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シフト  作者: 鳩梨
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生徒会長とお茶会

 生徒会長さんは優雅にカップを口に運んでいたが、あたしの無礼な発言にぴくりと反応し、眉を少ししかめながらカップをソーサーに置いた。

 機嫌を損ねたか? そう思うも、だからどうしたと一蹴する。どこでどう知ったか知らないけど、教えてもいない人のパーソナルデータを知っているなんて立派なプライバシーの侵害だ。怒ってあたりまえだろう。

 それ以上に、わざわざ人が言わないようにしておいたことを誰かが――この場合はカナエちゃんが居る前で言われたというのがとてつもなく気に入らない。

 カナエちゃんを横目で伺うとあたしのことをビックリしたような目で見ていた。うあ、ちょっとカナエちゃんや。そんなキラキラした瞳で見ないで……。全部まぐれなんだから。

 そう、まぐれなんだ。確かにあたしは勉強をがんばった。優秀な兄貴たちに――お兄ちゃんたちに褒めてもらいたかったから。お兄ちゃんたちに失望されたくなかったから。塾に行くなんて贅沢なことはしていない。ただ先生の話をちゃんと聞いて大切なところはメモをして。ノートをちゃんととって、予習復習を欠かさずやっていただけだ。そうして、『勉強をがんばる妹』をがんばって演じていたら、お兄ちゃんたちが勉強を教えてくれた。えらいね、って褒めてくれた。本当は勉強なんて大嫌いだ。つまらないし眠たくなる。頭だってよくない。もがいてもがいて何とかって感じだ。だから、全部まぐれなんだ。

 特待生。これだって、こんなお嬢様学校の特待生になったことを褒めてもらいたくて、そして馬鹿みたいに高いここの学費を少しでも軽減するためになったに過ぎない。

 特待生だからどうこうってことはないんだ。

 全ては邪な思いの結果。だから、カナエちゃんみたいに純粋にそんな目で見られると辛い。

「もう少し甘いほうがいいな」

 あたしが自己嫌悪に陥っていると、生徒会長はやおらそうひとりごち、ポケットをごそごそと探りスティックシュガーを五本取り出した。って、いつも持ち歩いているのか?

 てかただでさえ甘口なアップルティーにスティックシュガー五本てどんだけ甘党なのよ。

 どうやらあたしの無礼な発言とかはどうでもいいらしい。生徒会長はせっせとカップに砂糖を注ぎ込んでいる。うっわ、甘そう。

 生徒会長は糖分過多にもほどがありそうな激甘ティーを再び口に運ぶと、今度は満足そうに頷いた。なんとなく、どこか幸せそうに見えるのは気のせいだろうか。

「生徒会長たる者、全生徒の基本データは把握して然るべきだ」

 カップをソーサーに戻し、会長はそう言った。カップの中身は空だ。一気に飲んだらしい。糖尿病とか心配にならないのだろうか。

「無論、そこに居る天羽叶クンのデータも知っている。とはいっても本当に基本的なことだけだ。生年月日に家族構成、中学時代の成績、身長に体重スリーサイズ、血液型。あとはプラスアルファで、例えば試験結果など。これらを知っていることにはちゃんと意味があるし、みだりに他言もしない。確かに自分のことを誰かに勝手に知られているというのは気分のいいものではないが、そうだと知らなければ問題は無い」

 知らなければって、今あたしの目の前で知っているぞと言うことを披露したじゃない。本当、すごく気分悪いんだけど。

 しかし全校生徒のデータって、ここは中等部と高等部がいっしょになってるのに。うぅむ、なんだか怒りも忘れて素直に感心してしまう。いや呆れ返る。どこの漫画の生徒会長だ。今時そんな偶像めいた生徒会長なんていない。あ、目の前に居たか。

 にしてもなんだろうな、この人が生徒会長だということがいまだに理解できない自分が居る。

 別に信じていないわけではないんだけど。確かにそれっぽいし。

 けど、生徒の代表たる生徒会長のクセに制服は着崩しているし、口調はやけに男っぽい。しかもハスキーがかってるから違和感が無いし。どこか青味がかった黒い髪をオールバックにしていてるのもなんかカッコイイ。眼鏡をかけているから無駄に理知的に見えるけど、これがサングラスだったら……ヒットマン? いやいや。

 レンちゃんが言っていた通りにたしかに美人だとは思う。氷のような、みたいなことを言っていたけど、確かに見た感じではすごく冷たそうだ。黙ってれば。

「ところで、君たちはなんだってこんな時間にここへ来たんだ?」

 そう言えば、みたいな感じで唐突にそう聞かれた。

 この人の雰囲気というか勢いに流されてそのことを忘れていたあたしもあたしだけど、それを今ごろ訊くこの人もどうなんだろう。

 そんなことを思っていると、訊いた本人はまるで答えなんかどうでもいいみたいにお茶のおかわりをいれていた。

 それを見ていたからか、会長はあたしたちにもおかわりを勧めてきたが首を横にふって答える。

 けど、会長はこちらを見たまま動かない。なんだ? と思い横を見るとカナエちゃんが青い顔をして俯いていた。

「ちょ、どうしたのカナエちゃん!?」

 ただならぬ様子のカナエちゃんに慌てて声をかけるも反応は無い。

 どうしたんだろう。最初に思いついたのは恐怖症のどれかだけど、ここには該当するようなもは何も無い。何があってもいいようにとこの一週間でカナエちゃんの恐怖症の種類は一通り覚えたが、男は当然居ないし、独りぼっちでもないし、二階ではあるが恐怖症がでるほどの高さでもない。室内だから暗くもない。むしろ明るすぎな感すらある。閉所のそれにも当てはまらない。刃物のようなものもない。当然ながら誰も血なんか流してはいなし、それに関連するものも無い。大体、さっきまでは普通だった。落ち着かなそうではあったけど、それは生徒会室なんて馴染みの無いところに居るからだろうし、モミジちゃんのことが気になっていたからだろう。

 じゃあ、なんだろうか?

「カナエクン、私はなにも知らない。何かがあったらしいことは知っているが、それだけだ。だから――」

 言いながら会長はカナエちゃんにゆっくりと歩み寄り、顎に手をかけて俯いていた顔を上げさせた。

 いきなり何をするのかと思わず立ち上がりかけたが、会長の冷たすぎる一瞥に情けなくも動けなくなってしまった。

 会長はすぐにあたしから視線を外すと、唐突にカナエちゃんに指を突きつけた。カナエちゃんは突然のことにビクリと震えたが、会長は気にせずゆっくりと指を自分の顔の位置にまで動かした。

「――落ち着け」

 そして、ただ一言、本当にそれだけを呟くように言うと、そのまま自然な動作でまったく手がつけられていないカナエちゃんの紅茶を飲み干し、新たに淹れ直した。そのまままるで何事も無かったかのよう座っていた場所に戻ると、空になったままの自分のカップにも紅茶を再びそそぎ、やはりポケットからスティックシュガーを五本取り出して凶悪な甘さに変えていた。

 カナエちゃんの顔色は元に戻り、なにがなんだかわからない様子で固まっていた。

 ええと……、つまり、なんだ?

 あたしは中途半端に腰を浮かした変な態勢のまま、わけがわからないのでとりあえず首を傾げてみた。


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