バシバシ
会議室っぽい部屋の右手奥、扉のあるほうの部屋はやはりと言うか、先ほどの部屋ほどではないが充分に大きかった。ああ、やっぱりな。と思うものの驚くには値しない。
それよりも、だ。
この館そのものが『生徒会室』なのだとカナエちゃんは言っていた(『室』じゃないじゃんとか言うもっともなツッコミは置いといて)。つまりここは生徒会という限られた者達だけが使うという違いがあるだけで、特別教室や体育館と同じ『学校生活のための』場所であるはずだ。
……なぜ、ベッドが?
いや、まぁ、校舎から離れているし保健室の変わりのような部屋なのかもしれない。うん。そう考えれば――無理やり感はあるものの――納得できそう。
――天蓋付きじゃなければ。
ベッドのシーツや掛け布団にはふんだんにフリルやらレースやらがヒラヒラとあしらわれている。淡い桃色にレースの白がまぶしい。天蓋は濃薄のはっきりした紅色と朱色のツートンで、ところどころに紅い蝶が刺繍されている。言うまでも無いことだけど、えらい高そうだ。
わあ、高価な保健室。保険医はパツ金巻き毛のマダムかしら。それともふわふわドレスのかわいらしいお姫様かしら。……それはそれでいいかもしれない。
とにかく保健室の代りという説は完璧に無いな。
なんと言うか、部屋だった。なにを当たり前なと思うだろう。だが、部屋なのだ。
ちょい大きいゆったりとした勉強机。社長室とかにありそうな皮製っぽいリクライニングチェア。ハードカバーや文庫本が見るからに適当に入れられた本棚。CDコンポ。パソコンにテレビ。茶色いソファ。あ、DVDデッキもある。タンスや四人かけくらいのテーブルに椅子。
部屋だった。生徒会とか学校がどうとかまったく関係ない個人の部屋だった。しかもなんかすごい充実してる。
「フフ、あまりジロジロと見ないでくれ。恥ずかしいだろ」
言葉通り恥ずかしそうに言う生徒会長。
「って、ここアンタの部屋か!?」
「そうだとも。どうだ、なかなか立派なモノだろう? いやあ、ここまで充実させるのに苦労した。欲を言うと各種最新ゲーム機なんかもほしいのだけれど、いかんせん。そんなモノがあると熱中しすぎて生徒会業務に支障をきたしそうだったんでな。泣く泣く諦めたさ」
しゃあしゃあとそんなことをのたまう会長。もうどこからツッコめばいいのか。ツッコミどころが多すぎて逆に困る。って言うか
「あたしにツッコミをさせようとするなーっ!」
思考から言葉が飛び出しぎゃーと叫んでしまう。
「何を言っているんだ?」
気を取り直して。
「ここは生徒会室なんですよね?」
「いや、確かにここは生徒会室として機能しているが、この部屋は私の部屋だ」
さらりと。
「ほら、ここって寄宿舎から離れているだろ? わざわざ帰るのがめんどくさくなってな。ちょっとこの館――ああ、『ヒメル』と言うんだが――の部屋を整理して無理やり一部屋確保してみた。いやあ、まさかできるとは思わなかったが、なかなかどうしてやってみるものだ」
うんうんと頷きながら誇らしげに胸を張る。
「校舎からも寄宿舎に比べて断然早い。予鈴が鳴ってから教室に向かっても余裕綽々で間に合うから惰眠を精一杯貪れるし、もし教材を忘れても歩いて取りにこれる。いや、むしろ教材を鞄に詰める必要すらないかもしれない。……む。そうか。そうだな。そうすれば余計な手間が…………いや、まて。授業が終わるたびに取りに戻ってくるほうが面倒か……」
途中からぶつぶつとくだらない事であーだーこーだ悩みだした生徒会長は、もう無視することにした。
色々ツッコミたいことがあるけど、なんかどーでもいいや。多分、時間の無駄だし。それ以上に取り返しのつかない疲労を蓄積するだけだろう。君子危うきに近寄らずとも言うし。ここは故人の残した名言に従うとしよう。
モミジちゃんは天蓋付きヒラふわゴージャスベッドで眠っていた。その横ではカナエちゃんがモミジちゃんを起こそうとユサユサと揺さぶっている。しかしね、カナエちゃん。アナタのそれは人を更なる心地よい眠りに誘うだけで、起こすことは出来ないんだよ。
あたしは苦笑しながら、カナエちゃんを手伝う為ベッドに近づいた。
モミジちゃんはすーすーと安らかな寝息を立てながら気持ち良さそうに眠っていた。
思わず顔がほころぶほどモミジちゃんの寝顔は愛らしかった。いつもはどこか達観したような雰囲気や感じを与えるが、こうして気持ちよさそうに眠る姿は歳相応の少女らしいかわいらしさで起こすのがもったいないような気がしてくる。
「ぁ……ん……」
むにゃむにゃとかわいらしく寝言を漏らしながら、ころんと寝返りをうって再び寝息を立てる。少し丸まったような態勢で眠っているのがホントにもうどうしようもなくかわいい。
小動物っぽいカナエちゃんと、大人ぶった感のある、けれど、だからこそのかわいらしさを持つモミジちゃん。こんな子たちが妹にいたらよかったのに……。
「っと、なに?」
服のすそをクイクイと引っ張るカナエちゃんを見ると、
『ボケっとすんな! 起こすの手伝え!』
そんないつもの俺様命令口調がホワイトボードに書かれていた。しかも、書いた本人は不機嫌そうだった。
多分、カナエちゃん的にはせっかく見つけたモミジちゃんが眠っているこの状況は、ご飯を前にしてマテをされた犬のようなモノなのだろうな。早く食べたいのだけれどヨシと言われないから食べられない。
苦笑しながらハイハイと返し、さてどうやって起こそうかと考える。
にしても、本当にこの二人みたいな、いや、妹や弟という存在がいたならどれだけよかっただろうか。けど、仮にいたとして『あたし』が『あたし』じゃなかったとしても、この位置にその妹か弟が来るだけかもしれない。だとしたら、これは、ひどく自分勝手な思いじゃないだろうか。
「カナエちゃーん、起きろー」
ペチペチと頬を叩いてみる。あ、ヤバイ。このぷにぷに感。なんか色々イタズラをして遊びたいという抗いがたい欲求がふつふつと……。
邪な欲求に駆られていると、突然横から、バシバシッ、という布団を叩く音が聞こえた。
その音につられて横を見ると、カナエちゃんがホワイトボードで高そうな布団に物怖じすることなくホワイトボードで布団越しにモミジちゃんを叩いていた。しかも“角”で。
ま、まぁ、カナエちゃんだし、そこまでの力はないのだから“角”で叩いても布団にもモミジちゃんにも大したダメージは無いだろうけど、すごいなカナエちゃん。とてもじゃないけど、あたしはこんな高級感漂う布団をそんな遠慮なくバシバシ叩く勇気は無いよ。
「――――ナ」
ん? 今モミジちゃんがなにか呟いたような……?
バシバシッ
上手く聞き取れなかったな。
「――――」
あ、まだなんか言ってる。寝言だし、声も小さいからよく聞こえないけど気になるな。
なんかさ、他人の寝言ってどんな夢見てるのかな〜って感じで気になるよね。
バシバシッ
顔を近づけたら聞こえるかな? いや、けどなぁ。それでいきなり起きられたらすっごい気まずいぞ。
バシバシッ
バッシバッシバッシバッシバッシバッシ
「って、カナエちゃんストップ」
遠慮どころか徐々に容赦すらなくなっていくカナエちゃんの打撃を止める。
ちなみに、カナエちゃんがさっきから叩いている場所は位置的にわき腹辺りだ。しかもそこを大きく振りかぶり力のこもった連撃だ。ホントに容赦ないなカナエちゃん。いくら布団越しとはいえちょっと痛そうだ。
「――――んぅ?」
そんなかわいらしい呟きと共にうっすらとモミジちゃんのまぶたが開いた。
「あ、ほらほらカナエちゃん、モミジちゅん起きたよ」
何で止めんだよ、みたいな不機嫌まっ最中な表情をするカナエちゃんは気づいてないみたいだったので、そう教えてあげる。じゃないと再びバシバシやりそうだったし。
「ぁれ……? カナ? どーしたの? いっしょに寝る?」
ぼんやりとしたまま、そんなことを言うモミジちゃん。どーやら寝ぼけているようだ。
にしても。位置的にすぐ側に居るよりもあたしよりも真っ先にカナエちゃんを意識に入れるとは、さすがモミジちゃん。頭の中はカナエちゃんで一杯のようだ。多分、さっきのもカナエちゃんの名前を呟いていたんだろう。カナエちゃんが出演する夢を楽しく見ていたに違いない。
ぼんやりとしながらいっしょに寝るかと聞かれたカナエちゃんは、顔を赤くしながらモミジちゃんの顔をべしっ、とホワイトボードで一発叩いた。当然、“角”でなく“面”で。
ホント、容赦ない。