。
ベッドは二段ベッドで、カナエちゃんは下段のベッドにいる。てことは、あたしは必然的に上だな。そう思い、あたしはとりあえず肩掛け鞄から文庫を何冊か取り出して上段に上がる。
あたしがベッドに上がるために梯子に足を掛けると、カナエちゃんはやっぱり、ビクッとしたので、苦笑しながら「なにもしなよ」と言ってやる。
丁寧に畳んである布団を敷き、枕もとに文庫を手に持っている文庫を置く。
ちょんちょん、とスカートを引っ張られたので下を見ると、
『なにしてんの?』
と布団から顔を出して訊ねるカナエちゃん。上でゴソゴソやってるのが気になったらしい。
「文庫本を並べてるの」
きゅっきゅっ、と。
『なんで?』
「あたしは寝る前に何か読んでから寝る事にしてるから」
そう答えると納得したらしく、へぇー、みたいな顔をした後にはっ、となりまた布団に中途半端に隠れた。
どうしたもんかな。
とりあえず、あたしは制服を脱ぐことにした。