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シフト  作者: 鳩梨
43/46

day-day-day

 さてさて。最初は困惑気味だった寄宿舎生活や学園生活にもいい加減慣れた――早々に慣れるしかなかった――ある日のことだ。

 いやまぁ、ある日も何も今日なんだけどね。

 いつものようにあたし、アゲハ、モモ、ミズキの四人で仲良くカフェテリアにて昼食を摂っていると、その放送は流れてきた。

『ピンポンパン――コン』

 あれ?

 放送が流れることを知らせるお決まりのメロディが、そんな感じに間抜けに外れた。

 そこを見たからどうなるというわけでもないのだが、思わずといった感じで皆が放送の流れたスピーカーを不審げに眺める。

『今のナシで』

 暫くなんとも言えない微妙な空気が続いた後、ちょっと気マズげに沈黙していたスピーカーからあっけらかんとしたハスキーボイスが流れてきた。

 ついズッコケた。もちろん心の中でだ。実際にズッコケたりなんかしようものならどんな目を向けられるか……てのはどでもよくて、だ。ほら、今お食事中だし。行儀悪いじゃない、と優等生っぽいことを言ってみたり。

 沈黙の後、そこかしこから苦笑とため息が聞こえる。前者が七割の後者が三割だ。

 見るとアゲハとモモもクスクスと笑っていた。

 本来あのお決まりのメロディは録音されたものを再生するのだが、たまにごく一部――と言うか一人の人物が放送する際には、あのメロディは生演奏だったりする。

『えー、全生徒諸君に生徒会からの重要なお知らせです。本日より一ヵ月後に臨時生徒会選挙を行います。自薦他薦は一切問いません。この学園をよりよいものにしたいと思う方は気兼ねなく名乗りをあげてください。詳しくはセンター各階の掲示板、及びHRで配布されるプリントに記載されています。選挙受付期間は一週間です。その間に立候補者は生徒会役員に直接言うか、ヒメルの投書箱に必要書類を投函してください。以上です。放送を終わります』

『ピポパポン』

 放送が終わると、再びお決まりのメロディが流れた。ただしバカみたいな速さで。

 放送が終わるとカフェテリア内の賑わいが一気に増す。

「まったく……本当にもう、まったく」

 しかし、あたしにはその賑わいに耳を傾けることは許されてはいなかった。

 バギンッ、と。そんなものの見事に細くて堅いものが真っ二つになったかのような音が耳に入ってきた。

 見ると最近出来たリサイクル可能なカラフルプラスッチク割り箸が、どういう折り方をしたのか三つに割れていた。左右で、ではなく、片方でだ。計六本。

 この学園は、ホントにもうことあるごとに実感するのだが変わっている。

 そう名乗っているわけではないとは言え、お嬢様学校と言うジャンルにカテゴリされるクセに購買は割と普通だし、カフェテリアや食堂なんかには普通なメニューが多いし。うどんとか定食とかラーメンとか。割り箸もあるし。

 まぁ確かにね、お嬢様学校だとかそう言うなんか敷居のお高い場所が実際どんなのかは知らないよ。全部マンガとか小説とかからの知識だよ。実を言うとちょっと幻想抱いてたよ。

 けどさぁ、こう、あまりにも幻想と現実のギャップが……。まぁ、いいけどさ。そこに期待なんかしてなかった……て言うと嘘だけど。

 閑話休題さておき

「えぇと、どうしたのさミズキ」

 陽炎のような怒気をユラリユラユラと立ち昇らせるミズキに、あたしはおっかなびっくり声をかけてみる。

「別になんでもないです」

 ウソつけ。明らかに、怒ってます不機嫌です、と言うような顔でそんなこと言われて、誰が信じると言うのだ。

 と、まぁそうは思っても口にしない。なぜって、ミズキは変なところですごくむきになる子だからだ。下手なことすると……面白いのだけどちょいと怖い。そんなことを思うチキンハートなあたし。

 ミズキはあの日の翌日にあたしの方からアプローチして、アゲハやモモにも手伝ってもらって、無理矢理お友達にした。まぁ、その時にひと悶着あったのだが、面倒臭いのでここでは省こう。気が向いたら語ることもあるハズだしね。

 ミズキは印象通りに学級委員に――はならなかった。

 やっぱりと言うか、ミズキは生徒会の役員で、原則として生徒会役員はクラス委員になることは出来ないらしいのだ。

 もっとも、本人曰く「学級委員ですか? なんで私がそんな面倒なことしなきゃいけないんですか?」カッコプンプンカッコトジル、と言うことらしい。真面目そうだけで意外と面倒臭がり、かと思えば真面目と、なんて言うかアゲハやモモ以上に変なヤツだった。けどまぁ、わっかりやす〜い性格なので間違えなければ扱いは簡単そうだけど。

「みずきちゃんは、会長さんがズボラなのが許せないんですよね?」

 ニコニコしながらモモがそんなことを言う。

「んなっ! なんで私が音ちゃんのことでいちいち腹立てなきゃならないんですか! 言いがかりです! 即時撤回を要求します!」

 真っ赤になって怒鳴るミズキ。ああ、ほら椅子蹴倒して大きな音立てた上にそんな怒鳴るから、皆がこっちに注目しちゃってるじゃないか。

 ちなみに、ミズキの言う音ちゃんとは生徒会長、澪音先輩のことだ。どういう関係なのかは現在調査中。なかなか教えてくれないのよ、ミズキは。だからこそ、推測は尽きないのだけれど。例えば、モモみたいに。

 図星を突かれたからなのか、単に本当に憤激しているだけのかは知らないけれど、その内顔面ファイヤーとかしそうだな、なんてバカなことを考える。

 人をいじめるのは大好きだけど、それと同じくらいオーディエンスになって観戦するのも好きなので、今回のあたしは眺めるだけにしようかな。

「あの、アゲハ様……これ、調理実習で作ったんです。よろしければ……その、」

「くれるの? ありがとう」

 すごい至近でマップ兵器並みの怒気を噴出しているのがいるというに、可愛くラッピングされた包みをアゲハに渡す少女が居た。

 なんて勇者だ。

 アゲハはアゲハで、そんな突然なイベントにも冷静に対処してそのプレゼントを受け取っていた。とどめとばかりに笑顔で答えてやるもんだから、渡した少女は顔を朱に染めて逃げるように離れていってしまった。

 アゲハに発生するイベントも、最初こそ驚いたが今となるともう慣れた。

 アゲハはレンちゃんが言うように結構な人気者だ。特に中等部生を中心とした下級生に人気がある。

 アゲハと一緒に歩いているとよく色んな気配を感じる。気になってふと周りを見渡すだけで、物陰やら遠くの方やらでアゲハに熱〜い視線を送る中等部の制服を着た少女たちが見つかる。

 それに対してどうこう言う気は無いのだけれど、面白いのはアゲハがそれにまったく気づいていないことと、さっきみたいなイベントの発生が決まって昼休憩と言う点だ。

「あ、クッキーだ。しかも動物のカタチ……コレは、ネコかな」

 そして、渡せれるものが必ず食べ物だと言うこと。手紙なんかも渡される時が有るけど、そう言う時でも必ず手作りっぽいお菓子が一緒になっている。

 そのことからもなんとなく察することができるように、アゲハはよく食べる。現に、今アゲハの前にはA及びB定食とイチゴケーキにチーズケーキが並べられている。その傍らで、食べ終わったお皿が一、ニ、三……六枚くらい重ねられている。いやもう、どれだけ食うのかと。

 そりゃあね。歌うことはカロリーをすごく使うとは聞くけど、どう考えたって摂取量と消費量の比率がおかしいでしょうよ、これ。

 て言うか、これだけ食べてなんでこんなにも均整の取れたうらやましいプロポーションを保てるのかと本気で不思議になってしょうがない。なにこのあからさまな人類不平等。あたしなんて結構考えて食べてるのに。

「……ソノも欲しいの?」

「え? いや、いいよ。アゲハがもらったものでしょ」

 そんな目で見るくらいなら訊くなと言ってもいいでしょうか?

 アゲハはまるで雨の日に捨てられた子犬のような目をしている。

 あたしが断ったからではない。おいしそうなクッキーを惜しんでだ。食い意地はりすぎです。

「構って欲しいがために怠けてしまう美貌の会長に、自分に素直になれずについつい辛く当たってしまうミズキちゃん……。お互いに素直になれない二人はすれ違いを繰り返し、やがては……、『なんで気づいてくれないんだっ』ついにミズキちゃんを押し倒してしまう澪音会長。『や、やめて』と、愛しの人に抱かれる嬉しさを感じながらもいつもと違う乱暴で積極的な行動に戸惑い恐怖するミズキちゃん。嫌がるミズキちゃんの口を自らの唇でふさぐ澪音会長! 嫌がりながらも次第に身体を預けてしまうミズキちゃん。二人はついに超えてはならない一線へ……!」

 一体どういう会話の果てなのか、モモがミズキと会長をキャストにしたあぶない妄想を口走っていた。だんだんと自分でもノッてきたのか、話し方に熱が入っていく。口ぶりもやたらリアルで、これ以上聞いてると段々と恥ずかしくなってくる。

 あ、つに濡れ場に突入したし……。

 本来ならここらで止めていそうなのにな、とミズキの座っていた場所を見ると、

「…………」

 ミズキは耳をふさいでテーブルに突っ伏していた。ぶつぶつと何かを呟いているが、声が小さすぎて何を言っているのか聞こえない。

 ああ、まぁ、なんだ。

 慣れない事もまだ多いけど、悪くは無い。楽しい。

 友達もまだ少ないけど、これからどんどん増やしていけば良いし。

 うん、大丈夫。あたしは、大丈夫だ。


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