homeroom
「はーいっ。それじゃあ今日はここまでです。先生これから職員会議があるので、後のことは夢依さん、お願いしますね」
我等が担任である森林樹教師は、簡単に連絡事項とプリント配布をするだけすると、そう言って忙しくパタパタと教室を出て行った。
ちなみに、森林先生の担当科目は美術だ。一学期が始まってから今日で大体一ヶ月。美術の授業はまだ片手で数えるくらいしか受けていないのだが、解り易いし授業の雰囲気も明るいしで結構楽しい。ただ、あたしは絵心というものが無いと言ってもまぁったく過言ではないので、そこが問題で難点だ。
「では、皆さん一度プリントに目を通してください」
樹先生の言を受け、学級委員である橘夢依さんが教壇に立った。
夢依さんは色素の薄い髪をしたクセッ毛の小柄な子で、いつも眠そうな顔をしている。見た目トロそうなのに言動はしっかりとしていて意外にも機敏。見た目と内側はイコールでは無いと言うことの見本さんなのだ。
本来ならもう一人学級委員はいるのだが、何でも今週は家の用事とやらで欠席らしい。さすがはお金持ちのお嬢様。きっと社交パーティとかそんなのに違いない。
――いや、知らんけど。平民代表として、やはり邪推して然るべきかと。
がさがさと紙がこすれる音がいっせいにする。
あたしも言われた通りにプリントに目を通す。
今日配られたプリントは三枚だけだ。三枚全てが生徒会からのお知らせで、一ヵ月後にあるという臨時生徒会選挙のことについて記載されている。
まず、一枚目が臨時生徒会選挙をするにあたった経緯と、簡単な詳細、選挙の際の注意事項などの事務的なもの。二枚目が現在の生徒会の役員名簿と今回選挙で決める空白の役が書かれている。そして、三枚目は立候補用紙。学年と組、名前、立候補する役を書くようになっている。
一枚目、三枚目は置いとくとして。
問題は二枚目だろう。
少なっ! そして多っ! 現在の役員は十人弱で空きが十五人くらいって……どうなってんだ、これ。
てかよくよく見てみると、埋まっているのは生徒会長と各種委員会の委員長だけじゃん。肝心の『生徒会』の役員いないじゃん!
ど、どうなってんの?
そして、こんな有り得ない内容に、なんで皆はそんな冷静なんでしょうか?
周りを見ると皆が皆、ふーん、みたいな割と無関心っぽい姿勢。もしかして、この学園の生徒たちはこういう本来なら重要な事柄に興味無しですか?
あ、いや。一人だけ無関心じゃない人発見! 用紙を手にぷるぷると震えている。まるで湧き上がる感情を必死に押さえつけてでもいるかのように。
「さて、皆さん目を通しましたね? 臨時生徒会選挙が開かれるのはこれで三度目なので、改めて説明をする必要は無いでしょうが……一応、説明をしておきます」
夢依さんあたしの方を、ちらり、と見ると、そう言って簡単な説明を始めた。
「本来なら生徒会選挙は二学期中に行われ、そこで現役員と新たな役員とに入れ替わります。が、時にこうして役員だけは卒業なりなんなりで居なくなっているのに、新たな役員が決まらないことがあります。そのような場合は、新入生の入る一学期にもう一度、臨時として選挙が行われます。今回もソレです。しかし、今回は特に深刻です。生徒会主役員が生徒会長である天之原澪音様以外おられません。今までにも足りない、と言うことは有りましたが、今回のようなことは初めてです。なので、皆さん少しでもやる気のある方は立候補を願います。このクラスから立候補者が出た場合、クラスを挙げて応援します」
以上です、質問は? と話が一区切りついたところで、夢依さんはクラスメイトたちを見回す。
なんかこういうことが何回もあったらしいので皆無反応だ。慣れたのだろう。いや、慣れちゃいけないのじゃないかとか思うけど。
まぁ、皆がそんな感じでもあたしはこんな異常事態初めてなわけなので、挙手とかしてみる。
「はい、苑さん。質問ですか?」
「はい。なんでこんなことになっているんですか?」
そう、まずはコレだろう。普通ならこんなあからさまな異常にならないように、生徒会と教師たちでなんらかの手を打つんじゃないのか? 現にあたしの居た中学だと、内申の大幅向上だとか、各行事における生徒の自主性の全容認とか、生徒側に美味しい交渉材料でなんとか人員確保をしていたのだけれど。ここではそういうことはしないのだろうか?
いや、そもそも、この状況はそれ以前におかしすぎる。どうなってんのさ。
「この学園では生徒会役員は生徒会長及び副会長の承認と、全校生徒の七割の支持率がないと当選できないんです」
「……なにそれ? それだと当選なんてほとんど無理じゃない」
バカげてる。それだと例えば会長と副会長が気に食わないと思ったらそれだけでもうダメだし、そもそも全校ってことは中等部、高等部合せてってことでしょう。それを七割? 奇跡でも起きなきゃ無理じゃん。
けどまぁ、納得。理解出来ない方法を執ってはいるけど、それならこういうことが頻繁に起きるのもわかるし、こんな生徒会役員十五人不足とか言う意味不明な事態も納得できる。
はぁ。本当に、なんなんだこの学校。変わってる変わってるとは思ったけど……はぁ。
「それが無理ではないんです。苑さんは初めてでしたね。それでは、まだ時間も有りますし、簡単に選挙についておさらいがてら説明しましょう」
そう言うと、夢依さんはチョークを片手に図解と共に説明を始めた。……なんでもいいけど、絵上手いなぁ夢依さん。
「七割と言うのは実際、獲得不可能な数字に見えます。そこで、ここでは委任投票と言う制度を設けています。これは例えば、選挙者がAさん、Bさん、Cさんと三人居たとします。そして、票数がそれぞれ三割ずつとした場合、この三人には日を改めてもう一度選挙演説をしてもらい、この三人にもそれぞれ他の二人のどちらかに投票してもらうと言うものです。それにより、Aさんの票数とAさんが選んだ人の票数、Bさんの票数とBさんが選んだ人の票数、Cさんもまた同様に計算して、七割に届いた人が当選となります」
「それだと、Aさんを選んだ人は納得しないんじゃないの?」
Aさんを選んだ人はその政策とかが良いと思ったから投票したのだから、それで全く違う政策の人なんかになったら納得は出来ないだろう。
「いいえ。それがそうでもありません。この場合、それぞれ選ぶ人はおのずと自らの政策と似通った人に入れることになりますし、この再選挙とも言える委任選挙に至った場合、票を入れた選挙者の政策を可能な限り実行することを約束させられます。これにより、一応便宜ははかれます」
なるほど。なんか質面倒臭いがそれだと一応七割は獲得できるし、投票者も一応納得はするか。
「わかった。ありがとう夢依さん」
「いいえ。他に質問はありませんか? ……では、これでHRを終わります」
眠たそうに目を瞬かせながらそう言うと、夢依さんは教壇から自分の席に戻った。帰りの仕度か部活動の準備でも始めるのかと思いきや、彼女は自分の席に座るなり首をふらふらさせ、そのままコテンと居眠りを始めた。
ううむ。やっぱり変わってるなぁ……。