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シフト  作者: 鳩梨
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錯乱と胸きゅん

 さて、モミジちゃんの居場所がわかったことだし、カナエちゃんを探しま――ん?

 カナエちゃんを探そうと後ろを振り返ると、隠れる場所が無い廊下の一角。誰かが置きっぱなしにしていたらしい着ぐるみの影に、揺れる亜麻色の頭髪が覗いていた。とりあえず、なんでこんな所に着ぐるみが山のように詰まれているのかは無視しよう。多分、着ぐるみマニアが居るんだよ。そういうことにしよう。さすがお嬢様学校。庶民には理解しがたい趣味をお持ちの方がおられる。

「カーナーエちゃん」

 びくっ、と見てて気持ちよくなるくらいわかりやすくカナエちゃんは反応してくれた。

 うずうずとイタズラをしたくなる気持ちを刺激されるが、時間が時間だしここでカナエちゃんにヘソを曲げられても困る。あたしはどうにかこうにか胸の内から湧き上がる衝動を抑えつつ、着ぐるみの山に近づく。

『あの人もういない?』

 カナエちゃんは近づいたあたしにそう問い掛けてきた。

 けれど、あたしはそれを見ていなかった。

 ガタガタと震えていた。ビクビクと怯えていた。ホワイトボードに書かれた文字はまるで赤子の落書きのようだった。膝を抱えるようにして隠れているその姿はここにきて最初の夜を思い出させた。

 そして、もっとずっと前に、どこかで――

 頭を振って、浮かんできた――思い出しそうになった『何か』を消す。頭がやけに痛い。イタズラで押してみたことのある非常ベルのように警鐘がやかましくがなりたてる。

「っ!」

 くしゃり、といつの間にか頭に当てていた手が、あたしの意思とは無関係に髪を引き毟るかのように掴んでいた。

 なんなの、いったい? 

 急に目の前が真っ暗になったような言い知れぬ不安に襲われる。踏んでいた足場が崩れていくような恐怖がこみ上げてくる。

「!?」

「ごめん、カナエちゃん……。悪いんだけど、しばらくこのままでいさせて」

 わけがわからなかった。

 理解が出来なかった。

 自分がどこにいるのか。

 あたしは本当に『あたし』なのか。

 わけがわからない。理解できない。なにより、振り返ったそこには真っ暗な闇しかない気がして、それがとても、とても怖かった。

 あたしはカナエちゃんに力一杯に抱きついたまま、この小さな少女のぬくもりにしがみついた。そうしていないと思い出しそうだった。

 ――なにを?




 あたしとカナエちゃんは瑞希さんがくれた情報を信じて生徒会室の前にいた。

 生徒会室は校舎の裏側に独立して存在し、寄宿舎からは校舎を挟んだ直線上にあったりする。おかげで、わざわざ校舎をぐるっと回らなくてはならなかった。まったくなんでこんな遠回りをしなくちゃいけないような場所にあるんだ。

 生徒会室の造りは木製で所々に傷んだような箇所が目立つものの、どこか安心させられる温かみがある。高さは、二階建ての家より少し大きいくらい。実家の近くにある古い教会と大体同じくらいだろうか。壁は濃いモスグリーンで屋根は……、夜だからいまいち自信はないけど多分紺とか黒とか、そういう色だと思う。

 ……生徒会、『室』? 

 これはどちらかと言うと生徒会館とかじゃないか? いや、そんなモノ実在するかどうかは別として。

 だって、これはもうあからさまに室じゃあないだろ。てかなんだ校舎から独立した生徒会室って。聞いたこと無いぞ、そんなの。なんだってたかだか生徒会ごときにこんな大きな一軒家が要るんだ。

 いや、まて。普通に考えちゃダメだあたし。ここはお嬢様学校。そもそものあり方からして普通という言葉には絶縁状を叩きつけてるんだ。おそらくここの生徒会という名の学生組織は、選び抜かれたお嬢様たちの一時の社交場とかになっているに違いない。おそらくこの大きさからして彼女らは少数精鋭。お嬢様オブ・ザ・お嬢様であることは確実だ。セレブだったりアントワネットだったり姫だったり……。くっ、きっと庶民であるあたしを散々馬鹿にするに決まってる。高貴なヤツらはいつもそうだ。そうやって身分を振りかざしてかわいそうなヒロインをイジメるんだ。

 なんてね。バカみたいな妄想はこのくらいにして、さっさとモミジちゃん拉致って帰りますか。夜更かしは美容に悪いもんね。あたしはともかくカナエちゃんの美容は損なわせるわけにはいかない。

 ちなみに、あのみっともない状態に陥った後、しばらくしてあたしは回復し失態を誤魔化すためにもいつも以上のハイテンションで生徒会に向かおうとした。けど、生徒会の場所なんて知るわけがなかった。心中で軽くパニクっていたあたしはそのことをキレイに失念しており、カナエちゃんに指摘されて初めて気づくという恥の上塗りをしてしまった。

 横であたしの手を握っているカナエちゃんを見る。さすがに夜の学校は怖いらしく、ときおり吹く風に揺れる木の葉の、がさっ、という音にいちいち反応している。

『なんだよ!』

 あたしが見ていたことに気付くと、首から下げていたホワイトボードに空いた右手だけで器用にそう書いた。いつもより少しだけ文字が崩れているけど、それでもやっぱり無駄に達筆だった。最近思うようになってきたんだけど、多分これは半ば意地だな。

 そんなことを思いながら「なんでもないよ」とカナエちゃんの頭を撫でてやる。それで多少は気が緩んだのか、少しくすぐったそうにして身をよじるが嫌ではないらしく抵抗はしてこない。

 そんなカナエちゃんに和んでいると、びゅう、と一際強い風が吹きぬけた。

 四月とは言え、夜はまだ十分に肌寒い。肌を舐めつけていく風の冷たさが尚更そう感じさせる。少し厚めの生地のモノを着ているが、あたしもカナエちゃんも着ているものは寝間着だ。防寒性など高が知れている。

「うあ、寒っ。カナエちゃん、さっさと中入っちゃおう」

 あたしはぶるりと剥き出しの手足を撫でる風に震えながら、カナエちゃんの手を強く握って言う。あー、人肌がめっちゃ温い。

「くちゅん」

 あたしとは別の要素でも震えながら辺りを挙動不審に見ていたカナエちゃんが、不意に可愛らしくくしゃみをした。

 思わずキュンとしちゃったのは内緒だ。


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