会長、不可解
「特に少女たちの仲睦まじい姿や、恥ずかしそうにしている姿……一瞬一瞬のなんとも言えない輝きを撮るのが、たまらなく好きなんだ」
騙されちゃいけない。
台詞の後半部分だけを取れば、解釈の仕方しだいでは良いことを言っている風に聞こえなくもない。
だが、頬を高潮させながら息遣い荒くそんなこと言っていたのではなんもかんもがぶち壊しだ。どう見ても変態盗撮犯が、自らの行為を本人以外には理解できない理屈で正当化してるようにしか捉えられない。
もはやバカらしく思うことすらバカらしい。
次にどんな言葉が出ても驚かないぞ、と、あっそう、みたいにどうでも良く構えることにした。
しかし、
「ちょっと会長! いったいどういうことなんですか!? なんでわたしは寝てるんですか!? なんで下着だったんですか!? なんでカナやソノ先輩がここにいるんですかっ!?」
いつの間に着替えたのか、制服を着たモミジちゃんがいつもの冷静さはどこへやら、顔を真っ赤にしてプンプン怒りながら会長に詰め寄る。
後ろの方ではカナエちゃんがオロオロしていた。あたしと目が合うと視線でどうにかして、と訴えてくる。いや、そんな目で見られましてもこういう事態は不慣れなものでして……と、あたしは心中で弁解しながら気づかないフリを装いつつ、ソッ、と目を逸らす。
いやいやだってしょうがないじゃない。下手なことをしてあたしの方に火が飛んでくるのはヤだし。だって、モミジちゃん怒ると怖いのよ。身を縮めて謝罪の言葉を連射したくなるくらい。
しかも、カナエちゃんの困惑ぶりから察するに、今回のモミジちゃんの怒りはちょっとどころでなくただならぬものらしい。
「納得いく説明をしてください! でないと、もう二度と手伝いなんかしませんよ!」
うん。日は短いけど、あたしもここまで感情も露わに怒鳴るモミジちゃんは初めてだ。食って掛かる、とはまさしくこのことだろう。
決めた。あたしは静観する立場を貫き通そう。
なんだか情けない気もする決心を固めたあたしは、そぉっ、とカナエちゃんの隣に移動する。怒られてる会長の隣になんかいたら矛先があたしにまで向きかねない。それは勘弁してもらいたい。
「……ふむ。ということは何かね。納得いく説明をすればこれ以降も手伝ってくれると? あい、わかった。ならば少し待ちたまえよ。今すぐソレっぽい現状説明をこしらえるから」
会長はモミジちゃんの怒気などどこ吹く風でそんなことをのたまう。こしらえるって、本人を前にして堂々と偽装宣言するあたり、筋金入りだ。
さすがにモミジちゃんもその言葉を聞き逃しはしない。
「ふざけないで下さい! あたしはまじめに聞いてるんです! なんですかこしらえるって! ちゃ・ん・と、説明をお願いしますっ!」
「む。失敬な。私はいつだって真面目だぞ。ともあれ、ちゃんとした説明をお望みなら、致し方ない。そちらの方を話すとしようか」
ハァやれやれ、などとため息を吐く会長。どう捉えても人を小バカにしてるようにしか聞こえない。終始こんな感じならモミジちゃんでなくても怒るのは当たり前だ。
けどなぜだろう。会長はわざとそういう風にしているように見えてしまう。
それは別に会長の言動がいちいち芝居がかっているから抱くのではない。離れて、完全な部外者の視点で見ようとするれば、その言動の一つ一つが相手の行動をどうすればどう返すと予め知っているような、そんな益体も無い漠然とした印象を得てしまうのだ。
考えすぎ、と笑って流していいものかどうか……。とりあえず、保留としておこう。初対面だし、これから先も関わるとは限らない人物だ。
「順を追おう。まず、いったいどういうことか。それはもう一目瞭然だ。見ての通りだ。
「なっ――!?」
「次に、何で寝ているか。多分疲れていたのだろう。おおっと、さすがの私でも睡眠薬の混入した飲み物なんぞは出していないぞ。ましてやその隙に寝顔撮影などという犯罪めいたことなど、してないよ?」
信用ならねぇ……。思わずげっそりしてしまう。
「で、だ。なんで下着だったか。それは先ほど苑クンにも説明したのだが、しわになるといけないと思い私が脱がした。ところで、椛クンは肌がスベスベだな。よほど肌の手入れに入念なようだな。ふふっ、さしものこの私も少しばかりこう、ムラムラと来てしまったよ」
うっわ、ここでまさかのカミングアウト。燃え盛る炎に可燃剤投下したりして何考えてんだこの人。
嗚呼、あたしの選択は間違っていなかった。もしあのまま会長の隣になんか居たら、ここからではわからないモミジちゃんの般若なお顔を拝見せにゃならんこところだった。いや、待てよ。モミジちゃんのことだから般若でなく能面かもしれない。どちらにしろ恐ろしい迫力なのだろうことは想像に難くない。
そのモミジちゃんは絶句でもしているのか、それとも怒りをチャージ中なのか先ほどから無言だ。無駄だろうけど祈っておこう。
どうか嵐の前の静けさでありませんように。
「で、最後。なぜ彼女らがここにいるのか。それはやはり、いつまでも自室へと戻ってこないキミを心配したのだろう。ああ、言っておくが。寝ているキミにイタズラをする為に私が呼んだ訳では無いぞ。そういうことする場合、私は一人で楽しむ性質なのだ」
なぜか偉そうに胸を反らす会長。
あ、頭がイタイ……。もう本当になんだってこんな精神が斜めに傾いてる人が生徒会長なんだ。
確か、この人レンちゃんの話だと四期連続の会長なんだよな。――おいおい、大丈夫かこの学園の生徒たちは。選ぶヤツもそれを認めるヤツも。
そんなことを考えていると、モミジちゃんがあたしたちの方に振り返った。
「……カナ、ソノ先輩。帰りましょう。早くしないと消灯時間を過ぎてしまいます」
言われ、壁にかかっていたクラシカルな木製の丸時計を見ると、確かに後数十分もしない内に消灯時間だ。
時間を確認している隙に、モミジちゃんはさっさと部屋を出てしまったていた。カナエちゃんは少し戸惑ったようにした後、慌てて小走りにモミジちゃんを追いかけた。
「ふむ。やはり怒らせてしまったな」
もう用は無いし、なんとなくこれ以上ここに居たくないのであたしも部屋を出ようとすると、不意にそんな呟きが耳に入った。
振り返ると、まるであたしが足を止めるのを知っていたかのように会長と目が合った。
「あの娘には迷惑をかける……すまないが、あの娘のことを頼むよ」
「? ご自分でどうにかすればいいじゃないですか」
「いや、ダメだ。私は論外だ。そして、この学園の如何なる生徒にもこれは頼めない。多分に私情なのだが、だからこそキミに頼みたい」
どういうことだ? ってか、
「あたしもここの生徒ですけど」
「そうだな。だが、キミは根本が違う。キミはあの娘を“知らない”。そこが重要だ。そういう意味において、キミはこの学園の生徒とは違う」
わけがわからない。
だけど、そう言う会長の姿はなぜか痛々しく見えてしまった。
自分でどうにかしたのにできないと言うもどかしさのようなものを感じてしまった。
その目は、先ほどまでの人を食ったような飄々としたものではなく、ただ見守るだけのどこかで見た聖母のようだった。
だから、と言うわけではないと思うが、あたしは会長の言ってることを理解しているわけでもないのに、「わかりました」と頷いてしまっていた。
「すまない。頼む」
そう言って深々と頭を下げる会長に背を向けて、さっさと帰ってしまった二人の姿を追うべく足を踏み出す。
「何かあったらいつでも来たまえよ。天之原澪音は一切の助力を誓うとも」
閉まる扉ごしに、そんな会長の言葉が聞こえた。
凛とした、力強い声だった。
一週間に最低一度とか言ってたくせに出来なくてごめんなさいすいませんっ。
休日出勤やら残業やらで書く時間があんまり無かったのです。短編二本も投稿してましたけど(汗)。
その代わりに、と言うわけではないですか。盆休み中に更新できたらなと思っています。手始めに、今日中に続きを投下予定です。
(感想と頂けるとやる気が出ます)