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シフト  作者: 鳩梨
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生徒会……室(?)

 とりあえずノックをしてみることにした。おお、獅子の顔だ。ほらアレだよ、造りは銅製とかで獅子が輪っかを咥えてて、ソレをコンコンと小気味良く鳴らすヤツ。うーむ、まさか学園内でお目にかかるとは思いもしなかった。ってか実家の方でもあんまし見たことないぞ、こんなの。

 扉は板チョコみたいな『いかにも』な感じの西洋扉。質感とノッカーを打ち鳴らした時の音からするに、多分これは樫とかじゃなくて、桜の木だろう。桜の木は頑丈さと耐久度はピカイチだったはずだ。まぁ、桜好きなあたしとしてはちょっと複雑かな。

「当然だけどさ、返事ないね」

 言いながらノブをがちゃがちゃと回してみる。誰かいるなら多分開いてるだろうと思ったのだ。瑞希さんの情報が確かなら少なくてもモミジちゃんはいるはずだし。

 案の定、鍵は開いていた。

 蝶番の軋む、ギィ……、と言う音ともに扉が開く。

「や、カナエちゃん。お化け屋敷じゃないんだからそんなビビらんでも」

 なんかもう立っているというよりも、あたしにしがみついちゃってる状態のカナエちゃんに、苦笑しながらも優しくそう言ってあげる。もはや筆談でいつものように強がる気力すらないのか、芳しい反応が無い。安心させるように握った手を、きゅっ、とほんの少しだけ強く握ってあげる。

 中は真っ暗だったが足を踏み入れた途端にぱっと明りが点いた。センサータイプか。こんなのが必要なのかと思わないでもない。

 日本家屋のような玄関は無く、扉を開けて足を踏み入れたらそのまま廊下になっていた。

 廊下はあまり長くは無く、左右に二つずつ、計四つの扉があった。そして左手側の扉と扉の間には階段があり上へと続いている。

 見た感じ、同潤会アパート風だ。

 同潤会アパートというのは日本が最初に取り入れた西洋思想による集合住宅で、構造的でモダンな建築風が多かったらしいとかなんとか。いや、あたしも親父のデータベース見たときにチラリと目にしただけだから、あんまり正確にはわからないんだけど。

 木造建築なのに西洋風の細やかな装飾があちこちに見受けられる。漆の塗られた階段の手すりは年を経た濃い琥珀色をしていて、それがなんとも言えず綺麗に見える。触れてみると滑らかでありながらもしっかりとしたどこか安心感のある手触りで応えてくれた。

「――ようこそ、かわいい子羊たち」

 いきなり発せられた少しハスキーがかった声にあたしは弾かれたように目線を上へと向ける。

 階段の踊り場の部分。そこには一体いつから居たのか、あるいは突如沸いて出たのか制服をラフに着崩した女子生徒が居た。

 制服を着ているからこそ生徒だとわかるが、これがもしスーツとかだったならバリバリの若手キャリアウーマンに見えてしまったことだろう。それほどまでに大人びた人だった。

「生徒会はいつ何時でもここ『ヒメル』への一般生徒の立ち入りを歓迎するとも。とは言っても、時間が時間だ。大したもてなし等は出来ないのだが……。ともあれ、外は寒かっただろう? 何せ春とは言えまだ四月だ。日中はともかく夜は冷える。温かい紅茶だけで構わないならご馳走しよう」

 ながっ。

 どこか芝居がかった仕草でそう言うと、こちらの返事などまるで意に介さないで彼女は階段を昇って二階へと消えた。

 あたしはどこかしら不安そうなカナエちゃんと目を合わせると一つ頷いて、彼女の後を追うべく階段に足をかけた。

 二階には扉が一つしか無かったので迷う心配はなかった。

 とりあえず礼儀としてノックをしようとすると、

「ノックは要らない。そのまま入ってくるといい」

 扉越しにさっきのハスキーボイスが聞こえた。透視能力のでも在るのだろうか。

 言われた通りノックをせずにそのまま扉を開けると、さっきの彼女がカップとソーサーを用意していた。

「そこに座っていてくれ。すぐに用意は済む。ああ、そうだ。アップルティーでいいかな? ご馳走すると言っておいてなんだが、私はなぜか今唐突にアップルティーが飲みたくなった」

 言うだけ言うと、やはりこちらの返事を待つことも無くさっさと彼女は奥へ消えた。

 なんだかな。そう思いつつもボケッと立っていてもしようが無いし、奨められた通りあたしとカナエちゃんは部屋の真中に鎮座する、まるで会議で使うかのような大きなテーブルについた。

 なんとなくすることもないので部屋を見渡す。

 まず部屋が大きい。一般家庭のリビングが二つ三つは易々と収まってしまいそうだ。そんな広い部屋の真中に大きなオーク製のテーブル。入って左手側に、さきほど彼女がカップやらソーサーやらを取り出していた大き目の棚。その奥には扉は無いが、隣の部屋に繋がっているらしい入り口。右手側にはノートやファイルの収められたスチール製の棚と、分厚い書籍類が所狭しと整頓されている木製の本棚。そしてやはり奥には隣の部屋に続いているらしい扉が一つ。中央奥にはドラマや映画なんかで見るような社長机よりも何倍も高級そうなデスクが一つ。

 たぶんだけどここが生徒会室なのだろう。なんとなくお嬢様学校とかそう言う敷居高げな学校にある生徒会室のイメージがほぼぴったりと嵌る。

 ほどなくして奥に消えた彼女がポッドを持って戻ってきた。

「さて、お待たせ。私は実を言うとお茶を煎れるのが上手くないんだ。いや、どちらかというと下手だ。なので味の方は多少は目を瞑ってくれるとありがたい」

 そんなことを言いながらもそれぞれのカップにお茶を煎れていく様は手馴れていて、どこか惚れ惚れとするような堂々さがあり優雅ですらあった。

 あたしは短く礼を言い、カナエちゃんは居心地悪そうにしながらも小さく会釈した。

 身体が冷えていたのは事実なのでありがたく飲ませてもらう。林檎の甘さと仄かな酸味を感じさせる香りが湯気に乗り鼻腔をくすぐる。

「あ、」

 一口飲むと、自然と小さく声が洩れた。

「ああ、やっぱり不味かったかな。すまない、あまりにも気になるようなら何か別のものと取り替えよう」

「へ? あ、いえ、そうじゃないんです。美味しいですよ、ありがとうございます」

 申し訳なさそうに言う彼女に、あたしは慌ててそう言った。

 彼女を気遣ってとか、社交儀礼的にとかそういう訳でなく、本当に美味しかった。

 紅茶本来の味を損なわず、それでいながら林檎の風味は薄すぎず濃すぎず自然に溶け込んでいる。喉を通る際にはどこかホッと安心できるような感覚すらあった。なにより、温度がすごく丁度よかった。

 本来紅茶の適温は98度とされているが、このアップルティーは幾分それよりも低い。若干冷えてしまった身体にはそのあまり熱すぎない温度はすんなりと入ってくれ、身体を内側からぽかぽかと温めてくれた。

 横をちらりと窺うと、どこか落ち着きのなかったカナエちゃんも、今は幾分落ち着いているみたいだった。

「さて。そちらの彼女には必要ないかもしれないが、キミのために一応自己紹介しておこう。私は当学園の生徒会長を務めている天之原澪音だ。呼び方にはいちいちこだわらないので、好きに呼んでくれて構わないよ。今のところ様付けで呼ぶ者が多いが、別にちゃんでもさんでも呼び捨てでもいい。ああ、しかし会長という呼び方はできれば控えて欲しい。この名前を意外と気に入っていてね、名前で呼んでくれると嬉しい。しかし無理強いするつもりはない。さっきも言ったが好きに呼んでくれ」

 さっきも思ったけど、話ながっ。レンちゃんと二人一緒にさせたらエライことになりそうだ。方や長広舌で方やマシンガントーク。考えるだけでも恐ろしい。

「あ、あたしは」

「いや、必要ない」

 初対面の人に失礼な事を考えながらも、向こうが自己紹介してくれたのだからこちらもと口を開いたら、いきなり遮られた。

 てか、えぇ? 生徒会長さんは一般の生徒には興味なしですか。別に良いけどちょっと傷付くなぁ。

「椎本苑クン、だろ?」

「え?」

「椎本苑。蟹座の七月十五日生まれ。出身中学は市立の○×中学。成績は上の中と下を行ったり来たり。しかし実力テストにおいては学年五位をキープし、当学園への入学試験では全科目九十点以上で国語科と社会科は満点。特待生として入学を認められ、遠方にある実家から出て寄宿舎へ入居。家族構成は父と兄二人で片親。父親は作家であると同時に建築デザイナーで、兄はそれぞれ警察官と大学院生。身長は160センチで体重は50キロ。スリーサイズが上か」

「わーわーわーわーわーわーっ!」

「…………なんだね騒々しい」

「なんだねじゃない! なんでそんなに詳しいんだ! なんだアンタ、ストーカーか!?」

 あんまりも淀みなくスラスラと、まるで九九でも唱えるみたいに自然に言うもんだから思わず呆然としてしまったが、あたしにとってのデッドゾーンまで口にしようとしたところで慌てて大声で喚いて止める。

 それに対して彼女は眉をしかめてまるであたしが悪いことをしているみたいに言うもんだから、ついつい目上であることも忘れて怒鳴る。

 礼を失した行為だし、この学園の「先輩には敬意を払え」とか何とか言う規則にも反してしまっているが知ったことか。冷静に振り返ると先輩に対しての態度というものが、あたしはここに入学してからまったく出来てない気がするが気にしちゃいられない。結構マズいことなんだろうけど、今後は気をつけるという活かされない率がやったらと高い言い訳で誤魔化しておく。

 って言うか、よくよく考えるとまともな先輩に出会っていないことが何よりの原因な気がするのだが……。

 居るよね? まともな先輩。あたしの運がちょっと悪いだけだよね?

 ほんの少し、あたしも何れまともじゃなくなってしまうのかと不安になった。


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